リトルフルール御一行様の、スペシャル☆パイパーティ
大人数用の大型ドームテントから少し離れた草原を、有翼の竜――星獣ゲイルワイバーンが飛翔している。
その背には、なにやら大きな荷物を背負った
シャーロット・フルールが乗っている。
「あそこだ!
チョコちゃん、あの辺に降下してくれる?」
シャーロットは身を乗り出しながら前方を指差し、頃合いを見計らって荷物ごと地面に飛び降りた。
「よ、い、しょっと!」
「♪~」
チョコは本来の姿――星獣メロディカオオヘビに戻り、シャーロットの頭上におさまった。
「スタッフちゃんたち、いい感じにしてくれたね☆」
野の花が咲き乱れる草原の一角には、ガーデンパーティー用の小洒落たテントやテーブルセットが設営されている。
テーブルの他に、ピクニックシートやカウチまで用意され、少し離れた場所には野外キッチンと本格的な窯も見える。
花と風船を飾ったウェルカムボードには、“リトルフルール御一行様”の文字。
大きなワインクーラーには、色とりどりのドリンクが入ったガラス瓶。
各種温かい飲み物のサーバーもさりげなく完備されており、御一行様の到着を待っている。
「シャロちゃーん! 早いよー」
虹村 歌音が草原を駆け抜けて来た。
歌音の傍らでは、幼生神獣の
神獣アルカが飛び回っている。
「ゴメンゴメン、気持ちよくってつい……。お、アルカちゃん、ご機嫌だね♪」
設営されたパーティー会場に気づき、歌音が瞳を輝かせる。
「わわっ、なにこれ素敵!!」
「ずいぶん走ったな、歌音」
ウィリアム・ヘルツハフトが駆けつけた。
「昨日は深夜まで撮影だったのに、もう全回復してるのか」
「もちろんだよウィルさん! すっごく楽しみだったんだもん」
「ようやく確保できたオフだもんな」
ウィリアムは、優しい瞳で歌音を見つめる。
「ふみゅ? ところでウィリーちゃん、荷物多くない?」
「皆になにかあったときのために、な。今日はオフだから、装備が甘いかも知れない」
「もう、ウィルさん! オフなんだからもっと気を抜いて?」
「仕方あるまい、性分なのだ」
到着組がわいわいしている中、
草薙 大和と
草薙 コロナが歩いてくる。
「かわいい会場ですね! 大和さん」
「スタッフがここまでしてくれるとは助かるな」
「久々の休日……今日はみんなでのんびり楽しく過ごしましょうです」
笑みを浮かべたコロナは、傍らにいるレッサーリンドヴルムの
幼竜アイリスを撫でる。
「ね、アイちゃん」
「♪」
遊びに出れて、アイリスも嬉しそうだ。
楽しそうにしているアイリスとコロナを見守る大和が、ふっと表情を緩める。
「最近忙しい日が続いていたもんな。羽を伸ばすとしよう」
「はい!」
「おーいヤマコロちゃーん! こっちこっち!」
夫婦が到着組に合流すると、油性マジックを手にしたシャーロットが、ウェルカムボードに大きく文字を書き足した。
“リトルフルール御一行様の、スペシャル☆パイパーティ会場 >ワ< ”
「シャロ、荷物はどこだ?」
最後まで宿泊テントに残って支度をしていた
アレクス・エメロードも到着。
これで全員が揃った。
「アレクちゃん、荷物はあそこ! よろしくにゃ~♪」
「了解。急いで支度するぜっ……って、マジかよシャロ」
アレクスの前には、ドン! と大きな風呂敷包み。風呂敷と言うとこぢんまりしたイメージがあるが――
「このデカさ、昭和の漫画に出てくる泥棒なみじゃん。マジでこの量食うのか?」
「もちろんだよっ♪ さて。やっぱ最初は“アップル”だよね」
にぱっと笑うとシャーロットは、テントから飛び出し、草原へ躍り出た。
「It’s Showtime! ツリーオブライフ!」
周囲に広がっていたのどかな草原が、リンゴの果樹園へと塗り替わっていく。
温暖なビーストラリアに、リンゴの木が立ち並ぶ光景は摩訶不思議だった。
「……」
リンゴが実る土地――故郷の温度や空気を思い出し、シャーロットは一瞬言葉を失う。が、
「バーベキューじゃなくてパイパーティってあたりがシャロちゃんらしいよねー♪」
「いつもながら、シャーロットのパイへの情熱は凄まじいな」
歌音とウィリアムの楽しげな声が、シャーロットを現実へと引き戻した。さらに、
「シャロめ。なにぼーっとしてんだ。窯の準備ができたぞ」
アレクスがいつもの以上の皮肉っぽい口調で、シャーロットの頭をぽんぽんする。
「チビッコ扱いしたな、アレクちゃんめ!」
「なんだ、元気じゃん」
「ふに???」
気を利かせてリンゴを取りに行っていた大和とコロナが、戻ってきた。
「シャーロットさん。はい、リンゴ」
「こっちはアイちゃんが採ったリンゴですよ♪」
「ヤマコロちゃんアイちゃん、助かったにゃ。さっアレクちゃん、ちゃきちゃき作ってね☆」
「ああ。見てろよ!」
妖包丁・國幸をふるうアレクスは、食皇と御饌司のスタイルを駆使。猛スピードで大量のパイ生地と具材を作り上げ、じゃんじゃん窯で焼き、彩り豊かに盛り付ける。
「お待たせっ! 採りたてリンゴのアップルパイ!」
「うわーい♪」
「まだまだあるぜ! 各種フルーツパイ、ミートパイ、サラダパイ、チーズパイ」
「アレクちゃん、これも、いい?」
「……本気か?」
「もちろんボクはいつだって、本気だよ☆」
「承知したぜ! ほれ、ラーメンパイいっちょあがりっ!」
「これもこれも、これもパイにするの!」
「きゃーっ! シャロちゃん、それ、焼きそばだよ?」
「ショ……ショートケーキ?」
「あっ、それはダメです。アイちゃんのおやつです!」
「じゃあこれは、アイちゃん用のパイ♪」
「それは?」
「”翌日に持ち越してしまった豚汁”だよ☆」
「ああ……サステナブルだぜシャロ。主婦の皆さんに人気だろうな」
こうしてあっという間に、テーブルはパイだらけ。
「よっしゃー! これにて完成!」
「いただきまーす!!!」
花や風船でテーブルを飾り、パイパーティが始まった。
* * *
「つーか、マジでパイって何でもあるよな……パイ狂のシャロじゃねぇけど“パイは万能”っていうのもあながち嘘とも言い切れねぇ」
「えっ、
嘘っ?
嘘ちゃん?」
「反応すんのはそこかよ、シャロ」
「ふぎゃ。アレクちゃん、ぺちこん禁止!」
賑やかな4人のそばでは、大和とコロナ、そしてアイリスが和気あいあいとパイを楽しんでいる。
「さあ、お食べ」
大和はアイリスのためにパイをとりわけ、小さく切って食べさせている。まるで育メンだ。
「大和さん大和さんっ! このパイ、すっごく美味しいですよ! あーんです♪」
コロナが、フォークに指したパイを大和に差し出した。
大和がナチュラルにあーんする。
「ふふ。次はアイちゃんです。はい、あーん。なんでも、好き嫌いせずに食べるですよー」
「わ♪」
幸せ全開の草薙夫妻に見とれていた歌音が、頬を染めてこっそりウィリアムを盗み見る。
ウィリアムは、黙々とパイを切り分けフォークにさすと、歌音に声をかけた。
「歌音。このパイは絶妙だぞ。食べてみるか? ほら」
「えっ? ウィルさん……?」
(まだわたし、“あーん♪”のおねだりしてないよね……?)
歌音は驚きの眼差しでウィリアムを見つめ、
「食べてみる」
こくこく何度もうなずいた。
(歌音め。あんな目でおねだりされたら、応えないわけにはいかないじゃないか)
そんな心のうちを態度に出すことなく、ウィリアムは極めてスマートに、歌音の口へフォークを入れる。
(俺たちはもう、恋人同士、なのだから)
「あーん♪」
にこにこの笑顔でパイを咀嚼していた歌音が、なんとも形容しがたい表情になる。
「んーっ??? これ、もしかしてラーメンパイ?」
「想像以上に美味だぞ」
「ほんとだ」
「察するところ、この特性のパイ生地で作ればすべて美味になるのでは……」
「それは興味深いです。わたしもラーメンパイ、食べてみたいです」
「僕も」
「おいおいマジかよ。ネタじゃないのか? って、やべぇホントに旨い」
「ネタなわけないっしょ。ボクはいつだって本気だぞ」
「「「確かに!!!」」」
その場が笑いに包まれた。
楽しい時間が続き、たくさん並んだパイはどんどん減っていった。そして――
「ふぅ、もうお腹いっぱい……」
「んぅ。ボクも」
歌音とシャーロットは、シートの上のビーズソファに埋もれていた。
「ん? 眠いのか」
アレクスがパチンと指を鳴らし、欲張りなユートピア・ユーフォリア。
2人はそれぞれ虎モチーフと兎モチーフのアニマルパジャマ姿になる。
「かのんちゃーん、一緒に寝よ?」
「うんっ」
シャーロットがかのんに抱きつく。そして2人は、あっという間に寝息をたて始めた。
「ふぅぅ。わたしも、お腹いっぱいです」
「コロナとアイリスも眠そうだな。おいで」
大和が、コロナたちをふかふかのカウチに導く。
「ふわぁ……ふっかふかです」
気持ちよさそうにカウチにもたれかかるコロナが、大和の腕をつかんだ。
「大和さんも、一緒に寝ましょうですー♪」
「じゃあ、片付けたら戻ってくるよ」
微笑みながら、大和がパーティーテーブルを振り返る。
「気にするな。片付けは俺とアレクスでやっておくから。なあ、アレクス」
ウィリアムはアレクスが席にいないことに気づき、周囲を見回した。
「……」
アレクスはピクニックシートの前にしゃがみこみ、シャーロットの寝顔を見守っている。
(大人しく寝てるとやっぱ可愛いんだよな)
ウィリアムもアレクスの横に移動し、歌音の寝顔を見守った。
「なあウィリアム。さっき一人でテントに残ったとき、湖の水音が結構気になったんだ」
「かなり湖面に張り出しているからな。イメージは船の上と変わらないだろう」
「シャロが怖がるかもしれないから、このテントで眠るチームを作るか、水の音が気にならないくらいどんちゃん騒ぎ――って感じでいいか?」
「どっちにしても、みんな楽しむだろうな。このメンバーなら、その斜め上をいく展開も……」
「あー……シャロたちなら、ありえるな」
ウィリアムとアレクスは、ふっと口元をゆるめる。
リトルフルールのオフはまだまだ始まったばかり。
きっとウィリアムの予測通り、誰も想像しなかった、賑やかで破天荒で想い出深い一夜が待っていることだろう。