◆第一章 レースにご馳走でウキウキ♪◆
――1――
お祭りが始まった直後、ライブステージの中央でバラをくわえているイアンの隣にいつの間にか
鈴鍵 茶々が立っていた。
ホールアップで気配を消して近付いたようだ。
「ふっ、であーる。なのー」
イアンの真似をしているのか、その口には造花がくわえられている。
ポーズまで同じで、片手を額に当てて会場入口の方をじっと見ていた。
少しの沈黙の後、イアンが茶々の方を見る。
それに気付いて茶々もイアンを見る。
しばし見つめ合う2人。
「何をしているのでアール?」
イアンが疑問を口にする。
「カッコイイからマネしてみたのー」
「なるほどでアール」
何がなるほどか分からないが、ファサッと髪をかき上げるイアン。
カッコイイと言われて悪い気はしないどころか、とても嬉しそうに耳をぴょこぴょこさせている。
「はいはい、そろそろどいてくださいねー。ライブの準備がありますからねー」
そこへ運営スタッフの腕章をつけたお姉さんがやって来て、ポーズをキメたままの2人をステージからてきぱきと退場させた。
「おとなしく お席に戻って ルール聞き。五七五なのー」
お姉さんにステージを追い出された茶々だが、きちんと席に着いて参加予定のサックレースのルールを聞く。
何はともあれ、レースの時間になり参加者達にそれぞれ大きな麻袋が配られた。
茶々も麻袋を受け取ると両足を入れ、獣の闘志を奮い立たせスタートの合図を今か今かと待っている。
少し離れたところでは、このゲームが得意だというイアンも準備を終えて合図を待っていた。
ふと、2人の目が合う。
イアンが右手の人差し指と中指だけを立て、顔の横でキザに振って見せた。
その直後、スタートの合図が鳴る。
同時に茶々がほにゅーるいのスタイルによって向上している身体能力を活かした大ジャンプで一気に前進しようと試みた。
──はずだった。
が、何故か茶々が跳んだのは前ではなく真上。
せっかくの大ジャンプもこれでは無意味である。
どうやら緊張のあまり、失敗したらしい。
着地した頃にはイアン含む先頭グループはもう結構な距離を進んでいる。
「まって〜置いてかないで〜」
空回りしてしまい恥ずかしさもあってうるうるおめめになってしまう茶々だが、途中で投げ出すのは良くないからと頑張って先を走る皆を追いかける。
ぴょこたん、ぴょこたんと跳ねながらゴールを目指す。
完全に出遅れたが、めげずに前進しようとする茶々を応援してくれる声もギャラリーから聞こえてきた。
茶々がゴールした瞬間、ギャラリーからは拍手と歓声が上がった。
優勝したイアンも茶々に親指を立てて見せる。
ビリにはなったが、投げ出さずに完走したことを皆がたたえてくれた。
今日のお祭りではイースターにちなんだゲームがいくつか開催される。
大きく分けるとレースと卵探しになるのだが、レースは時間が決められており、それぞれのレースの時間が近くなるとこれを見ようと人が集まって来るのだった。
そしてレースが終われば解散し、卵を探しに行ったり他のエリアでアトラクションやショーを楽しんだり、と思い思いに楽しんでいるようだ。
レースとレースの間の時間を使い、運営スタッフが次のレースに合うように会場を整える。
サックレースが終わると、一部のガチ勢だけが良い場所を取って観戦しようと居座ってはいたが、集まっていたギャラリーの多くは時間とともにいつの間にかいなくなっていた。
サックレースの次に予定されているエッグアンドスプーンレースの時間が近づくにつれ、またレース会場には人が集まり始めている。
それは観戦しようと集まるギャラリーだけではない。
当然ながら、レースの走者として参加する者もである。
その中に
空莉・ヴィルトールもいた。
空莉には可愛さ全振りという言葉が相応しい。
レースの時間が近付くにつれ増えるギャラリーを見回し、いつでもベストアングルをお届けできるようにSSSビューイングをレース会場となっている広場に展開する。
開始の合図と共に、空莉や他のレース参加者達が一斉にスタートした。
空莉は片手に卵をのせたスプーンをしっかり持ちながらも、ギャラリーにアイドルスマイルや空いた手でピースをするなどのファンサービスは忘れない。
だが突然、空莉の可愛い姿に歓声を送っていたギャラリーがどよめいた。
うっかり両手でファンサービスしそうになり、スプーンを落としかけたのだ。
実は空莉によるただのドジっ子演出なのだが、大いに場が盛り上がっている。
スプーンにのせた卵を落とさないように走るのは意外に難しく、卵を落として拾いに走ったり、慎重になりすぎて速度が落ちてしまったり、なかなか前に進まない参加者も多い。
しかし、空莉を含む何人かはそれなりの速さでゴールへ向かっていた。
空莉がラストスパートに月に跳ぶ兎で可憐なアイドル兎に変身すると、ギャラリーがさらに盛り上がる。
そんなギャラリー達からの応援に応えてゴールテープを切ったのは空莉だった。
そしてその瞬間、華麗な宙返りで一回転し、頭上には祝福のフルムーンが浮かぶ空莉。
着地と同時に渾身の兎ポーズを披露した空莉の可愛さにメロメロになるギャラリーが続出したのであった。
「なかなかの素質でアール」
このレースが苦手なイアンは、ギャラリーに混じって観戦していた。
空莉のアイドルらしくレース中でも可愛さを振りまき、また優勝も逃さない姿に感心した様子で、しかし何故か上から目線で相変わらずのキザなポーズと共に呟く。
だが実はミミからは、イアンも参加してレースを盛り上げるように言われていた。
「苦手なレースに参加してみっともない姿を見せては、ワタクシのファンが悲しむのでアール。これで良かったのでアール」
イアンはそう言ってうんうんと頷き、また髪をかき上げ、どこからともなく取り出したバラをくわえると他の場所を見に行ってしまった。
今回のお祭りでは、ゲーム以外にも楽しめる要素がいくつかあり、ご馳走を食べられるというのがその一つだ。
アイドル達の中にも、ご馳走を振る舞って皆を楽しませたい、皆でご馳走を食べて楽しみたいという者が何人もいて、会場内に設けられたスペースで美味しいご馳走を作ろうと料理をしている。
行坂 貫は、ご馳走を振る舞いたいと参加を決めた1人だ。
主催としてお祭りの進行や安全確認などもあり会場内のあちこちを飛び回っているミミを見付け、折角イースターにちなんだゲームをするのだから、それぞれの参加者や優勝者にイースターらしい料理を賞品として提供したいと申し出た。
「それはとってもステキだミャ! きっと皆も喜ぶミャ〜」
ミミはそう言って笑顔を浮かべると貫の手を両手で掴み、ぶんぶんと勢いよく上下に振る。
「早速スタッフさんにも知らせに行くミャ!」
嬉しそうに貫に向かって手を振ると、慌ただしく走り去ってしまった。
「主催だけあって忙しそうだな」
ミミを見送り、許可が出たからとイースタープレートを作り始める。
飾り包丁・渦潮の繊細な包丁さばきで食材を切り、スープストックで時短して可能な限りたくさんの料理を作っていく。
ラム肉から出汁をとったソースはオムライス用に。
さらにラム肉をミンチにしたものを使ってスコッチエッグを。
調理が進んでいくにつれ、周囲には美味しそうな香りが漂う。
ゲームが終わり、皆のお腹が空く頃には美味しい料理がたくさん並びそうだ。