■寂しさを癒すのは
晴天の朝、パラミタ内海のリゾート地。
「世間は夏休み。という事で、バカンスに来たけれど」
三重野 真菜は、楽しむ気満々なのか水着姿だ。
「賑やかね。今夜は楽しく過ごす事が出来そう」
海水浴を満喫する観光客達に目を走らせ、獲物を狙うが如く唇を舐めた。
真菜は男女関係なく気になった相手を探し始めた。
しかし、しばらくして、
「はぁあ、どれもハズレばっかり」
真菜の口から溜息が一つ。見事な四肢を惜しげもなく露出しているにも関わらず、見つからずだ。
「今夜は珍しく一人の夜か。それはそれでかまわないけど……」
結果を受け入れようと決めた瞬間、
「…………彼女は……間違いない……」
ぼんやりと海を眺める女性が目に入った。見覚えがあったのか、驚きを垣間見せた。
そして、
「絢乃さん!」
真菜は女性に声を掛けに行った。
燦々と朝の太陽の光が降り注ぐ中。
「……ふぅ」
木津川 絢乃は、水着を纏い長い茶色の髪を海風に吹かれなびかせながら、観光客で賑わうパラミタ内海のリゾート地の砂浜をのんびりと歩き、休暇を過ごしていた。
美しいプロポーションを持つ女性が一人となれば、
「お姉さん、一人かい? 一緒に泳がないか?」
「泳ぎが苦手なら、海の家で何か食べないか? 奢るよ」
声を掛けて来る輩も出て来る。
「悪いのだけど、夫と子供がこの先で待ってるの」
絢乃はやんわりと断って追い払った。
再び一人に戻った絢乃は砂浜を歩くのかと思ったら、
「……」
動かない。ナンパを撃退した文句がチクリと心を痛ませ、胸に手を当てぼんやり。瞳に海は映ってはいるが、癒す事はしない。
「…………家族と引き離されて(もう随分経つ……未だ元の世界へ帰れる気配はない。娘も大きくなって……私の事を覚えているだろうか……それとも……)」
絢乃は夫と娘の顔、家族で過ごした日々が迫り、ますます胸を締め付け瞳が悲しみに染まる。
「それにここへ来てから、全く年を取っていない。嬉しいのやら嬉しくないやら……分からない」
絢乃は、こちらに来た時と変わらぬ姿に溜息をこぼした。
その時、
「絢乃さん!」
絢乃の姿を見つけた真菜が声を掛けに来るも、
「…………本当に……」
絢乃は気付かず、心の痛みに沈むばかり。
「絢乃さん!」
真菜はもう一度、声が届けばとボリュームを上げて呼んだ。
「…………真菜さん?」
今度は届き、絢乃はそろりと振り返った。
「お久しぶり、絢乃さん……いや、先生って呼んだ方がいいかな?」
真菜は、にかっといい笑顔で再会を喜ぶ。
「…………お久しぶり」
少しだけ現実に戻った絢乃は、そろりと挨拶を返した。
「絢乃さんも泳ぎに来たの?」
真菜が何気なく訊ねると、
「……わからない。休暇で来たのはいいけれど……」
絢乃は軽く首を左右に振りながら、悲し気な調子で返した。心おきなく遊び回る気分ではないのだ。
「相変らず、旦那と娘さんのことが忘れられないんだ」
真菜には分かっていた。以前、夜のカフェにて涙混じりの彼女から事情を聞いていたから。
「……そうね」
絢乃はぼそりと答えた。
「…………」
話題故か、二人の間にしばしの沈黙。
「とにかく、海を楽しまなきゃ、もったいないって事で……」
沈黙を破ったのは真菜だ。
「わっ、真菜さん!?」
絢乃の手を引っ張って、海へ駆けて行った。戸惑いの声なんぞ気にしない。
「どっちが早く、あのブイまで泳げるか競争だよ」
真菜は海に浮かぶブイを指さしながら掴んだ手を離して、泳ぎ始めた。
「ちょっ、待って!」
絢乃は慌てて、競争に加わった。
そうして、海で思いっきり泳いだ後は、
「……んー」
仲良く日光浴だ。
「絢乃さんは幸せだよね。愛する人がいて、その人のことを一途に想い続けられて」
と言う真菜の言葉は皮肉では無く心からのもの。何せ、家族を愛する絢乃とは違って、愛のない家庭に育ったから。
「……真菜さんは、好きな人がいるの?」
絢乃は気になってか訊ねると、
「さあ……あたしは目先の快楽に溺れちゃうクチだし」
真菜は、艶やかと悪戯さが同居した表情をする。双眸には絢乃の姿が映っている。
「……真菜さん」
絢乃は返す言葉も無くだ。以前の事があったり無かったり。
この後、流されるまま絢乃のホテルの部屋になだれ込み、以前のように狂ったように愛し合い、翌朝部屋を出たという。