大世界テルス。
緑豊かなサフル大陸において、スフィアの魔力の枯渇の影響を色濃く残す砂漠化した地域、エルベ砂漠。
砂ばかりの地表を凍えるような夜の深さも構わずに探索に軽やかに滑る光が在った。
照明代わりに使用している太陽神スーリヤの護符。所有者の周囲に半透明の光のフィールドを発生させ、照明代わりになってはくれるが、これがまた目立つものだった。
「さて」と、息吐く
ジェノ・サリスは乗っていた刀身から砂地へと飛び降りる。トン、と着地して、別の時空からもたらされた漆黒の刀身の切っ先を軽く蹴って程よい高さに浮かび上げた剣の柄を掴む。
畏まって構えず、自然体で思う様に扱う抜身の剣は、危険地帯に足を踏み入れているというジェノの自覚と警戒を表していた。
砂漠に埋もれているかもしれない“何か”を探す。
それもまた浪漫の一つ。と、勇んでみたものの土地鑑頼みに、地図かそれを作成するに等しい道具を持ってこなかったのは軽率だったかと時遅く反省が滲む。なにせ、砂漠の夜は暗い。
何かしら価値のありそうな物や探索記念になりそうな物は確保。戦没者の遺品等があれば、王国軍に届け出る。そんな展望の達成を阻むかのように、世界は無情なもので調査と銘打つ遺跡巡りと対して変わらない難易度に未だ成果はなかった。
戦場に響くジェノの声は、
「誰か、まだここにいるのか?」
と、語りかけるもの。
戦没者へ呼びかけて返ってくる反応を感覚を尖らせてジェノは待つが、戦場に散っていった者達の魂が彼の肩を叩くような気配はなく、風に吹かれて崩れる砂の波音だけが物悲しさを誘うだけだった。
人の耳では聞き取れないのかもとサウンドコレクトコートのスイッチは入れたままにしていて、時折そちらに耳を傾ける。
何も知らないからこそ探している。
なにを、ではなく、なにか、を。
尋ねる手段はあっても、応える存在は、砂漠の砂に紛れるダイヤの原石のようなものなのか。
何かしらを感じたらその周辺を探索する手当り次第を、見守ってくれるのは夜の砂漠という光景だけ。
一見が何も無くとも、砂を掘り返せば?
運任せとも捉えられる自己提案に、彼は微かに息を吐き出した。
結果に良し悪しはあり、
動かねば、結果は示されない。
…※…※…※…
大世界ガイア。
星導技術発祥の地であり、世界最大の星導都市となるのが連合王国の首都であるメトロポリス。
そこのウィザード事務所である追憶の幻想館に滞在する
砂原 秋良は、昔の想い出に浸っていた。
星の砂時計。
それは大切な恩人に誕生日プレゼントにと渡されたもの。
誰にも邪魔されない静かな場所で秋良はたったひとりで星の砂時計を眺めている。
硝子の表面に浮かび上がるのは、今はもういない友達、新たに出会った人達、秋良の瞳にしか映らぬこと。
それは何を意味するか。
星の砂時計をひっくり返して、指先は名残惜しげに彷徨う。
過去と現在、別れと出会いを、思い出を前後の区切りに比べあって、秋良は苦笑を浮かべてしまう。
仕方ないと笑ってしまうのは何故だろう。
世界を渡る特異者として成長を遂げた秋良は、少しだけなら時間に干渉する真似事ができる。
フライバックやモーメントルーラー……覚えたスキルは過去を取り戻せるようなものでもないけれど、
本当にささやかに、夢見るには十分だ。
もしもあの時……なんていう、そんなたらればの夢を。
かつて貰い受けた砂時計。それを見て、過去を振り返り現在(いま)を見つめる。
記憶に残されて無意識(気持ち)に整理されてしまった後ならば美化されている可能性もあるが、出来得る限りの詳細を回想という意識下で延べ広げる。
まだ、言語化できる。まだ、確かめられる。まだ、伝えられる。
秋良の生き様という有様として、紡いでいける。
そういう想い出を次の誰かに繋げていけたらと、そんな未来を願ってしまう。
色んな物語に関わって、いつかの未来で想い出として謳いたい。
そうやって紡いでいきたいと思うし、願っているし、祈るように信じてさえいる。
今はもういない友達のことをこれからも忘れたくないという想いが根底にあるのだとしても、
それだけじゃないのだと思える。
あれから関わってきた人達と物語、その出来事は間違いなく私自身の物語でもあるのだから。
これはきっと秋良が願い望むひとつの在り方。
今までの、そしてこれからの物語を彼女自身が歩んでいく為に。
そのいつかの日が、想い出になる物語を次へと繋いでいきたい。
あの羅針盤の風が導いてくれたように。
――今度は私が、生きて、謳って、紡いでいこう――。
巡り逢えた奇跡はこの胸にしっかりと刻まれているのだから。