アイドル! 特訓! 合宿!
「ひっろ~い! しかも、本当に火夜ちゃんたちしかいな~い!」
迅雷 火夜が、野の花が咲き乱れる大草原へ足を踏み入れた。
火夜の後ろには3人の少女。火夜を始め、みな、
迅雷 敦也のもとからやって来たファミリーだ。
「あちょこ、うさぎさんでちゅ!」
ひときわ幼い
ミルドレッド・スカイライツが、草むらの影から飛び出した野うさぎの親子に目を輝かせる。
「追いかけるでちゅ!」
「ボクも手伝う!」
夢風 小ノ葉が走り出そうとすると、火夜の喝が飛んだ。
「小ノ葉ちゃん! ミルちゃん! 今は遊ぶ時間じゃなくって、アイドルの特訓タイムなの~っ!」
「「ええっ!? 特訓っ!?」」
「素敵なライブができるアイドルになる為には、身体を鍛えて体力いっぱいつけなきゃなんだよ〜♪」
ビシっとアイドルポーズをキメる火夜に、小ノ葉とミルドレッドが猛抗議する。
「たのちくキャンプするって聞いたから、あたちはきたんでちゅのよー!?」
「そもそもボクもミルちゃんも、アイドルじゃないんだけどー?」
じゃっかん荒れた空気が流れ始めたそのとき、
「火夜様の言う通り。素敵なライブするにはいっぱい動いても息切れしない体力ある身体が必要不可欠……」
小さいながらもきっぱりと、やる気のみなぎる声がした。
3人の少女を静かに見守っていた
ルティア・テイントだ。
「そっ、そもそも火夜ちゃん、一緒にアイドルやってもらうとか言っときながらルティアちゃんとアイドルやってるじゃん?! ボク、特訓なんてやりたくない!」
「あたちもいやでちゅー」
「ほらそこ、文句いわな〜い!」
ぷんすかしている小ノ葉とミルドレッドに、再び火夜の喝が飛ぶ。
「あと、昔の話なんて火夜ちゃん知りませ〜ん!」
生い立ちや背景が異なる4人の少女は、それぞれの経緯をたどり、今は同じファミリーとなっている。
一見バラバラで言いたい放題なのは、気兼ねの要らない家族だからこそ、と言えよう。
「さぁまずは走り込みだよ〜♪ 火夜ちゃんについてきて!」
火夜が元気に走り出すと、
「あーもう、やればいいんでしょ!? やれば!!」
文句を言いつつも小ノ葉がすぐに後に続いた。
「……」
走り出した2人を生ぬるい目で見守るミルドレッドに、ルティアが気づく。
「先生体力なくて不健康……早くルティアと一緒に走る……」
「わかったでちゅー! ちゃんとはちるから、ルティア、背中おちゅなー!」
こうして、アイドルの特訓タイムが始まった。
「はいみんな! 掛け声掛け声! にゃんにゃん♪ にゃんにゃん♪」
「……そのふざけた掛け声ボクはしないからね?!」
「にゃんにゃん♪ きついでちゅ~」
「ミルちゃん、まだ1分も走ってないよ~!」
「にゃんにゃん♪ ルティアも疲れた……でも頑張る」
だいぶこってり走りこんだ頃、ようやく火夜が走るのを止めた。
「はい、ここまで~! みんな頑張ったね!」
「ふうっ、いい汗かいた!」
小ノ葉は余裕のようだったが、
「ぜぇぜぇ……もう嫌でちゅ……」
「ルティアも……もう動けない」
ミルドレッドとルティアは、戦闘不能に近い雰囲気だ。
しかし。そんな2人をよそに、元気いっぱいでギターを構える火夜。
「さあ、次はライブの歌、歌うよ〜♪」
「ひぃぃ! まだやるんでちゅか!?」
「もちろんだよ♪ アイドルだからー、疲れててもとびっきりの笑顔で~♪」
「火夜様頑張ってる……ルティアも頑張るにゃん」
ルティアがちからを振り絞り、よろよろとギターを握って立ち上がる。
「ボクも、ギターあるからやろっかな……」
小ノ葉もギターを手にして、すでにライブ経験がある2人に尋ねた。
「火夜ちゃん、ルティアちゃん。どんな歌か聞かせてみて?」
「「オッケーにゃん!」」
♪ にゃんにゃん一緒に楽しも~♪ キラキラhappyにゃんにゃにゃーん♪
♪ にゃんにゃん一緒に踊っちゃお~♪ ウキウキDancingにゃんにゃにゃーん♪
♪ みんなでハッピー♪ にゃんにゃんにゃにゃーん♪
「え、これがライブの歌……? 殆ど猫語じゃん! こんなのボク、嫌だからね! いこっ、ミルちゃん。テントでチェスしよっ?」
「チェスでちゅか? 素敵でちゅ!」
「ボク強いよ? ふふ」
「負けるもんでちゅか。それじゃ早く帰ろうでちゅ。小ノ葉おねーちゃんおんぶちて~」
小ノ葉がうなずきミルドレッドをおんぶしようとしたとき――
「「あっ……!」」
小さな赤ちゃん野うさぎが、ひょっこり草むらから顔を出した。
「さっきの子でちゅね? 一緒にいたママはどうしたんでちゅ??」
赤ちゃんうさぎは怯えた様子で震えており、どこにも母うさぎは見当たらない。
「ボクたちが大騒ぎしてたから、びっくりしてバラバラになっちゃったとか?」
「そ、そんなでちゅ~!!!」
「どうしたの?」
火夜とルティアが異変に気づき、近づいて来た。
「なるほど」
事情を知った火夜は、アイドルっぽいポーズをキメて飛び跳ねた。
「ここはアイドルらしく、歌で解決しよう! もちろん小ノ葉ちゃんとミルちゃんも一緒だよ♪」
「「ええーーっ!!」」
「ほらいくよ~♪ 今回限り、うさぎさんに合わせて特別バージョンにゃ~ん」
さっそく火夜はギターを構え、歌いだす。
彼女の即興の歌と演奏に、ルティアと小ノ葉がついていく。
♪ ぴょんぴょんぴょん うさぎのダンスはぴょんぴょぴょん♪
♪ 迷子のうさぎは、ここですぴょん♪
「ぴょん♪ ぴょんぴょん♪ 元気だちてね、うさぎさん」
ミルドレッドはハイジャンプをまぜ、うさぎに話しかけながらぴょんぴょんと踊る。
疲れてはいたが、赤ちゃんうさぎを思えば頑張れた。
赤ちゃんうさぎは徐々に元気を取り戻し、楽しげにミルドレッドのそばを駆け回り出した。
♪ ぴょんぴょんぴょん うさぎのダンスはぴょんぴょぴょん♪
灌木の影から母うさぎが飛び出して、赤ちゃんうさぎの元へ駆けていった。
「あたちたちの歌、お母さんうさぎに届いたでちゅ!」
「見て! 他にもお客さんがい~っぱい!」
「「「わあっ!!!」」」
気づけば、草むらや花々、灌木の影から、うさぎやリス、野ネズミといった小さな草食動物たちが顔を出し、4人の演奏を興味津々で眺めている。
* * *
そしてしばらく後……
大きなドーム型テントの、湖にせりだしたウッドデッキ。
湖からの風が吹き抜ける心地よいテーブルで、ミルドレッドとルティアがチェスをしている。
ルティアが、左手をかばいながらつぶやいた。
「先生、つきあってくれてありがとう」
「さっき小ノ葉おねーちゃんとチェスしそびれちゃったから、むしろあたちこそありがとうでちゅ……」
「ルティアこそ、この手じゃ泳げないから……」
「……ところでルティア、チェス強いでちゅね。ちょっと待ってくれまちゅか? このビショップが動くとこっちのルークがこうなるからー」
長考を始めるミルドレッド。待ちながらルティアは、ウッドデッキの向こう――湖へと視線を移す。
南国の海のように美しい湖を、火夜と小ノ葉が泳いでいる。火夜はバックリボンの黄緑色の水着姿で、小ノ葉は胸のりぼんが印象的な水色の水着姿だ。
「よ~し! 身体が水に慣れてきた! 小ノ葉ちゃん! どっちが速く泳げるか勝負だ〜!」
「いいけどボク、負けないよ~!」
「それは火夜ちゃんのセリフだよ♪」
そして2人は、がむしゃらに泳ぎ始めた。
「アイドルの体力づくりで泳ぎに行ったはずが、いつのまにか水泳大会になってる……」
2人の水泳対決を見てつぶやいたルティアが、時計を見てつぶやいた。
「そろそろバーベキューの支度、しないと。どうせ大騒ぎで、時間かかるから」
すると、岸辺からざぶざぶと水音が聞こえ、
「ああ、お腹空いた~」
「なんか食べ物ないかなー」
水着のまま、火夜と小ノ葉がウッドデッキへ上がって来た。
「ねえ! そろそろバーベキューしようか♪」
「ルティアもそう思ってた」
「よーし。材料切るのも焼くのも火夜ちゃんにまっかせて〜♪」
「ボクもやる!」
「えっ小ノ葉も?」
「うん! 大丈夫大丈夫。特異者なんだもん。剣も刀も慣れてる!」
カッコよく剣を振り回す仕草をして、小ノ葉が答えた。
「それだと火夜様の命が危ないから、ルティアが包丁の使い方教える。ちゃんと覚えて」
「えーっ!? 料理も特訓~?」
「あたちは食べ専だから、おとなちく待ってまちゅ」
火夜が目を輝かせながら、ミルドレッドの肩をつんつんする。
「ねえミルちゃん。待ってるあいだ、踊りの自主練する~?」
「えっまたアイドル特訓でちゅか?」
「先生いいな。火夜様。特訓ならルティアも……!」
「ボ、ボクは絶対、やんないもんね!」
「あ、あたちだって……」
4人は賑やかな会話を交わしながら、てんやわんやでバーベキューの支度を整えた。
怪我人も出ずにすみ、気持ちよく、おなかいっぱい美味しいものを食べた。
その後の時間――夕暮れどきやディナータイム、お風呂。ベッドの場所を決めるためのじゃんけん大会など。
どれも賑やかで、楽しさいっぱいだった。
そして翌朝。朝食の前に“早朝アイドル特訓”が開催され、再び野うさぎの親子や小動物たちに歌を聞いてもらったとか♪