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馬車強盗を捕まえて

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馬車強盗を捕まえて
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奇妙な馬車強盗


「申し遅れました。私、百合園女学院高等部一年の佐藤と申します」
 ……と、依頼人は頭を下げた。
 場所は<踊る薬缶>。依頼を受けた生徒たちがあらかた出払ってからのことである。
 依頼書には書いてはあるのだが、彼女も気が動転していて名乗るのをすっかり忘れていたのだ。
「無理をしなくて良いのよ」
 木津川 絢乃が優しく声をかけた。
「木津川先生……ありがとうございます。……あの、それでこの件は先ほどの通り学校にも報告してなくて……」
「生徒が困っているんだもの、放ってはおけないわ」
 絢乃は微笑む。百合園女学院の家庭科教師でもある彼女はその責任を果たさなければならない、と考えた。
 そして今は上に報告をして力を仰ぐような事態でもないとも考える。地球ならともかく、パラミタなら尚更。今の時点では依頼人の態度を硬化させる悪手に思えた。
「これから詳しいことを聞きたいのだけど、落ち着いて、ゆっくりでいいから答えてくれる?」
 佐藤は絢乃を信用して良いと認めたのだろう、こっくりと頷いた。
「被害に遭ったのは、詳しくは何時頃?」
「午前九時半頃です。もう一つのお姉様の事件は午後四時頃だったかと思います」
「馬車には基本的には誰も乗っていないのよね?」
「はい。でも、御者は一人いますね」
 無人の馬車を狙っていたなら、佐藤が中にいたのはイレギュラーだったのだろうか、と絢乃は考える。
「襲われた場所は?」
「これ使うといいんじゃない?」
 二人の間に、店主の楢山 晴(ならやま はる)がヴァイシャリーの地図を差し入れた。
「ありがとうございます。……確かこの辺りです。学校がこの角度からちらっと見えたので……」
 指さした場所は、その時間に人通りが少ない道だった。
 佐藤は首をひねり、
「そういえばお姉様も……馬車を目撃した人はいないのじゃないかというようなことを仰っていました」
「犯人は人目を避けているのね。では、囮もそうした方がいいわね……」
 絢乃が村上 琴理(むらかみ ことり)に目をやると、琴理は頷いた。
「囮になって下さる方に、この辺りが良いと伝えておきます。追跡用も小回りのきく小さめの馬車を用意しましょう」
「決行は明日だったわね」
「大丈夫でしょうか」
 不安そうな佐藤を安心させるため、絢乃は落ち着いて微笑んだ。
「相手には無暗に危害を加えようという意思は感じないから……危険性は少なそうよ。大丈夫」
 皆の無事を、と彼女は心中で祈った。


                              *


 翌日、特異者たちは各々準備を終えて<踊る薬缶>から出発した。
 まず百合園女学院の校門が閉まる頃になって囮用の四人乗りの二頭立て箱型馬車が出発し、遅れて小型の幌付き馬車が続いた。
 ゆっくりと、しかし怪しまれるほどではなく。
 距離は取り、しかし見失うほどではなく。
 幌付き馬車の中で、琴理は目深に被った帽子の下から囮の馬車の背を見つめる。
(何かのトラブルで割り込まれることもあるでしょうが……目は沢山ありますから)
 ちらりと上空を見てから、地上の死角になる場所をひとつひとつチェックする。
 昨日から聞き込みをしていたベアトリーチェによれば、この一連の事件において、決定的な瞬間の目撃者は見付けられなかったという。
 上手くやったときは御者にも気付かれずに犯行をやりおおせたし(御者は運転に忙しくて背後を見ていない)、そうでなければ御者も眠気を感じていたし、おおよそ目立たない場所で人目がない隙を狙っているらしく、目撃した者も白いもやや爆竹音くらいしか見ていないのだという。
 あとは、そう、丸っこい黒いシルエットを見たかもしれないという曖昧な証言はあったか。
 ベアトリーチェは今はわざわざ郊外まで行って、この前縁があったイルミンスール森林保全クラブのメンバーを探して聞き込みをしている。
 琴理は道の端に積んである木箱や軒下などに目を配りながら、馬車強盗が食いつくのを待った。
 そして。
 ――始めに、日光の具合が変わったのかと思った。視界の色が薄まったように感じたからだ。
 次に、視界の端からもやのようなものが少しずつ湧き出てきたような――そう思った時には、見る間に馬車周辺が白く取り囲まれた。
 それも馬車の移動に合せてもやが動いている。
 発生源を探そうと目をやると、遠い場所の低い屋根の上にうずくまるような黒い塊。
「あれは――」
 気付くと同時に、黒い塊が跳躍した。煙突を登り、壁を蹴り、屋根と屋根の上をまるでボールが跳ねるように渡ると白いもやの中に突っ込む。
 着地音は聞こえなかった。
 爆竹の音が響いたからだ。
 もやに包まれてから数秒の出来事だった。


                              *


 “ディテクトエビル”が何となく馬車にまとわりつく存在を報せていた。
 視界の端に白いもやを確認した途端に馬車が上下左右に激しく揺さぶられて、座席の下に体を押し込めていたミューレリア・ラングウェイは喉とお腹の辺りをぎゅっと閉めるように力を込めた。
 爆竹の音が鼓膜を叩き、驚いた馬のいななきと御者の声が近くに聞こえ、外気が頬を撫でる。どういう手段かは知らないがやはり扉を開ける技術があるのだろう。
 程なくして馬車が安定する。ベテランの御者は奮闘してくれたのか、馬は安定した速歩(はやあし)で​道を走り始めたようだ。
 ひっそり呼吸をして、眠気や気絶が襲ってこないことを確かめる。
(……ひとまずは大丈夫か)
 視界は真っ白だが、浄化のリボン(瘴気マスク)は良い働きをしてくれたようだ。
 となれば次の段階だ。
 吹き込む風に髪が舞い上がらないよう押さえながら様子を窺うと、犯人が囮のクッションを手に取る気配がした。
「ちっ……ろくりんくん……こんなところまで……」
 舌打ちと若い男の声がする。
 それからもそもそと、何か迷うようなそぶりがあった。とは言っても少しの間だ。
 何か大きなもの――恐らく“かんろく”たっぷりのクッション――を抱えた気配。
 ミューレリアは座席の下から這い出ると、濃くて真っ白なもやの向こうにうっすら見える太い足に両手をかけようとした。
「――!」
 息を呑んだ気配がした。
 せんべい布団の感触がミューレリアの手をかすめた。
「まずい、逃げる――」
 ぎゅっと手を握りしめる――その時風がびゅうっと吹き込んできてもやが晴れてきた。ミューレリアは、自分が用意したろくりんくんの人形を掴まされていたのに気付く。
「畜生、罠か!?」
 焦った声を外気に攫わせながら、犯人は外に飛び出る。
「あっ、待て!」
 ミューレリアは馬車の床を蹴飛ばしてドライアイスの欠片と一緒に馬車から跳躍すると、軽々と着地し“疾風迅雷”でその背中を追った。
 間違いなくそれは限りなく灰色に汚れた、茶色の大きなウサギの着ぐるみだった。古ぼけた黒いシルクハットに長い黒マントを付けたウサギだ。
 そのウサギはもやを晴らした犯人を目ざとく見付けて呻いた。
「ここでもろくりんくんか……くっ……俺の邪魔ばかりする!」
 今をときめく「ろくりんくん」は大量にグッズが作られている。そのうちのひとつ、ろくりんぴっく雅うちわ【陰】が巻き起した突風がもやを吹き飛ばしたのだ。
 空飛ぶ箒に跨がってうちわを仰いでいたアルマンディン・ガーネットは逆に、犯人が抱えている黒いクッションに気付く。
(あれは我輩のマント……!)
 パートナーによって布袋にダクトテープで即席に作られた囮用クッションの中身は、アルマンディンのま王のマント。
 彼女が受けた依頼に渋々付き合わされているのも、脱いだマントをクッションの詰め物にしたと聞かされたからだ。
「……!」
 犯人が逃げる。
 アルマンディンは急いで後を追ったが、犯人は箒よりも少し足が速かった。
 柵を跳び越え、跳んで掴んで段差を飛び越える。パルクールの軽やかな動きは着ぐるみを着た人間だとは思えない。ここまで着ぐるみを自在に操るのはゆる族くらいだ。
 一方箒では足下の障害物は気にしなくていい分、壁に追突しないようにくねくねと路地を曲がっていると、ある角を曲がったところで不穏なものが見えた。
 犯人の手がひらめいて短くて太い、ちょうどタバコのような、火の点いた筒がばらまかれた。
 次々に破裂し、灰色の炎と音を起こす。
「げほっ……」
 咳き込みながら急いで団扇を仰ぐと、消え去らないうちに煙を突き破ってスパイクバイクを駆るパートナーが現れた。
 建物を挟んだ横道から突っ込んできたのだ。
「わたくしのダクテ・クッションを取られたままにはさせませんわよ」
 そのパートナー・ルルー・リッセンはアルマンディンの横を激しい走行音を立てながら走り抜けた。
 気付かれないよう距離を取っていたのを一気に詰めると犯人の横に寄せ片手を離す。
「お写真よろしいかしら? ――はい、ポーズ!」
 突如にこやかにスマホを構えたルルーに、犯人は一瞬だけ動きを止めて決めポーズ。
「ポーズ! ……し、しまったああ!!」
 思わずポーズを取った犯人をバイクが追い抜いて、ルルーはスマホをポケットに押し込んでUターン。
「“写真栄え”しますわよ」
 言いながら近づくと、犯人はもう別方向に走り出していた。振り払う気か、小道の車止めを軽く飛び越えていく。
「あら、つれない」
 ルルーはバイクを止めて先に写真のチェックを済ませると、追いついてきたアルマンディンと肩を並べて犯人を見送った。
 空を見上げれば空飛ぶ箒とQuickly Ahead(ホーヴヴァルプニル)たちが距離を取って犯人を追っていた。
 背後からは馬車の音も聞こえる。
「引き離された……ということにいたしましょうか?」
「ふむ、そうだな。負けるが勝ちということにしてやろう」
 振り払ったと思わせて相手が何処に行くか泳がせてみることにしよう。
 それにしてもあの犯人のゆる族……と、犯人のポーズキメキメの写真を見ながらルルーは思った。
 彼は写真を撮られるのに慣れていた。ルルーの手腕があるにしても瞬間的に楽しく映える、そんな難しいポーズを取っている。
(ゆる族にはよくいるというエンターテイナーですの……?)
 その割には、写真のウサギの布地は使い込まれすぎてぺちゃんこのボロボロなのだった。


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