今年のお月見は何処にしましょうか——。
榦宙 結は
数多彩 茉由良に頼まれる前から頭を悩ませていた。
大和出身というだけあって、伝も土地鑑もある。もちろん、世界の行事にも詳しいので、それに相応しい場所も用意できる。
いろいろと熟考の末、結は春にお花見女子会をした露天風呂付きの旅館を一晩、借りることにした。お花見をした時に、紅葉も楽しめる木々が植えられているのを確認済みだったからだ。
旅館……というよりも民宿に近いこぢんまりとした宿ではあるものの、繁忙期と思われるこの紅葉の時期に予約をここまですんなりと取れたということに、結はいささか経営状態を心配したりもした。
「あれ?ここ って……いぜん、おはなみを した ろてんぶろ、ですよね? たしかに、まんてんの そらが ながめられ ます けれど」
露天風呂に浸かりながら、茉由良が抱いていた既視感に思い当たり、すっかり色を変えた桜の葉を見上げた。
紅葉した桜を見上げる茉由良に倣い、
チェーン・ヨグも露天風呂の上に張り出した枝葉を見上げた。
「なるほど。紅葉も楽しめれば、お月見もできるのね。それなら納得だわ。今は月だけれど、紅葉を楽しみに朝風呂にも来ようかしら」
そう、今宵は『観月会』なのである。
紅葉も早い時期の今年の十五夜は、瑞々しさの残る美しさの木々の葉が、艶やかに月の光を纏っている。
「お花見の時、この露天風呂の植栽を見て、秋もきっと綺麗だろうなと思いましたし、ちょうど一晩貸し切りでお願いできるということでしたので」
結は自分の直感での選択に間違いがなかったことを、茉由良とチェーンの言葉から察し、ホッと息をついた。
「タクサン、おダンゴが用意サレテいるネ。カザってアル分は、みんなデ食ベルから……横ノ予備ブンの山のホウをイタダクネ」
湯船の淵に腰掛け、足湯状態で
ナイア・スタイレスが団子に手を伸ばす。
お供え様に綺麗に三方に積まれた月見団子とは別に、大皿にこんもりと盛られた団子がお湯がかからないよう湯船からは少し離して置いてあった。もちろん、用意したのは結である。
宿で出た夕餉の他に持ってきていた『六明館かれいらいすの素』にお湯を注いでいるのを目撃していたのに、一体ナイアはどれだけ食べるのだろうと、結は心配になった。
ちゃぷん……と、お湯が跳ねた。
湯浴み着の袖が、ゆらゆらと温泉の中で揺らいでいる。
水面が波立ち、月の光がキラキラと反射した。
「おはなみの ときも おもったのですけれど、かしきりって ぜいたく ですよね。しずかだし、きがおけない かんじが とてもいい です」
ゆったりと湯に浸かる。
秋のひんやりとした空気が、火照り始めた頬を冷ましてくれる。
茉由良は確かに紅葉を楽しむために朝風呂も良さそうだと考えた。何せ貸切なのだ。湯を使う時間も、特に決められていないから許される贅沢。
「月もだけれど、星が綺麗ね」
チェーンが天を仰ぎながらつぶやく。
「陰陽師らしく、月を見るついで……ではあるけれど、天体から占いでもしてみようかしら」
大切に持ち歩いているのだろう『渾天儀』を引き寄せると、チェーンは天体観測を始める。本格的に占いを始めるようだ。
結も、静かに湯に身体を浸す。
掛け湯の後、足先からゆっくりと湯に入ると、少し熱めの温度が心地よかった。
「芋名月……って、いうんですよね」
ぽっかりと浮かんだ丸い月を見上げながら、結は言った。
「おいもの しゅうかくのじき……だから、そういうんでしたよね」
茉由良がそう相槌を打つ。
「ええ、そうなんです。だから、お供物もお芋を備えたり——この辺りでは、お団子をお芋の形に似せて作ったりするんです」
ナイアはふと、備えてある方の団子を見た。確かに団子は雫のような、芋に似せていると言われればそうなのだろうと思う、歪な形をしている。ちなみに、大皿に盛られている方は普通の丸い団子だが、ほぼほぼナイアの腹に収まっている。
「ナルホド。失敗したワケじゃなかったノネ!」
何か納得しながら、ナイアは手を伸ばして団子をひとつ取ると、ポイッと口に放り込んだ。
「ちなみに、十三夜……後の月は『豆名月』とか『栗名月』とか呼ばれていますが、やはり豆や栗の収穫時期でお供えもそうなんですよ」
今年も、豊作でした——。そういう感謝と来年もそうである様にという願いが、月見には込められている。
「星の位置は分かったわ。何を占おうかと考えてたんだけど、先ずは来年は豊作かどうかからね」
結の話を聞いていたらしく、天体観測を終えたチェーンはそんなんことを言う。
「イイネ! アトはワタシのことも占ってヨ!」
モチロン、美味しいモノがたくさん食ベラレルかネ! と最後の団子を手にナイアが片目を閉じる。
「お団子ひとつにしても、いろんな願いが込められてるものだから、後でお下がりは皆でいただきましょう。お風呂上がりにでも」
そちらの団子はナイアが食べ尽くしてしまいましたし、と結は苦笑いした。
「そうですね。ろてんぶろ とはいえ、あまり ながゆをしていると、のぼせてしまいますから、ほどほどのところで あがりましょうか」
茉由良がそう言って、月を見ながら笑った。