◆夏の恒例 飛び入りライブ(1)
春瀬 那智と
ジュヌヴィエーヴ・イリア・スフォルツァは、夏のイクスピナショッピングモールのチラシを見ていた。
今年も特設プールや飛び入りライブのイベントがあり、飲食店街のテーマは抹茶、と見出しが賑やかに躍っている。
特設プールの写真を見た二人の脳裏には同じ場面が思い浮かんだようで――。
「去年は、その……わたくしが未熟なあまり、騎士様にはご迷惑をおかけしてしまって……」
「そういや去年はジュネが水着に着替えられなくて、俺だけ泳いだんだっけ。あれからもう一年経ったんだなー」
那智は懐かしそうに言いながら、クスクス笑っている。
「って、どうして笑っていらっしゃるのですか騎士様、もうもうっ!」
「はは、何でもねーよ、思い出し笑い」
赤くなってポカポカと殴る真似をするジュヌヴィエーヴを那智は軽くいなしているが、こみ上げてくる笑いを止められないでいる。
水着に着替えられずに恥ずかしそうにしていた去年のジュヌヴィエーヴの姿を思い出すと、微笑ましくて可愛くて、那智はつい頬が緩んでしまうのだった。
ジュヌヴィエーヴだって「今年こそは!」と思わないでもなかった。
しかし、今年は去年と状況が違う。
『お試しで』という断り書きが付いているものの、今年は恋人同士の関係になっているのだ。
(去年と違ってお付き合いしているのだと考えたら、もっと意識してしまって無理ですわ……!)
上半身裸の水着姿の那智と共に、『恋人として』自分も水着を着てプールに入る……。
想像しただけでジュヌヴィエーヴは顔が熱くなってしまう。
それに――飛び入りライブの方も気になっているのだ。
(わたくしにはやっぱり、ライブをしている時の騎士様が一番素敵で、ドキドキしますもの)
また一緒にライブをしたい……。
そう考えているジュヌヴィエーヴの心を読んだように那智が、
「あの時のリベンジもいいけどさ、アイドルとしてはやっぱりこっち、だろ?」
と指差した先には『大好評! 飛び入りライブ開催!!』の派手な文字が。
どうして騎士様はいつもわたくしの気持ちがわかるのかしら、と不思議がりながらもジュヌヴィエーヴは「はい♪」と素直に頷いた。
「はは。それじゃ行こうぜ、ジュネ。――スペシャルサマーライブ、開幕だ!」
***
イクスピナのステージ――。
上品なドレス【星紡ぐアストライアー】を纏ったジュヌヴィエーヴは、【アフロディーテフルート】を構えた。
【ミューズ】のスタイルの力を借りて演奏を始めると、フルートがオーロラのような反射光を作り出す。
【ゼロプラス】によってフルートはカリスマを宿し、間もなく五線譜と音符のエフェクトが周囲に浮かび上がった。
那智はジュヌヴィエーヴの演奏に合わせて歌を歌いながら、【レイジオブビースト】でしなやかな剣舞を披露していた。
大剣【バラノスアリア・ソレイユ】を振って陽光を散らし、音符のエフェクトと共に舞うようなステップを踏んでいる。
美しい二人のライブに観客は瞬きも忘れて見入っていた。
人々の視線を一身に集めて、那智は【ミラクルトランスフォーム】を発動させ、持っていた剣をマイクに変形させた。
マジックのような展開にますます目が離せないでいる客に向かって、那智は必殺ウィンクと共に【フレーズトゥユー】でいつもの決め台詞。
「――Do you like Music?」
キャーという歓声は、『飛び入り』ライブだというのに那智の登場をなぜか察知していたファンのものだろうか。夏の暑さにも倒れなかったのに、那智のキラキラ必殺技で倒れそうになった女子がいたとかいなかったとか。
そんな女子たちのドキドキを【許容のクラリティクライマックス】で光の幕に変えた那智は、会場をその幕で包み、水中の景色を映し出してひんやりとした涼しさを演出した。
その間、ジュヌヴィエーヴは【スイッチ:イカロス・ソア】で背中に巨大な翼を現して、空中へ上っていた。
空中で【ドビュッシーの五線譜】による光の五線譜を描き、その上をゆっくりと歩いている。
身にまとった【星紡ぐアストライアー】の裾が優美に揺れ、ドレスに縫い付けられているスパンコールは五線譜の光を反射してキラキラと煌めいていた。
最後にジュヌヴィエーヴは【リトルレイン】で数秒間の弱い雨を降らせて涼しさを演出した後、小さな虹をかけた。
そして水中の景色の中で再び【アフロディーテフルート】の音色を響かせ、心地よい風を観客向かって吹かせる。
那智とジュヌヴィエーヴのライブは、観客に涼しさと爽やかさをプレゼントしたのだった。