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つき の ながめ

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つき の ながめ
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 この温泉宿に泊まるのは二度目。
 夕餉をとり、湯に浸かり疲れを癒した後、あとは寝むだけとばかりに用意は全てすませ、風華・S・エルデノヴァは『練香・月の眠り』を取り出すと火を付けた。
 赤い小さな炎が消えると、熾をのこして静かに煙が立ち上る。
 ふんわりと甘さのある、夢見心地の香りが部屋に広がっていく。
 アーヴェント・S・エルデノヴァは漂い始めた香りに、目を閉じる。
「香りには詳しくないが、この匂いは好きだな」
 ふっと気が抜けたように微笑むアーヴェントに、風華もほっと息を吐く。

「おいで、ふうか。月がとても綺麗だ」

 月の窓辺に寄り、アーヴェントに手招かれて、風華は彼の元へと足を進める。
 伸べられた手に手を重ね、その温かさを感じる。
 寛いだ様子の穏やかで安らいだかんばせを傍らで見られることに安堵しつつ、風華は月を眺めた。
「実家(孤児院)では皆の世話を焼いてて忙しかったから、こんな風には過ごせなかったよ」
 静かに、月を見上げたまま、アーヴェントは言った。
「皆さんのお世話を……とてもしっくりときます」
 故郷の話をするアーヴェントに、風華はその姿を想像しながら相槌を打つ。
 微笑ましく、きっとその背を追うお子様もと思うだけで、胸が温かくなる。
 フェスタで目指される教員にも通じたり……? とも思ったりして。
「ゆっくり月を眺めたのもフェスタに来てからだ」
 月を見上げるアーヴェントの横顔が青く照らされて、その幻想的な色彩に夢見心地に風華は頬を染める。
 視線に気付いたアーヴェントが、彼女を振り返る。そっと空いた手で髪を撫でた。
「私もお世話……されてませんかね?」
「そんなことはないだろう」
 懐かしくはあるが、と目を細める。
「……私の実家は少し閉鎖的な所で、姉と妹、三人一体……お互い区別を感じないくらいに育ち……。地域の方々には不思議と有難がられ、今思うと御神体のような……?」
 昔を懐かしむ様な気持ちに、風華は取り留めもなくふるさとの話をする。
「芸能インタビュー等のおなじみ質問、道を志したきっかけは『ショーウィンドウ越し、一着のロリィタ服との出会い』ですが、この時に一人の意識が出来て、モデル、フェスタと……」
 一歩を踏み出す、そのきっかけを。
「きっと素敵な一着だったんだろうな」
 風華はふんわりと笑った。「ええ、とても」。

「ご存知の方は少ないですが、育ちは日本家屋なのです
 そして当時の暮らしに悪い感情はないのですけれど、それとは別に
 姉妹が背を押してくれて迎える今は……とても、とても、幸せです」

 今でも、鮮烈に思い出す。
 夜空と月に、特別な香り、つないだ手。
 これらも、同じように記憶に焼き付けて。焼き付いて。

「ふふ、良い姉妹じゃないか。いつか挨拶したいなあ」

 囁くように、静かにアーヴェントは言った。
 二人きり、左手薬指の指輪、去年の【練香・月の眠り】の香り。
 互いの温もりと、吐息。
 静けさの中、月の光のなか、溶け合うように穏やかに意識が落ちていく。
(……来年も、君と月を見られるといいな)
 そんな願いを掛けながら。

 ——二人で見る月は、こんなにも美しい。

 
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