~ 新たなる目標 ~
そして閉塞打破のきっかけは、東方からやって来た。
といってもオルド連邦のことではなく連邦とノイエスアイゼンの間、それも水平方向というよりも少し下方から。
その場所とは、
プリムム・テラエ。ノイエスアイゼンも提供したマナバリア発生装置が真価を発揮して、人類に唯一マナ嵐から地上をとり戻させた場所だ。
「地上時代の遺産を発見できただなんて、相当な進捗もあったものじゃないか」
テラエの中央付近に建築された研究棟の資料庫に、
ジェノ・サリスの感心の声が響いていた。マナ嵐のエネルギーを利用するマナ振動炉と接続されたマナバリア発生装置の力は、かつてジェノが提案した彗星の軌道上破壊を実現した時よりも大幅にマナ振動炉が増設されていたことにより、その威力と効果範囲を拡大させている。それでも研究者たちによればマナ嵐は今も時おり激しく吹きあれて貫入し、バリアのすぐ内側で発掘作業をする研究者や護衛のドラゴンシーカーたちに犠牲を出してはいた。そういった危険を顧みない者たちのお蔭で、島上人たちはついに地上人たちの文明の痕跡にたどり着いたのだ。
「政府のほうじゃ、これ以上はバリア周辺での研究はせずに、安全な中央付近でだけでいい、なんて研究縮小の声もあるらしいんですがね」
ジェノにそう語る研究者たちの瞳は、未知への期待感で輝いていた。そうだろう。危険への恐れが好奇心にうち克てるような人間ならば、中央付近だけとは言わずテラエに降りることすら考えもしない。
にもかかわらず彼らはここにいる。彼らは、真実を解明することへの『憧れ』が、常に何事よりも優先される資質の者たちだ。
どこまで書いていいかとジェノは問うた。
論文として発表された後のものならば、何を題材にしても構わないと研究者たちは返した。
であれば、これがジェノが閉塞する世界へと向けた“答え”だ。ノイエスアイゼン軍もマナバリア発生装置の維持などのために訪れるこの大地こそ、サリス派――より良い世界を創り出すためならば芸術の政治利用も厭わないという思想派芸術家集団の、新たな活動の題材に違いない。
そして、もうひとつ……。
「なるほど! 島際闘技大会であれば、確かに国威高揚が可能になりそうだ……そして我らが
次世代航空技術研究所の研究成果たる揚力飛行機が、各国からの観客を乗せて研究成果を知らしめる、ってこったな!」
次航研の生物学者
ジョルジュ・ラマルクは、そう答えて
ルキナ・クレマティスの背を楽しげに叩……こうとしてやめた。今日の彼女はもっと公的な場に出るため人型で、いくらデリカシーに気を遣わないラマルク博士といえども、流石にレディに触れるのは憚られたためだ。
そう。今日は世界に過剰になってしまった戦闘力をガス抜きするための闘技大会を、スカイドレイク連盟に公式に提案する日であった。これはあくまでも戦争の代用であり競技。武器も魔法も禁止はせぬが、それらは殺傷力を抑えたものとして、急所への攻撃や倒れた相手への追撃は禁止の、安全に配慮したものにする予定だ。決して殺し合う場ではない。
「……それにしてもどうしてそんな方面の話を。飛行機にも改善点はまだまだあるだろうに」
「何か、新しいことをしてみたくなりまして」
ルキナの返答は随分と抽象的なようにも思えたが、ラマルク博士は納得したようだった。
「あんたらしい。でも、そうやって始めた新しいことを、あんたは見事にこれまであった全く別の分野の話と繋げちまうんだろうな」
正確にはルキナは大会を始めたかったわけではなくて、大会はその利権を通じた“新しいこと”のための資金稼ぎにすぎないつもりだ。ただし、彼女がこの大会そのものにも博士の言うような効果を考えていなかったとは、おそらくは誰にも断じられないだろう。
一歩間違えれば本当に殺し合いに発展しないとも限らないこの提案は、時間をかけて競技の選択とルールのすり合わせを行なってから実施方法の検討に入ることになる。
ただし、折りしもその頃南方のワハート・ジャディーダからは、ちょうどこの時間の隙間を埋めるような話が飛びこんでくるのだ……すなわち、力試しに都合のよい遠征計画が。