本日の授業は、アイデア術を編み出すという内容であり、ホワイトボードの傍には休憩用のパイプ椅子や折り畳み式の机も用意済みだ。
イルミンスールの校庭に集まった生徒たちは互いに挨拶を交わし終えると、それぞれチームに分かれアイデア術の考案を始めた。
校庭には生徒や教師たち以外に、授業の協力者として魔性たちが自由に歩き回り、不可視の者もいれば人形に憑依して授業の様子をカメラで撮影している者もいるようだ。
「今日の授業は、アイデア術を作るってやつだったよな」
星川 潤也も仲間とアイデア術の完成を目指すため、ケースの中に収納されている祓魔銃を一丁手に取った。
「参加するにしても問題は…。あっ!ウィード団長、おはよう」
見慣れた姿に向かって大きく片手を振り駆け寄っていく。
「ふぁあぁ~…。うん、おはよ~」
ウィード・フォン・ライヒスマリーネは手で口を覆い、欠伸をしながら返事を返す。
「ところでウィード団長。魔導具を扱うときは精神を集中させることが大事だと思うんだけど……。いざというとき精神を乱さないようにするためには、どうしたらいいかな?」
潤也は真剣な眼差しを向け教えを乞いながらも、金色のツインテールの少女の方をちらりと視線をあてる。
「例えば、どんな逆境でも挫けない心と。そ…、それとさ、傍にいる相手にも平常心を保ってもらうのはどう?」
問いかけの半分が何に対してなのか察したウィードは、悩むように視線を泳がせつつ言葉を選び取った。
「ところでアンフェ。いざというとき心を乱すような奴には、どうやって精神を集中させればいいかしら?」
話題にあげられた
アリーチェ・ビブリオテカリオはアンフェ・メレッツィーの傍へ寄り、彼に天使のような可愛らしい笑みを向けたかと思うと、急に潤也の方へ振り返り拳を突き出すポーズを取った。
「ボクが普段、ウィードを叱っている時みたいにしてはどうでしょうか」
少女が口元を下げて表情を変えた瞬時、精神を乱す元について理解したアンフェは、普段通りの静かな口調で答えた。
「すごく分かりやすい答えだわ、ありがとう」
「えっ、暴力反対だぞ!」
本気で殴りかかってこないだろうが潤也の身体が“逃げろ!”と反応してしまい、ゆっくりにじり寄ってくるアリーチェの様子に思わず足を後退させていく。
「そうだよ、アリーチェちゃん。恐ろしい子はアンフェだけで十分…って!?」
ウィードの不要な一言に反応したのか風を切る勢いでアンフェが繰り出す拳打を、飛び退き常人離れした跳躍をしながらかわす。
「今日も賑やかだね♪」
ノーン・スカイフラワーは皆で仲良く遊んでいるのかな?と思い楽しそうに眺めた。
「そういった相手が欲しいのなら今度、陽太にでも頼んであげますわ」
今も自宅で
エリシア・ボックが与えた特別メニューをこなし、鍛えているであろう
影野 陽太なら手合わせの相手になるだろうと、赤い髪の魔女は口元に手をあてて微笑む。
勿論、全くの冗談でありアイデア術の考案を始めるように促すためだ。
「術を試すにも、まずはビバーチェたちを召喚しなくてはなりませんわね。いきますわよ、ノーン」
エリシアは合図変わりにニュンフェグラールを両手で掲げ、ノーンと一緒に友を呼び始めた。
実戦を通して手慣れたのか速やかに召喚の儀を終え、エリシアとビバーチェ、ノーンとルルディはそれぞれ互いに微笑みかけ軽い会釈を交わす。
「ビバーチェ、よろしくお願いしますわ」
「えぇ、勿論よ。術の主導は、エリシアとノーンなのよね」
ビバーチェが口元に手をあてて問いかけると、幾重にもフリージアの花弁のように折り重なった赤いドレスの裾が揺れた。
召喚者の血の情報で全て把握してはいるが思考の整理の確認のようだ。
「二人も、考えが通じる者のほうがよいのでしょう?では、具体的な手順を伝えますわね」
彼女が黙って頷く素振りを見たエリシアは、術について説明をしようと仲間たちのほうへ振り向く。
「まずはベアトリーチェの哀切の章の祓う力を、アリーチェがエレメンタルリングに受け止めた後、その手で祓魔銃に添えてもらいますわ」
魔道具の力を手順を伝えながら、ベアトリーチェからアリーチェ、潤也へ視線を移して言葉を続けた。
「次に、効力を受け取った銃を上に向かって撃つのに合わせ、わたくしとノーンがビバーチェとルルディに花弁を舞わせるように頼みますわ」
「んーと…、おねーちゃん。皆の力を花弁に合わせてもらう感じでいいの?」
ノーンは肝心なイメージが整わなければ上手く力を合わせられないと思い、今の考え方で合っているのか確認する。
「よく分かりましたわね、ノーン」
難しそうな面持ちのノーンの髪をエリシアが優しく撫でて微笑みを向けた。
「できれば追尾機能もあれば心強いですわね。ビバーチェ、可能ですの?」
「エリシアたちが魔道具と呼ぶ物が足りないわ。ただね、効力を足し過ぎてしまうと、皆の負担が大きくなってしまうと思うのよ。それも探せる範囲までかしら」
ビバーチェはかぶりを振り、追尾機能を設けたとしても、術者の力の及ぶ範囲までだと伝えた。
術の使役を持続すると仲間も連動して精神力を消費し続けるようだ。
「そういった効力を扱うには、わたくしたちがもっと成長しなくてはなりませんのね」
今の段階では難しそうだと告げられ、エリシアは残念そうに小さく息をつく。
「追尾って宝石の力のこと?だったら、あたしか潤也が使えばいいってことよね」
エリシアとビバーチェの会話を聞いていたアリーチェは、手持ちの魔道具に視線を落として言う。
エレメンタルリングや祓魔銃は片手で扱う魔道具ゆえ、アリーチェと潤也のもう片方の手が空いていた。
探知の能力及び風と時の魔力を合わせ、術による追跡速度を強化する宝石の力が必要となりそうだ。
「そうなりますわね。わたくしたちがもっと能力を高めた時にお願いしますわ。確認するべきことも済ませましたし、始めますわよ」
アリーチェに笑顔で言葉を返し、エリシアの言葉を合図代わりに
ベアトリーチェ・アイブリンガーがハイリヒ・バイベルを開き哀切の章の詠唱を始めた。
「(アリーチェさんの方へ流れるようにイメージすればよいでしょうか?)」
柔らかな口調の声音に合わせスペルブックのページから、ゆっくりとしたさざ波がアリーチェのエレメンタルリングへ吸い込まれるように流れていく。
「頼んだわよ、潤也」
ベアトリーチェから魔性祓いの力を受け取ったアリーチェは、潤也が持つ祓魔銃の銃把に触れ託す。
「あぁ、任せてくれ!」
天に向けた祓魔銃の銃口から真っ白な霧を打ち上げるタイミングに合わせ、ビバーチェとルルディが赤と白の花弁を美しく舞い散らせていく。
空高く舞い散った花弁たちが互いに浸透するように合わさると薄桜色に変わり、的代わりに立っている
小鳥遊 美羽の周囲を旋回しながら囲んでいった。
「これが皆の力を合わせた術?凄くキレイ…」
余りの美しさに羽美は小さな声音で言い、興味津々に瞳を輝かせて花片に指先で触れた。
無論、彼女は痛みを受けることない。
魔道具の特性として、魔性と邪悪な意思を持つ者以外に全く影響はないのだ。
「(あっ…、家で見直しできるようにしておきませんとね)」
術に見惚れていたベアトリーチェは、はっと我に返るとすぐさま完成した術と今後の課題について手早くノートに書き纏めた。
「なんとか成功しましたわね。術名は、花嵐としましょう」
エリシアたちは互いに顔を見合わせ、満足そうに笑みを浮かべた。