さすが都というだけあって、京の街は活気に満ちている。
川上 一夫は、問屋をいくつか訪ね歩き、調達した品々に満足した。
何せ妻子持ち。
子供たちの教育費が嵩み、懐事情は苦しい。
花見という絶好の機会を逃さず、商人の面目を保たねばならぬ。
妻の
川上 実麗には花見客を当て込んだ弁当を頼んである。その材料の調達も含め、早い時間から京の町中を歩いて既にクタクタだ。
けれども一夫はそれをおくびにも出さずに、手に入れた食材を実麗に渡す。
春の山菜を中心に、和食材が揃った籠を眺め、実麗はどんな料理をするか思案をする。
持つべきものは料理上手の愛する妻だ。
花見弁当の調理は彼女に任せ、一夫はその他の売り物を用意することとする。
上等の酒を持ち運びのしやすい徳利に入れてもらっているので、それに合わせて食べやすく身を欠いた干魚やら干し貝も小分けして包むと、ちょいとした花見酒のセットが出来上がった。
実麗は、夫の頼みに応えようと、「春らしさ」を重視した献立を考える。
少し早いけれど、筍があったら土佐煮を。山ウドの皮を使った金平、ふきのとうと小柱のかき揚げ。
鰆があれば西京焼きを作りたいところだが、京は海から離れているため、鱒をどうにか手に入れて塩焼きに。
ご飯は桜の塩漬けを炊き込んだものを山葵の葉に包んで。
丁寧にそれらを詰めた弁当を何個も作り上げると、実麗は一夫に渡した。こっそりとそのうちの二つを除いて。
「相変わらず美味そうです」
妻の作った弁当に、一夫は目を細め、これは売れると確信を抱く。
大和馬に用意した品々を積むと、町外れの桜並木の路傍まで運び、簡素な屋台を設置する。
この並木の桜をくぐり抜けるだけでも春を満喫できるのだが、ここを通ってもう少し行ったところにも花見のできる場所がいくつかあると、一夫は仕入れの際に耳にしていたのだ。
「花見酒、花見弁当は如何ですか?」
道ゆく人に、一夫は声を掛ける。
仕入れ値から少しばかりの手間賃を上乗せした額を計算し、小売りの相場から妥当な値段を算出する。ぼったくる気などさらさら無いので、薄利多売を狙っている。
それでも気持ちお高めと感じられる設定なのだが、吟味した素材を思えばそれほどではないし、花見という特別な日には相応しいはずである。
案の定、飛ぶように……とはいかないが、足を止めてくれる人の多くからお買い上げいただいている。
ひらり、ひらりと、風に花びらが舞い落ちる。
今は盛りのこの花も、もう二、三日すれば花筵となるだろう。
実麗は一夫の商いを手伝いながら、そっと傍にとってある花見弁当を見やる。
売り上げはそこそこ。鮮度の良いうちに売れていく弁当に、内助の功を尽くすことができたと、実麗はホッと胸を撫で下ろす。
きっと昼前には全て売り切れることだろう。
そうしたら、朝から働き詰めの夫に取り置いていた弁当を渡そう。
満開の桜の下で。
夫婦水入らずで弁当を食べるのも悪くはないから。