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“なんにもしない”をしに行こう

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“なんにもしない”をしに行こう
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特製! フルーツカレー

 テントの背後に広がる緑地に、星川 潤也世良 延寿がやって来た。
「カマドのところに薪がたくさんあったけど、せっかくだから自分たちで拾った薪も使おう」
「あっ! 見て、あそこの木。リスがいる。かわいい~っ」
 元気に走り出す延寿を、潤也が笑いながら見守る。
「転ぶなよ」
「もー。私、子どもじゃないもん。リスさん、こんにちは」
 枝の上にいるリスに声をかけていた延寿の瞳が、さらにキラキラ輝いた。
「……綺麗なちょうちょ」
 黄色い蝶が、ひらひらと現れたのだ。
「どっかにお花畑があるのかも。この子たちについていってみようよ」
 薪のことをすっかり忘れ、延寿は蝶を追いかけて歩き出した。
「おいおい、そんな闇雲に進むなよ。確かに、どこもちゃんと整備されてるから安全だって話だけどさ……」
「でしょ? ここは楽しいリゾート地。危ないことなんて起こらないって」
 屈託なく笑う延寿を見て、潤也は苦笑いする。
「のんびりしに来たのに、仕事モードが抜けないな。最近忙しかったせいだな」
「そうだよっ♪ いい? お兄ちゃん。今日の私達はライブもバトルも探索もお休み! 一番の目的は、“美味しいカレーを作って食べる”なんだから♪」
 延寿がそんなことを言っているあいだに、蝶たちは低木の向こうに消えてしまった。
「あ、待って――」
 がさがさと枝葉をかき分け先へ進んだ延寿が、大きな声を上げた。
「お兄ちゃん、来て来て!!」
「どうした延寿! 大丈夫か?」
 慌てて後に続いた潤也が、周囲を見回す。
「なんだこの広場……ちょっとした隠しダンジョンみたいだな……」
「見て? かわいい看板!」
 そこには、こう書かれていた。
 ”ここは秘密の果樹園です。みつけた方は、ご自由にお召し上がり下さい/TOPアイドル☆ツアーズ”
「果樹園?」
「ほら、あそこの木、レモンがいっぱい! あっちは桃? その向こうは……マンゴー!?」
 延寿は楽しそうに木々の間を歩き回っている。
「蝶のお導きか」
 潤也からは、自然な笑みがこぼれている。
 ひらひらと舞う黄色く可憐な蝶を眺めながら、潤也はふと、愛しい妻――星川 鍔姫を思い出していた。
「せっかくだから、たっぷり頂いていこう。延寿、今日は最高のカレーが作れそうだな」
 自然と元気が湧き、潤也は腕まくりしながら果樹に駆け寄っていた。

 それからしばらくの時間が経ち……
 
「ご飯が炊けるいい匂いがしてきたわ」
 スケッチブックを広げていたアリーチェ・ビブリオテカリオが、鼻をくんくんさせている。
 調理をする潤也と延寿のかたわらで、アリーチェはスケッチを楽しんでいた。野の花々、空と湖、時々緑地からやって来るリスや蝶……好きなものを好きなようにのびのびと描いていた。気づけばスケッチブックは色とりどりの絵で埋まり、アリーチェのお腹はぺこぺこだっていた。
「ねえねえ。そろそろできる?」
「もう少し火にかけたら、最後にゆっくり蒸らすんだ。炊飯は”蒸らし”が大事だからここは譲れない」
「つまり、もうちょっとかかるってこと? あぁもどかしい! スキルを使えばちょちょいのちょいだけど……」
「うん。今日みたいな日はやっぱ、じっくり煮込んだカレーに限るよな」
「はぁっ……我慢するわ」
「すっごくい美味しいスペシャルカレーだから、期待して待っててね、アリーチェ!」
 にっこにこの延寿が、庭のガーデンテーブルにテーブルクロスをかけて食器を並べる。
「そうだ。レモネードがいい具合に冷えてるよ。飲む?」
「えっいいの?」
「もちろん! 採りたてレモンだから、きっと美味しいよ~。お兄ちゃんも飲む?」
「俺は竈の番をしてるから、お前たちだけでやってていいよ」
「じゃあそうしよう? アリーチェ」
 スケッチブックを閉じるとアリーチェはテーブルに駆け寄り、サーバーに入ったレモネードをグラスに注いでごくごく飲んだ。
「んー美味しい! あらやだ。延寿ってば、食器もグラスも4つ出てるわよ? 今日は潤也の奥さんは欠席なのに……」
「あっ本当だ。つい、いつものくせで」
 2人は少しだけしんみりしながら、竈に立つ潤也の背中を見つめた。
「一緒に来れたら良かったのにね」
「大丈夫! だってこれからもずーっと一緒なんだもん」
「ええ。そうよね」
「今日は私たちがたくさん食べて盛り上げよう? アリーチェ」
「……しょうがないわね。あんたがそう言うなら、手伝ってあげるわ?」
 そんなやりとりなど知らず、潤也は2人を振り返った。
「よし! 2人とも、出来あがったぞー」

 こうして3人は、花と緑に囲まれた庭でカレーの食卓を囲んだ。
「んーー! さ・い・こ・う」
「美味しい……いつものカレーより奥深い気がするわ? ロケーションのせいかしら」
「それもあるけど、とりたてのフルーツを入れて、時間をかけて煮込んだからな」
「桃にマンゴー、パイナップルにバナナも入ってるよ」
「なるほど。確かに美味しいわ……」
「ねえねえ。アリーチェ、なんの絵を描いてたの?」
「ああ、これ?」
 アリーチェは傍らに置いたスケッチブックを自分だけに見えるように小さく開き、楽しそうに微笑んだ。
「なんだよその顔……気になるな」
「って、ちょっと、勝手に見るんじゃないわよ潤也! 延寿まで……まったく、しょうがないわね。ほら、見せてあげるわよ」
 アリーチェが開いて見せたページには、青い湖に白い雲、咲き乱れる花々が踊るように描かれていた。
 花々の合間にはリスや黄色い蝶がおり、竈の周りには潤也と延寿、さらに鍔姫が描かれていた。
「これは……」
「なかなかの上出来でしょ?」
「うん。すごくよく描けてるな。鍔姫もきっと喜ぶよ」
「そうだお兄ちゃん。空き瓶あるよね? 果物でジャムを作って、お土産にしようよ」
 延寿が瞳を輝かせた。
「じゃあ私、ラベルの絵を描こうかしら」
「2人とも、サンキュー」
「ふふふ。それとね……私、こんなの持ってきたんだ。ジャーン!」
 延寿が取り出したのは、色とりどりのマシュマロだった。
「これで焼きマシュマロしよう?」
「わあかわいい。それに、美味しそう」
「私、マシュマロの前にもうちょっとカレー食べようっと」
「えっ? まだおかわりするつもり? 太るわよ? 延寿、あんたアイドルの自覚ある?」
「あとでいっぱい泳ぐからいいの!」
「あはは。じゃあ俺も」
「えっ! 潤也も? そ、そうね。じゃあ私も、もうちょっとだけ……」

 空はどこまでも青く、湖は日の光を浴びてキラキラと輝いている。
 いつも笑顔がたえない3人の楽しい時間は、まだまだ続く。
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