古王国期から生きる火山へ向かうもの
行方知れずの翼人はいまいずこ
排斥された街でのかくれんぼ
回り道回り道、けれども着実に着実に
■故郷へ向かう兎とメイドと契約者たち
――某月某日、晴天。ナーサリィから出発した一隻の飛行挺が南西……アトラスの傷痕に向けて飛んでいる。
その飛行挺内には、一匹のウサギゆる族とメイド服の女性、そして数組の契約者たちが乗りこんでいた。
「ロイドさん……優秀な部下もお持ちとは知りませんでした」
「なんですそんな意外そうに。これでも私は中尉、教導団からしっかりと任命を受けた士官ですよ。部下も彼らも含めて45人います」
護衛任務を兼ね、飛行艇の舵を握って目的地への運航をする
秘術科飛行部隊の背中をラビィは見ながら、
ロイド・ベンサムへ意外そうな言葉を投げかける。当然というか、ロイドはラビィの言葉へ誇らしく返答をしていた。
続くようにして部下へ挨拶を促すと、舵を握る秘術科飛行部隊と、ラビィの護衛ということでその横にしっかりと佇む
新米兵卒が敬礼でもってラビィへ改めて挨拶をしていく。
「二人とも、しっかりと護衛任務をこなすように。――この飛行艇のスピードなら到着は夕方ほどになりそうかと」
部下たちへ言葉をかけ終えると、ロイドはラビィたちへ到着時間の確認を取る。
ナーサリィからアトラスの傷痕の麓にある“獣隠れの里”は、かなりの距離を有している。事実、里から旅をしていたというラビィとエシラ(あと、この場にはいないがチーシャも)が里からナーサリィまで徒歩で移動した際には数週間ほどかかったという。
「飛行艇、すごいですよね……街から里まであっという間ですから。私もアリスと一緒に遠くへ移動するために、運転免許を取るべきでしょうか……?」
初めての飛行艇なのだろうか、エシラが少しだけ興奮したようにそんなことを口にする。そんな言葉を聞いて反応を示したのは……席に堂々と座る
アキラ・セイルーンの頭の上に乗っているビスクドールサイズのゆる族、
アリス・ドロワーズだった。
「あら、ワタシがどうかしたノ?」
「あ、いえアリスさんのことではなくて……ええと、いやでもアリスのことであってるような……んんぅ?」
目の前にいる小さなアリス……ドロワーズのほうのアリスと、現在ナーサリィにいるであろうエシラのパートナーである、テニエルのほうのアリス。今回、二人のアリスがいることにエシラは少し頭を捻らせてしまっていた。
「ふふ、冗談ヨ。――ね、エシラ。そちらのアリスはどんなアリスなノ?」
自分と同じ名前の存在が気になったのだろうか、興味深そうにエシラへアリス(テニエルのほう)のことを聞こうとするアリス(ドロワーズのほう)。自身のパートナーのことを聞かれ、エシラは慈しみのある笑みを浮かべながら、言葉を紡いでいく。
「そうですね……大事なパートナーであるのは間違いないのですが……なんだか放っておけない妹みたいな、そんな感覚をたまに感じる子です。あとは……ウサギのぬいぐるみやイチゴパフェが好きだったり、タコとかイカが苦手で。勉強も少しばかり苦手なようでしたので、この前は一緒に勉強会を開いたりしたのですよ。逆に運動は得意なのか、私も教えられることが多々ありまして。それでこの前、お気に入りの下着が怪異との戦いの影響で破れてしまったので、一緒に買いに行ったりもしたのです。いつもは縞模様を好んでいたのですが今回は水玉模様をえr」
「あの、エシラさん。さすがにアリスさんの乙女な秘密をそのままバラすのはいかがなものかと」
まるで妹バカのように、本人がいないままでのアリスパーソナリティー暴露を続けようとするエシラへ、ラビィが非情の暴露ストップをかけた。いらぬことまで話していたことに気づいたエシラは、「ご、ごめんなさい……」と恥ずかしそうに縮こまっていた。
「――ねぇラビちゃん。里の長老さんの占いってどんなものなの? それに、隠れ里ってことだけど……お邪魔して大丈夫だった?」
飛行艇での移動の最中、そうラビィへ話しかけてきたのは
苺炎・クロイツだった。彼女は長老の占いに興味を持っているようであり、実際どのようなものかを聞いてくる。
「お、それは俺も気になるところだな。確か凄腕の占い師だかなんだか聞いたが……いや、そもそも長老ってどんな奴なんだ? 男か女か、長老って言うからにはどんだけ長く生きてるのか気になるんだが……その辺どうなのよ?」
アキラも長老について気になっていたらしい。頭に乗っているアリスを落とさないように気を付けながら、ラビィへひたすら問いかけてきた。
「長老ですか……まぁ、見た目は雄の老犬のゆる族ですね。かなり昔……それこそ、2500年前にここパラミタが地球と繋がった時も長老をやってたとは聞きますが、眉唾物の話かなぁと……。それと、隠れ里のほうでしたら大丈夫ですよ。名前負けしているくらいにはオープンな感じですし。長老が興したらしいんですが、それこそ2500年前の話らしく……信じられないですよね」
どうやら、ラビィたちの一族はゆる族としての姿は千差万別らしい。そしてその一族を束ねる長老は、話を全て信じるならかなりの高齢のようだ。そして村を興した本人でもあるらしく、ラビィからはどれだけ生きているのか不思議がっている様子だ。
「で、肝心の占いなんですが――瞑想をして天啓を得るタイプの占いです。これのおかげで一族が飢えずに済みましたし、個人的に占ってもらったりもして、色々と助けてもらったりもしたんですよ」
「ほぉほぉ、どんなことでも占えるのか、それは。――もしそうなら、俺の伝説を確固にするための方法も占えるのかッ!?」
「まぁ……占えますね、どんなことでも。ただ、やっぱ降りる時と降りない時があるみたいで……ダメな時はきっぱりとダメって言われますからね?」
アキラの占ってほしい内容に苦笑を浮かべながらも、ラビィはそう釘を刺す。むぅ……と、アキラは難しい顔になってしまったが、すぐに「いいやダメなことはないッ!! きっと占ってもらえるぞヒャッハー!!」と、気合いを入れ直していた。
「エシラちゃんも占ってもらったりしたの?」
「いえ、私の場合はどちらかというと――占われた方でして」
「占われた?」
「はい。その時の話は……ラビィさんたちの方が詳しいかと」
苺炎や他の契約者たちの視線がラビィへと集まる。
「――私たちの一族って、鉱石を掘ってそれを売ることで生計を立てているんです。それである日のことなんですが、長老が「天啓を得た、これこれあの場所を掘ってきてほしい。これから旅に出るお前たちの運命に関わっているらしい」と私とチーシャに言われまして。……まぁ半信半疑で言われた場所をある程度掘っていったら、エシラさんが眠っている石棺を発見した次第で」
「その時に石棺から解放されたんですよ、私。……棺に入る前の記憶とかはあやふやなんですけど、アリスって名前が少しばかり引っかかってた感じで……あの時、ラビィたちに言ってしまったんですよね。『アリスはどこですか』って」
ラビィたちとエシラの出会いの話は続き、エシラがラビィたちの旅に同行することになったことや、これまた長老の占いによる助言によってナーサリィへと向かうことになったことなど……懐かしむように、そして思い出そうとしているように過去を紡いでいく。
「……ラビちゃん、大丈夫?」
思い出話に花を咲かせている内に、徐々に目的地に近づきつつあった。サルヴィン川上空を通過した辺りで、“悪寒”の強まって口数が少なくなってきているラビィへ苺炎が心配そうに声をかけていく。
「なんとか……里に近づく度に悪寒が強まってきているのが気がかりですが……うぅぅ」
「ふむ。心臓の城事件の時にも悪寒の力にはだいぶ助けられましたが……今回の虫の知らせ――は、少しばかり厄介そうですね」
心臓の城事件の際、城内を共に行動していたロイドもまたラビィへ心配そうな雰囲気を見せる。
「――もしかしたら、本当に危険かもしれません。最悪のケースが……あるかも……うぅぅ」
ラビィが何かに気づいたかのように息を飲むと、契約者たちへそう告げる。悪寒に襲われ、少しばかりげんなりしているラビィであるが、その雰囲気にはどこかしら決意に溢れるようなものが見え隠れしていた。
もうすぐ、陽が暮れ――夜の帳が下りかけようとしている。飛空挺の目の先には古王国シャンバラの首都、王都シャンバラの亡骸をその身一つで内包している大火山、アトラスの傷痕が契約者たちを待ち望んでいた……。