オンライン世界RWO。
アプデとイベントの少なくなったゲームはなんとなく物悲しい。
寂れているわけではないのにゲーム内世界をマンネリ感と倦怠感が漂い、冒険がただの繰り返し作業になっていく。
もはや恐るべき敵はいない。出現するのは経験値の素だ。
だが、それでも彼らはこの世界を愛した。多くの時間を費やし感動とドラマを与えてくれたRWOを去ることはない。これまでに出会ってきた人達を忘れるはずがない。
自ら目的を設定し達成し、ゲームに意義を見出しキャラクターを鍛え続けるやり込み勢たち。
最強論争もそんな中から自然発生的に出てきたものだった。
彼らの戦いに理由が欲しかった。そして、ちょうどバグが発生した。
やることはいつも同じだ。そう、敵と戦って倒す。
今回の事件はそれだけの事。
そんなわけで、ヴォルテックスの第378層にて。
エンシェントボーラーと呼ばれる奇妙な敵が発生してすでにかなりの時間が経過している。
アリサ姫の要請に対し多くの冒険者たちが敵に挑みゲーマーらしく攻略法を検証し、無残に散っていった。
周囲では、眠っている者、混乱している者、麻痺している者、脱いでいる者、普通に負けた者など、死屍累々だ。
「目標の敵、複数確認できています。……始めましょう」
ミリオネア兼ヒーラーのマイカ(
邑垣 舞花)は、この時すでに目的地の第378層で戦況の分析を開始していた。
<【ジョブ】戦術予報士>を持つマイカは、周囲の散々な状況にも全く動じず敵を見極め、どんな時も気品を保ったままだった。
すでに出ている被害者は適切に処置し、必要ならばリタイアしてもらい、まだ戦える者は再配置して頑張ってもらうよう、冒険者たちにお願いしてあった。
仲間たちとの連携を重視したいマイカだが、今回の事件の責任者として仕切るわけでもなく、目立つわけでもない控えめで程よい立ち位置。
「わたしも頑張るけど、みんなもくれぐれも無理しないでね」
マイカのパートナー、(
ノーン・スカイフラワー)は回復手段満載だった。
ノーンにとってみんなとは、<冒険者フレンズ>も含まれているだろう。
一緒にミッションを達成できると嬉しいとノーンは思っていた。
そんな彼女らが早速敵と遭遇し戦闘を開始した。
エンシェントボーラーという謎のバグモンスターだ。
向こうもこちらに気づき、いきなり攻撃を仕掛けてきた。まずは手始めにと触手攻撃が飛んできた。
「そんな攻撃はお見通しです!」
戦術予報士で敵の動きを読んでいたマイカは、華麗に敵に接近するが……。
さて。
一方で。
「みんな強そうじゃん、俺の装備が通用するかどうかが問題だ」
格闘を軸にする疑似獣使いのマサヨシ(
葵 司)は、第378層の現場に戦いに来たものの参加者たちを見渡して愚痴りたくなっていた。
彼はドロップ運に恵まれておらず、あまりいい装備をしていない、と判断していたのだ。最強論争に加わっていいのか悩むところだ。
今回彼が装備してきているのは、ポリアノドンの顎槍にレディアントフライアー 、そしてヴォルテネックレスに銀翼の守護鳥という組み合わせだ。
いずれも十分に強力なものばかりだが、マサヨシからするとこれくらいはやり込み勢なら誰でも持っていると考えていいほど珍しくないものばかりだ。
だからこそ彼はグラップラーをやっているわけで……。
「やっべー、敵と目が合っちまったぜ」
マサヨシはすぐに敵を発見していた。いや、発見されていたのかも知れないが。
エンシェントボーラーは、マサヨシをめっちゃ見ていた。本体がほぼ目玉なので睨みの威圧感ハンパなかった。
「!!」
次の瞬間、謎の光線が二発、マサヨシめがけて放たれていた。彼がまだ敵の行動を分析するより先に、だ。
これを食らって大半の冒険者がえらいことになったという。
マサヨシはとっさに飛行状態で距離を取っていた。彼の装備も彼が思うほど侮ったものではない。
ガガガ!
マサヨシはすかさず<ノーマルブロック30>で壁を作り、防御を試みる。
「くっ!」
二発の光線は壁に当たっただけで消えなかった。軌道を変えつつも壁を大きく迂回しながらしつこく追いかけてくる。
敵は触手攻撃もしてくるので接近攻撃する隙はなく、銀翼の守護鳥に攻撃を任せるしかなかった。
だが、彼は素早さとしぶとさには自信があった。だてにストライダーとスパイダーノイドのジョブを習得していない。
迷宮内を光線と追いかけあいっこが始まる。
一見逃げの一手のマサヨシだが、注目を集めるのに十分だった。
少し視点を移動してみると。
彼に倣って、強力な冒険者たちも次々と戦列に加わっている。
(なるほど、噂に聞いていたが、あのビームは厄介だな。壁でも防げないし追尾してくるわけか)
エンシェントボーラーと戦う40がらみのおっさん冒険者もいた。
このおっさんはただの中年男ではなくプレイヤー名としてのおっさん(
桐ケ谷 彩斗)なのだ。
見た目にふさわしく彼は百戦錬磨そのものだった。スキル<無毀なる黒>は彼の生き様が昇華され、漆黒のオーラとして顕現したもので、攻撃に特化している。目玉モンスターごときにかわせるものではない。
おっさんは敵の別の個体と目が合うなり、仕掛けた。
おっさんの合図で、俊敏な三つの影がエンシェントボーラーに向かって走る。<【ジョブ】サスケ>で召喚されたゲニンの三人だ。
おっさんの意に反して(?)ゲニンはミニスカくのいち三人組にしておこう。
にんにんにん(はあと)と……ミニスカくのいちたちははあざといポーズで敵に迫った。
だが、彼女らのお色気攻撃は迷宮モンスターには通用しないようだった。
エンシェントボーラーは三回攻撃で、ちょうどゲニンくのいち三人組に向かって触手が伸びる。
いや~ん! と、あっさり触手に捕らえられて、ちょっといけない感じになるミニスカくのいちたち。
だが、おっさんは動じなかった。
「ご苦労、ゲニンたちよ。俺が仇を取って敵を目玉焼きにしてやる」
おっさんは、ゲニンが囮になっている間に気配を遮断して敵との距離を静かに詰めていた。
彼に抜かりはなかった。すでに<TAB【トライアルアーマーバイク】>をパワーアーマー形態に展開している。
エンシェントボーラーがゲニンを弄んでいる隙をついて、おっさんはブースターで一気に加速していた。
敵は飛行状態だ。もちろんそれも織り込み済み。<【レイス】堕天使>で攻撃を届かせる。
一瞬での接敵!
潜能解放で能力を大幅に上昇させ、【ジョブ】ストライダーでの超高速移動をかわせる敵などいない。
ザン!
紅黒のカーマの一閃が命中していた。
さすがに一撃では倒せなかったが、明らかな手ごたえがあった。エンシェントボーラーが大ダメージを負い、その代わりに敵の生命力を奪い取る。
あんぎゃー!
とかなんとか敵は激怒していたが、ゲニンに攻撃回数を使い切っているので、このターンはおっさんにビームを飛ばすことはできない。
もちろんこれで手を止めるおっさんではない。
敵が体勢を立て直さないうちに続けざまに超高速な連続攻撃を叩き込む。
同時に
ドラゴンスナイパーがルインズスナイプをレージとキャットショットを載せて連射していた。これも命中して敵にダメージが入っている。
ぽいっ!
エンシェントボーラーがミニスカくのいちを放り散らかして、おっさんへと攻撃を集中させてきた。
ビビビッ!
敵が謎の光線を発するならおっさんとドラゴンスナイパーは防御専念だ。
触手攻撃も飛んできて多少ダメージを受けても大したことがない。
光線の効果を逃れて次の攻撃の機会を慎重に待つ。
「我慢比べといこうじゃないか」
おっさんは動きは速かったが、精神は急いていなかった。じっくり構えて確実にダメージを与えていくスタイルだ。
ゲニンのミニスカくのいちたちが挫けずにわらわらとエンシェントボーラーに仕掛けていき、すぐに捕まっていやーんと弄ばれる。
装備していた<3Dホロデバイス>にその姿が大写しされても、おっさんはぶれなかった。
「こっちは攻撃しながら回復できるんだぜ」
実は、ハメ技っぽくパターンに入れば敵の撃破はさほど難しくない。
装甲が固くHPも高いが、攻撃して防御専念して攻撃して防御専念して……。
おっさんとドラゴンスナイパーは、コツコツ敵を叩きついにはエンシェントボーラーを仕留めていた。
目玉焼きにはならなかったが、スクランブルエッグぐらいにはなったかもしれない。
さすがです~、とゲニンたちが喝采を送ってくれる。
「ようやく一体か……。他の奴らは大丈夫なんだろうな」
おっさんはあたりを見回していた。
えらいこと面倒くさいが、まあ倒せることは分かった。あとは時間の問題だ。
ところで。
「勝負あったようだな。粘り勝ちというわけだ」
謎の光線に追い掛け回され続けていたマサオシも、しばらく後に頼みの綱の銀翼の守護鳥が敵にコツコツダメージを与え、倒してくれたのを確認していた。
結局のところ、勝利に大切なのは武器でも防具でもなく、人の心だということだ。
マサヨシは納得したようにキメ顔で頷いていた。
そう、彼は自らの装備に劣等感を抱く必要などなかったのだ。
ズルリ……。
着地するなり、ずっと追ってきていた光線が命中し、装備解除効果で衣類の下までずり落ちていたが……。
「ふふふ……、ぐ~……」
「お疲れ様でした。ありがとうございます」
もう一発の光線の効果で眠りに落ちたマサヨシをモブ冒険者が町まで連れて帰ってくれる。
彼の勇気と雄姿は一部で語り継がれる……かもしれないし語り継がれないかもしれない……。
ところで。
「……」
すぐ近くで別の敵と戦っていたマイカは麻痺していた。
敵の動きと戦況を予測し攻撃に専念していた彼女は、自分に対して放たれた怪光線の防御を忘れていたのだ。
その場で固まっていても気品を損なわないところがマイカなのだが、もちろんそんな状態は長くは続かない。
「どんまい」
すぐにノーンがレメディで麻痺を解除してくれた。
「ありがとうございます、ノーン様。私としたことが」
復活したマイカに隙は無かった。
敵との間合いを測りながら、マイカは即座に有効射程範囲に移動していた。
<ザ・シン>の二丁拳銃が、<【テク】連打・上級>の連射性能を載せて、すごい勢いで弾丸を敵に飛ばしていた。
ドドン!
痛烈な打撃音を響かせて、ザ・シンから放たれた攻撃が命中していた。
同時に、マイカのドレスから花びらが可憐に舞い散る。粋な演出だ。
ダメージを与えたのは確認できたが、敵のエンシェントボーラーも黙ってはいない。
三回攻撃。触手は全てノーンへ。
「こっち来たー!?」
ノーンは回復準備の態勢を解いて一瞬で回避行動に移った。
彼女は装備してきた二種のジョブで難なく回避していた。瞬間移動できるノーンに追いつける敵などいない。
それで十分だった。敵の注目がノーンに集まっている間に、マイカは再び位置関係を考慮に入れながら、拳銃を連射していた。
これも命中し敵にダメージを与えている。
いい調子だ。攻撃も……そしてパンチラも。
悲鳴が上がった。
ノーンの冒険フレンズのパーティーにいた女の子が<【ジョブ】ストライダー>の巻き起こした風でスカートを翻していた。
さらには、ノーンが回避した触手が、うねうねと意味ありげに冒険フレンズの他の子たちにも絡みついている。
けしからんアングルで、なんてこったいなポージングを披露してくれていた。
「良し」
チャンピオンのジュンヤ(
世良 潤也)の鋭い眼光がその光景を確実にとらえていた。
何しろチャンピオンである。彼の目を欺くことはできない。
もちろん、ジュンヤも今回のような事件に参加しないはずがなかった。
先ほどからミニスカくのいちや女の子冒険者やら、ゴチソウが盛りだくさんだった。
<【テク】チャンプムーブ>で奇跡的な回避力を発揮しながら華麗な戦いを繰り広げていたジュンヤは、パンチラに気を取られて一瞬のスキを突かれた。
ビビビ!
エンシェントボーラーが放った怪光線が命中する。
「ふっ……、そんな攻撃が俺に通用するとでも?」
めっちゃ通用していた。ジュンヤは混乱していた。
彼の名誉のために記しておくとパンツに敗れたのではない。手ごわい敵との戦いの最中でのハプニングだった。
「えっ!?」
ジュンヤの近くで、ほかの冒険者たちの回復役に徹していたヒーラーのアリーチェ(
アリーチェ・ビブリオテカリオ)は、一瞬何が起こったのかわからなかった。
「ぱんーつ!」
ジュンヤがアリーチェにヘッドスライディングしてきたのだ。
「ぱんーつ!」
アリーチェが気づいた時にはジュンヤは彼女の足元にスライディングした体勢でスカートの裾を掴みぐいぐい引っ張っていた。
「ジュンヤ……」
アリーチェはポッと頬を染め……、なかった。
ジュンヤの攻撃を振りほどき立ち上がらせる。
「ぱんーつ!?」
「ほら、正気に戻してあげるから……歯ぁ食いしばれっ!」
ガッ!
アリーチェの回復スキルを込めた拳が、いい感じでジュンヤに命中していた。
「ぐえ!?」
ジュンヤがヤバめの悲鳴を上げる。めっちゃ痛そうなやつだ。
ぷしゅー……、と混乱は解けたようだった。
「なんか殴られた気がしたんだが、何があった?」
正気に戻ったジュンヤは辺りを見渡しながらアリーチェに尋ねた。
「……おかしなことやってないで、ちゃんと戦ってきなさいよね」
「お、おう……」
アリーチェに促されて再び敵と対峙するジュンヤ。
今度は不覚を取るはずもない。
何しろ彼はチャンピオンだ。彼の目は欺けない。
「……ちょっとマイカちゃん、何をやっているのよ!?」
ノーンが驚きの声を上げた方向にジュンヤが視線をやりさえしなければ……。
「……」
戦術予報士で戦況を見極めながら攻撃に専念していたマイカは、気品に満ちた仕草で動きを止めていた。
とてつもない深刻な事態を彼女は予見していた。
そう、確実に数秒の時間が止まっていた。
今度は麻痺光線が命中したからではない。
なんか……少しスースーする……
「はい、みなさん。なんでもありません!」
ノーンがマイカをかばうように両手を広げて皆の前に立ちふさがった。
回復している場合ではなかった。
エンシェントボーラーの光線を浴びたマイカに装備解除の効果が働いていた。
彼女が身に着けていたブロッサムドレスが、花びらを舞い散らしながらすとんと下まではだけ落……。
「ふう……」
一瞬の光景さえ見逃さないジュンヤはチャンプムーブでの回避を豪快にミスっていた。
そのタイミングぴったりにエンシェントボーラーからの光線が飛んできたので、ジュンヤは的確に食らった。
「ぱんーつ!」
「何も見えていませんよ?」
ノーンに光線の効果を解除してもらったマイカが何事もなかったように、装備を整え直していた。
「な、に、も、み、え、て、い、ま、せ、ん、で、し、た、よ、ね?」
マイカが気品に満ちた仕草で周囲に確認を取った。
全員が目をそらしながらコクコクと頷く。
そう、もちろんマイカの言うとおりだ。
何もなかった。戦闘は続行される。
「むはー」
ジュンヤは恐慌状態になり逃げだしていた。
だが、勇敢なチャンピオンが戦闘を放棄するはずがない。
「ジュンヤは様子を見ている」
ギンギン……。
彼は少し離れたところから、戦闘の光景を見つめていた。
エンシェントボーラー討伐に来た女の子冒険者たちの奮闘を見届ける義務が彼にはあった。
ほとばしる汗、揺れる胸、そして、パンチラ。
「グッド!」
そういうジュンヤは鼻血を噴き出していた。
彼の名誉のために記しておくと歴戦のパンチラーたる彼が観戦だけで興奮するはずがない。
鼻血を出してるのはアリーチェに状態回復込みでぶん殴られたからだ。
「あんた、いい加減にしなさい!」
「はっ!? 俺は一体……?」
我に返ったジュンヤはアリーチェに連れられて戦いに戻っていった。
まあ、この程度のトラブルで敵に後れを取る彼らではないのは確実だ。
わちゃわちゃしながらも、討伐は目前だろう……。