今日もカレーは、誰かを救う
ジェノ・サリスはひとり、野性味あふれる草原を歩いている。肩には釣り竿。
手にしたバケツでは、何匹もの川魚がビチビチしている。
「面白いように釣れたな。早く戻って調理しよう」
テントに戻ったジェノは、ウッドデッキに設置されたキッチンに立った。
調理台にはすでに、野の草や自生の果物が並べられている。特異者のちからをフル稼働させ集めてきたものだ。
「さて、始めるか」
まず、野の草や果物、さらに魚をあっという間に切りさばき、それぞれに簡単な調理を施した。
「『“なんにもしない”をしに行こう』――このツアーのコンセプト通り、今日は労力を省くぞ」
そう言うとジェノは、持参したレトルトカレーをどんどん鍋にあけ、調理済みの食材を混ぜ込んだ。
鍋からは、レトルトカレーを遥かに超えた高クオリティな香りが立ち込める。
「やはり。準備されている見慣れた野菜や肉より、ここで摂った食材を入れたほうがうんと楽しい。ん? 少し作りすぎたか? まあいいか」
ご機嫌で鍋をかき混ぜていたジェノが、庭の草むらに鋭い視線を向けた。
「っ!! 誰かいるのか!?」
「「はっ、はい!!」」
スーツ姿の若い男女が現れた。
「私たち、TOPアイドル☆ツアーズのスタッフでございます」
「スタッフはすでに撤収していると聞いている。まさか、スタッフを騙った泥棒か!?」
包丁を構えるジェノに、2人が首からさげたIDを掲げ見せる。
「正真正銘のスタッフです!」
「ジェノ様のお部屋にアメニティをセッティングし忘れておりました。こっそり置いて帰るつもりだったんですが……さすがは、特異者にしてアイドル……」
「あぁ。お客様のバカンスを妨害してしまった。これは始末書100枚コースだな」
うなだれる2人のお腹が、ぐうと鳴った。
「なんだ。腹が減っているのか」
「カレーがあんまりいい匂いで……」
「そうだ。取引きをしよう」
ジェノがにやりと笑った。
そしてしばらく後。
ウッドデッキのテーブルには、3人分のカレーやサラダが並べられている。
「こんな美味しいカレーを頂けて、しかもこの件を内密にしてくださるなんて……心から感謝します」
「隣りのアイドルにおすそ分けしようにも、離れすぎていて届けるのも一苦労だからな」
「ジェノ様」
スタッフが営業バックから牛乳瓶とジェノが見たこともないお菓子っぽい何かを取り出した。
「ビーストラリアではスタンダードな“かりかりおやつ”と“ミルク”です。お土産に買った私物なんですが、カレーと一緒にいかがです?」
「“かりかりおやつ”はびーすと全般が大好きなんですが、見た目が地球で言うところの『ペットのおやつ』に似てて、背徳感が盛り上がりますよ」
「どれ。お魚、人参、骨、お肉、ミルク、……。たしかにこの見た目、背徳感あふれるな。んんん? でも……美味いじゃないか!」
「そうなんですよ」
こうして3人でわいわい話しながら食べると、あっという間に鍋はカラになった。
ほどなくしてスタッフたちは社へ帰り、ジェノは気の向くままに、“なんにもしない”時間を楽しんだ――