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「バイナリアでは荒事ばかりですね。そういうのばかりに慣れてしまいましたし、潜入はお任せください」
そんな頼もしい事を言って、
納屋 タヱ子は内部潜入に挙手をした。現地に到着すると、正面玄関の方から派手な陽動の声や音が聞こえる。爆音まで聞こえるのはご愛嬌というものだろう。
「陽動が機能しているとはいえ敵戦力が確定している訳ではありません。油断しないようにしましょうね」
「このご時世に魔獣化とは穏やかでないね? 一刻も早く供給を止めねば第2第3の純血同盟になりかねないよ」
トスタノ・クニベルティは状況予測を用いて、突入のタイミングを計っていた。中から表に出てくる警備員の人数などから、内部が手薄になる頃合いを見る。資料入手が首尾良く行なわれていたこともあり、その予測はより容易な物となっていた。
「今かな。何、簡単な推理だよ」
彼の合図で、タヱ子が一足先に入り込んだ。
「工場を隠れ蓑にしているなら不自然になるようなセキュリティの強度はないでしょう」
彼女の言うとおりだった。一般的な工場程度のセキュリティで、それをチェックする人員すら外に出されている状態なのだから、尚更侵入は簡単だ。カモフラージュコートを纏った彼女は、門番を倒してしまおうと考えたが、そもそもそれに当たる警備員も陽動に釣られてしまっているので誰もいなかった。トスタノに突入の合図を出す。
「よし、行こうか」
綾瀬 智也は最初から真っ向勝負をするつもりはなかった。発煙筒を使う都合上、彼は仲間とは離れた所を歩く。やがて、向こうから足音が聞こえて、彼はボールペン型発煙筒のボタンを押して放り投げた。カシャッ、と軽い音を立てて床に転がり、勢い良く白煙を吐き出す。あっという間に、廊下は煙で満たされた。
「うっわ何だこれ! 発煙筒か?」
「構うな、匂いで探せ」
魔獣化すれば多少嗅覚も良くなる物だろうか。だが、元が人間の彼らが嗅覚だけで敵を探すことは難しいだろう、人は視覚に頼るのだから。智也は透視能力を使って、鼻をひくひく動かす敵の姿を視認した。PMG-SとDリボルバーをそれぞれの手に持ち、発砲する。
「そこか!」
しかし、ホールドブレスと迷着で煙の中に姿を眩ました智也を見つけるのは至難の業だ。当てずっぽうに発砲しても、
「そんな攻撃ではこちらに届きませんよ」
ジェットパルクールで壁を蹴った彼は、相手の死角から銃撃を浴びせた。
「遅い」
視界の悪い中での戦いは、当然のように智也の圧勝で終わった。
「違法で魔獣化するドラッグ? ボクからすると“合法的”に“退治”して良い格好の相手ってことだよ。存分に暴れさせて貰うね」
アイン・ハートビーツは正装状態のテンパリングコートを戦闘用に切り替えた。トスタノもタランテルが付いてくるのを確認しながら、ボルトグローブを締め直す。
「タランテル、突入支援。盛大に頼むよ!」
タヱ子と合流して薬物製造の現場を目指すと、すぐに警備員たちと鉢合わせた。既に薬物を摂取しているらしく、異形となっている。
「魔獣化して強くなった気でいるみたいだけど、【銀弾】に弱くなっただけだよ」
アインは鼻を鳴らしながら、二振りのフォールダブルブレードにイワンを掛け、軽く振るった。余分な薬剤がパッと散り、彼女の周りできらきらと瞬く。
「自ら望んで弱点を追加してくれるなんて扱い易い相手で助かるね」
その言葉と、銀弾の存在に、敵はやや怯んだ様だが、
「なに、当たらなきゃ良いだけの話だ」
「それ、できると思ってますか?」
変身したタヱ子が獣の目つきで問う。ドラッグで強化しただけの肉体に比べ、ライカンスロープの変身はやはり格が違って、更に狼狽えた。
一触即発の空気の中、先に動いたのはアインだった。
「身体能力では生身とサイボーグの超えられない壁を思い知らせてあげる」
床を蹴り、ブレードを振るって敵へ襲いかかる。一拍置いてトスタノも壁に飛びついた。ジェットパルクールによる跳躍だ。タランテルは、流石にこれは真似できず、主人のいる壁の傍を走って銃撃を浴びせる。当然、アインのことは避けているが、アインの方もメカニカルセンスの高度な探知能力で射線を避けながら敵を斬りつけた。銀弾の刃で切られて力が抜けていく様だ。タヱ子はタランテルの銃撃を避けて距離を取った相手を三影歩法で惑わしながら近づいた。銃口が向くのは、拳で叩いて逸らせる。パリングコンバットだ。
トスタノはアインとタランテルに気を取られている敵の背後を取った。抗魔白衣を翻しながら壁を蹴って着地する。辛うじて足音を聞きつけて振り返る敵に、ボルトグローブでの電撃殴打を喰らわせた。
「てめぇ!」
すぐに敵の間をくぐり抜け、同士討ちを誘発する。アインの腕が回転し始めるのが見えて、するりとその場を抜け出した。
「切り刻んであ・げ・る」
エーテルスクレイパー。サイボーグならではの大技だ。周囲を巻き込む光の螺旋! それが、固まっていた警備員たちを巻き込んで迸った! 光が止むと、大ダメージに呻く敵の姿がそこにあった。
「“痛み”を感じるのは生身の特権だよね。ボクにはもう存在しない感覚だから、たっぷりと味わってね」
痛みに呻く警備員たちを見下ろして、アインは言い放った。
「薬物関連はヒルデガルドさんにおまかせしましょうか」
自分が相手にしていた分を倒したタヱ子が呟いた。
薬物関連を担当しているのは、
ヒルデガルド・ガードナーだった。
「単に組織潰して終わりなんて思ってないわよ」
医師である彼女は、「薬害」と言う物に「生産を潰せばそれで解決」があり得ないことを知っている。大事な事は、その後のフォロー、つまり薬物による健康被害を少しでも改善させることだ。テンパリングコートの上から、愛用の拘束白衣を着た姿は品の良い医師そのもので、警備員たちは「こんな品の良い研究者いたっけ?」と思いつつ、研究者そのものとは交流がないようで、彼女をスルーした。
(薬品、レシピ……絶対に失ってはならない。医術は人の為にあるべきで、人を苦しめるものは治療せねばならない)
事前に調べた見取り図に加えて、資料入手のエージェントたちが送ってくれた情報で、実験室や調薬室の位置はすぐにわかった。突入側の状況予測などはトスタノがやってくれており、彼女は自分の目的に専念できている。
やがて、彼女は調薬室に辿りついた。騒ぎで研究職は逃げ出しているのか、誰もいない。彼女は開けっ放しの書類棚に近づき、レシピを探し当てた。
中和剤や改善薬をこの場で作ることは難しい。ひとまず持ち帰ることにしよう。彼女はレシピファイルを持って、その場を離れた。
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タヱ子の合図で、正面陽動も撤収を始めた。
「千雪、大丈夫だったか?」
逃げ出す途中で潤也が声を掛ける。
「うん、私は大丈夫だよ。幼狼ちゃんとか火鶫くんが頑張ってくれました」
「大丈夫そうね。別に、そこまで心配してないわよ。ちょっとは心配したけど」
アリーチェはツンデレを発揮している。
「これからはヒットマンでも派手に戦いなよー?」
小ノ葉が言うと、千雪は渋い顔をして、
「手が爆発するのはちょっと」
「我儘だねー!」