アイドルは、うつむかないっ!
可愛いマジシャン
空莉・ヴィルトールは、テントの周りの庭を歩いていた。
ステージの上ではマジシャンのステッキを持っている空莉だが、今日はその辺で拾った木の棒を手にしている。
「よーし♪」
空莉は庭の地面に木の棒を立てた後ぱっと手を離し、
「わかった! あっちだね?」
棒が倒れた方向へ、うきうきした足取りで進んだ。
「な・に・が・あ・る・か・な~♪ あっ!」
進んだ先には緑地が広がっており、草むらからひらひらと、カラフルな蝶の群れが飛び出して来た。
「きれいなもの、はっけーん!」
空莉はご機嫌な笑みを浮かべ、再び棒を地面に立て、ぱっと手を離した。
「えーっと、あっちは……湖だね? な・に・が・あ・る・か・な~♪」
湖面に身を乗り出し、空莉がにこっと笑う。
「謎の美少女、はっけーん! ねえ、あなたはだぁれ?」
そこまで言って、空莉は心底楽しそうにぷっと吹き出した。
「もちろん、私でしたー♪」
(――アイドルは、うつむかないっ)
それが空莉の信条だった。
(私の視線は、ファンの皆へのプレゼントだもんね♪)
しかし今、空莉の目にうつるのは草と野の花、空と湖だけだ。
「今日くらいは俯いて、足元に広がる世界を思いっきり堪能しちゃおうっと♪ えいっ!」
だから空莉は、気ままに木の棒を倒している。
やがて草原に出た空莉は、草や野の花のあいまを、地面に注意しながらかがんで進む。
「な・に・が・あ・る・か・な~♪」
そこはひときわ背の高い草が生えていたため、小柄な空莉は自分が草の中に埋もれていることに気づいた。
「いいもーん♪ ファンの皆は小さい私が好きって言ってるしー♪ あっ、不思議なしるし、はっけーん♪」
土の一部に、小さな陣のようなものが描かれている。
「さ~て。次はどこかな?」
なんの気なしに木の棒をそのしるしの上に立てると、
ゴォォッ……
そこを中心に凄まじい風と七色の光が巻き起こり、空莉を包み込んだ。
「わあ、きれい♪」
「勇者よ、ありがとう。封印がとけたよ」
眼の前に、ピンク色のユニコーンが現れた。
「そうなの? 良かったね♪」
するとユニコーンは、空莉の手にしていた木の棒に角を押し当てた。
ぱあっと木の棒が、ピンク色に光った。
「わあっ♪ これもきれ~い♪」
「なんだか調子狂うなぁ……とにかく勇者よ、ありがとう。どうか引き続き、この地に封印されし我が仲間を救っておくれ」
言い残すとユニコーンは飛翔し、あっという間に消えてしまった。
「……ばいばーい!」
手を振りながら空莉は、一気に周囲が冷え、ひんやりした風にさらされていることに気づき――
「はっ!」
我に返って目を開ける。
視界一面にピンク色の夕空が見え、ようやく、自身が草の上に寝転んでいることに気づいた。
「……いつのまにか寝ちゃってたの?」
立ち上がると空莉は、握っていた木の棒をぐさりと地面につき立てた。
「私はお仕事が忙しいから、誰か続きをよろしくね♪ さーて、帰ってご飯にしようっと♪」
そして空莉は、足取り軽くテントに向かう。
「ああ楽しかった! 足元に広がる世界も、たまにはいいね♪」
大満足で笑いながら。