~ 拝啓、女王陛下 ~
……このようにオルド連邦を巡る人々の内心は複雑なものがあるようですが、すでに互いの憎しみを越えて手を取りあう術をご存知の両女王陛下であれば、必ずや世界を良い方向に導けるものと信じております。
そのような文言で、
邑垣 舞花の手紙は締めくくられていた。宛先は、
“第二の地上”ネオグラウンド女王
メリッサ・オールコック、そして若くして国家元首に就いた彼女を同じ女王としての立場から後援する、
“冒険の島”ニュートラファルガー女王
キャサリンの両名。
立場を捨てて市井の人々と交わるバアトルに案内を受けながら、共に回ったオルド連邦各構成国。そこには必ずしも新しい世界を歓迎する感情ばかりが流れてはおらず、時に強い排斥を感じたこともある……が。
根に溜めたガスで空に浮かぶ薬草の形を、愛おしそうに撫でて整える老婆の手を。
新たに産まれた飛竜の卵を、我が子のように抱いて温める少年のはにかみを。
直接肌で触れたことで得られた人々の願いは、結局のところは当たり前の、たったのひとつの事柄であるのだ――今この手にある幸せを、誰にも邪魔されることなく謳歌してゆきたい。
戦のために奪われるものがなくなってよかったと、多くの者が口にした。
失われる富が減った代わりに尊厳は失われたと、幾らかの者は口にした。
前者は元より尊厳の埒外にあった者たちの言葉で、後者は足らぬなら奪えばよかった者たちの言葉だ。
「そのどちらもが真実で、どちらがより正しいという話でもないのでしょう……」
ただ、舞花はかく願う。
この変化がどのような人々にとっても、いつか「よかった」と言えるものになることを。
オルド連邦は敗れたことにより、今手の中にある幸せを見つめなおす機会を強いられていたとも言える。
それは屈辱的な出来事ではあったかもしれないが、同時に、誇りをとり戻すための道でもあったに違いない。
「んー! 飛竜がこんなに美味しかっただなんて♪」
自分の首を胸元に抱えながら舌鼓を打つ
八上 ひかりの姿を、子供たちはおばけでも見るかのようにそっとゲルの外から覗きこんでいた。
ここは
サルタクタイ商人たちとて訪れることのない、交易路から遥か離れた石龍島の上。飛竜の群れをひき連れて遊牧する一族が逗留する中にお邪魔したひかりは、客人として歓待を受けている最中だった。
「わざわざ客人が訪れるなんて滅多にないからな! さあさ、存分に食べてくれ!」
一族の長である青年は火の精霊石に乗せて焼く飛竜肉――見た目はさながらジンギスカンだが、飛竜の溶き卵につけて食べるところはすき焼きにも見える――に加えて、ある種の飛竜が分泌する乳に似た液体を発酵させて作った酒――といっても乳酸発酵が主でアルコールはほとんど含まれていない――をさし出してみせる。うん。こちらも濃厚で、癖のある肉と合う。
このゲルでは野菜や香辛料もふんだんに使われたジンギスカンが振る舞われたが、通常は肉と卵と竜乳酒ばかりで過ごすのがオルド流の遊牧生活らしかった。島から島へ、スカイフィッシュや浮遊草を追って飛びまわる遊牧民にとっては、野菜や香辛料は贅沢品だ……今日こうしてそれらが供されたのが、ひかりという来客をもてなすためであったのは確かだが、それが可能になったのは体制変化に伴う軍備縮小の煽りを受けて一族の下に戻ってきたこの長である青年が、戦いの中で命を落とすことなく、それなりの退職金を得て戻ってきたからだ。
「飛竜が重なりあうほどたくさんいる他は、何もない国だろう?」
青年もひとりのオルド人として、自らの富を誇示するために立派な店を建てるサルタクタイ人ら定住民族たちに憧れた。自分の実力ひとつでそれを征服することに、この上ない喜びを抱いていた。
「けれど……こうしてあんたみたいな旅人が来てくれるってことは、案外、俺たちも立派な建物なんかに負けないものを持ってたのかもしれないな」