◆潜入
「さて、アジトを強襲するのはいいのですが……」
綾瀬 智也は小さく息を付いた。
現在、強硬派のアジト近くにある森に身を潜め、潜入のタイミングを窺っているところである。
どうやら、あちらに機関の情報が漏れている様子はなく、至って穏やかな時間が流れている。警邏している強硬派の数も疎らで、時折談笑すら聞こえてくるほどだ。
「万全を期すためにも、まずは自分が先行して潜入し、見張りを排除致しますか」
大事になる前に経路を確保し、味方の動きがスムーズに行えるよう努めるべきだろう。
最初から暴れていてはあちらに準備する時間を与えかねない、今回はできるだけ姿を消しつつ戦力を削ぎ、味方のサポートに徹しよう。
智也は木々の合間に身を隠し、倉庫の方を見遣る。
裏の見張りは一名、先程表に二名居たのは確認している。
「では、行きましょう」
狙うのは裏の見張りだ。
見張りは一定の間隔で辺りを移動している。
物音さえ立てなければ気付かれる事もないだろう、と考えキャットスニークで背後へ忍び寄る。時に物陰に身を潜め、死角を利用しつつ徐々に距離を詰めていった。
強硬派は銃で武装しているとはいえ、装備自体はそれほど整っている訳ではない。
胴体部分に厚みがあるので防弾チョッキを装備している程度だろう。
智也は音を殺し、見張りの背後に立った。
袖口に隠したトライアルダガーの一本を取り出し、指先にワイヤーを引っかけてから掌に収める。
相手が振り向こうとしたタイミングを狙い、声を上げさせぬように掌で口を押さえつけてから、相手の首筋にダガーを突き立てた。
できるだけ痕跡は残さないように。喉を押し潰すようにしてダガーを沈め、呼吸が儘ならなくなるよう、口を塞いでいる手にも力を込める。
ナイフは突き立てたままなので、派手な血飛沫が出るような事はなかった。
見張りの首筋からは皮膚を伝って大量の血が、滝のように流れ落ち、衣服へと侵蝕していった。
見張りは暫く抵抗を試みていたが、やがては酸欠と失血により意識を手放した。
口から大量の血液が吐き出され、足元の地面に色が付く。そこまで大量ではないので、土でも掛けておけば問題は無いだろう。
「失血による気絶か、絶命か……まあ、どちらでも構いません」
智也は見張りを引きずり、近くにあったゴミ用のコンテナに放り込んだ。上からボロ布やゴミを掛けてやれば早々見つかる事もないだろう。
「これで裏は問題ありませんね。後は交代の時間と被らない事を祈りましょう」
裏の確保は出来た。後は内側をいくつか緩めてやればいい。
智也は持ち込んだアンカーショットを二階の窓へ打ち、するするとレンガの壁を登っていく。
窓からこっそり中を窺うと、そこは簡易の倉庫らしい場所だった。
生活品が入った箱や、服などが乱雑に置かれている。段ボールの数も多いので、普段から出入りするような場所ではないのだろう。
奥の方の様子はあまり窺えないが、それほど広いスペースでもなさそうだ。
智也はロックピックで窓を解錠し、音を立てぬように開いた。
掌一つ分ほど開いてから試作ラットバグを放り込み、音の傍受を図る。
ラットバグではあまり広い範囲は拾えぬが、それでも物陰の奥には足音が一人分響いている。
警邏だろうか。あるいは休んでいる途中の強硬派だろうか。
「どちらにしても一人なら都合は良いですね」
窓を静かに開け放ち、智也はするりと室内に降り立った。
先程、音を拾った場所まで身を潜めつつ移動すると、銃を腰に下げた強硬派の姿が見える。どうやら暇だったのか手には酒瓶が握られていた。
酔っているのなら多少音を立てても問題は無い。先程と同じように始末をするだけだ。
◇◆◇
「さて、これで二人目ですね」
死体を倉庫の奥に隠し、智也は一息ついた。
幸いな事にこの部屋には他の強硬派の姿は無かった。侵入を試みようとしている味方を招き入れるのなら、ここでも良いだろう。
智也は持ち込んだ黒色のスカーフを窓に挟み、外側に棚引かせた。味方エージェントへの目印である。アンカーショットも残したままなので、出入りは問題ない。
「今後を考えるのならば監視装置も無効化しておきましょう」
外は警邏が居たくらいだ。そちらには無いと考えても良い。
だが、内側にはそれなりに監視装置が設置されているはずだ。今のうちに手を加えておけば、余計な情報が強硬派の手に渡る事もないだろう。
「ひとまず、自分は監視装置の無力化に努めましょう。本格的な戦闘になったら……その時は、一緒にですね」