1. PM23:00 妃名守町東町
「……突然蘇った、滅びた筈の街か。“何かある”のは確かだが……今はまだ、情報が少なすぎる。街を作った何かが――誰かが、いるのか。……いるとしたら。何のために、作ったのか。
……百聞は、一見に如かず。まずは自分の足で、調べてみよう」
呟き、
遠近 千羽矢はメインストリートの入口から東町を俯瞰した。光風霽月。目を閉じて精神を集中し、開く。――街の姿は変わらないが、その華やかな雑踏も冷静な眼で見ることが出来た。(街全体に幻術がかけられている可能性もある。惑わされないようにしないとな――)幸呼青鳥。鳥型霊子人形を放ち、周辺を偵察させる。千羽矢は手近な酒場に歩み寄り、通行人に声をかけた。
「――少し、物を尋ねたい」
「あ? 何だよ兄ちゃん」
酔っ払いの男は胡乱げに千羽矢を見た。「俺は旅の巫僧だ。修行のため、霊力が満ちる場所を探している。どこか知らないか」
「ああ? ――よく分からんけどよ。そりゃ神社じゃねえか? 妃名守神社」
「――神社があるのか」
「おう。この通りの奥にな。じゃあな」
「――礼を言う」
意外にも有力な答えを返した男に礼を言い、千羽矢は歩き出した。(――と、簡単に終わってもいいが、一応やっておくか)思いついて足を止める。懐から神楽笛を取り出し、咥える。葛葉舞。桜吹雪。笛を奏でながら千羽矢が舞い、その周囲に桜吹雪が舞う。「わあ……!」「おお、すげえ……」「おお、いいねえ! おいそこの雑貨屋《コンビニ》で酒買って来い! ここで呑むぞ!」周囲の通行人が足を止め、千羽矢を囲んで歓声を上げる。
舞いながら、千羽矢は集まってきた群衆の中に一人の少女を見つけた。神通者である千羽矢にはすぐに分かる。人間ではない。だが――
少女は千羽矢と目が合うと、さっとその場から走り去ってしまった。(……一曲終わってからでいいか)千羽矢は追わず、演奏を続けた。どうせ行先は分かっている。群衆の歓声に、その口の端に微かな笑みが浮かんだ。
「何時の間にか現れた、不可思議な街……分からない事だらけですし、危険がないか調査しなくては」
「そうですね。マガカミが絡んでいるのであれば事件が起こる前に手を打たねばなりません」
「そーだね! 何でこんな街が出来たのかは分からないけど、楽しそうな街、遊ばにゃ損ってもんでしょ!」
なんか違う。
人見 三美と
伏見 珠樹は同時に
望月 いのりを振り返った。いのりは二人を交互に見て、咳払いする。「えー、ごほん、急に現れた街を散策……じゃない、調査に向かうよ」隠せてない。
「……とりあえず、人が多そうな場所を見て回りましょう。この街を良く知ってそうな方がいらっしゃいそうなら、この街の事を聞いておきたい所です」
「うん! 沢山飲食店があるらしいし、美味しい物を食べ歩きたいねぇ」
「……人が多そうなところに行くのは賛成です。ごはんも反対はしません」
「よしっ!」
「……いのり。調査もするんですよ」
「あ、調査? えーとね、はいはい」
視禍。いのりは禍神を見通す視覚で周囲を見回す。――反応無し。いのりは珠樹に振り返る。
「いないよ?」
「……真面目に」
「だってだって。最近任務ばかりで二人と遊べなかったし、今回の任務では沢山遊びたいんだよ」
「油断は禁物です。この街が全て幻覚で、視禍でも見透かせない相手だとしたら、想像以上の強敵の可能性もあります」
「あ、みみっち! あのたこ焼きおいしそう! アボカド柚子こしょうだって!」
「え、あの、望月様!?」
いのりは三美を引っ張ってたこ焼き屋に走っていく。珠樹はため息を吐き、自らも周囲を見回した。妖幼の風向。周囲の霊力反応を探知する。――反応あり。珠樹はそちらを振り返る。
五歳ぐらいの少年が珠樹を見つめていた。(……視禍で探知できなかったのは……まさか)珠樹も見つめ返すと、少年は踵を返して去ろうとした。「わ」雷動。霊子噴進靴。加速した珠樹が瞬時に少年の前に立つ。
「さて……何故、こんなことをしているのですか?」
「……」
少年は答えず、じっと珠樹の靴を見ている。やがて座り込み、ぺたぺた触り始めた。「え、あの」「かっこいー。かして」「え? ダメです。それより私の質問に」「かしてかしてー」「ちょ、やめてください。こら」
「たまちゃん何味ー!?」
「それどころじゃありません!」
「たこ焼き!」
少年がたこ焼きの匂いに反応し、動きを止める。珠樹は靴を掴まれたまま一瞬考え、口を開く。
「……何味がいいですか?」
珠樹の言葉に少年が振り返る。少年は笑い、たこ焼き屋のメニューの一つを指さす。
「たまちゃんー!? 何味か決めてー!」
「~~~~チーズ明太!」
「折角だし楽しまないとね♪」
ヒルデガルド・ガードナーは、賑やかな街を散策しつつ、事件の元凶を探していた。「ま、見つけたからと言って、何をする訳でもないけど♪」鮮やかな緋色の天衣に身を包み、黒地の扇を手に歓楽街を散策する。
「――お♪」
美味そうな匂いの煙に惹かれ、ヒルデガルドは道端の露店に歩み寄る。「おじさん、こっちの串焼きとこっちの煮物。あとハイボールね♪」「へい」酒と肴を購入し、また歩き出す。「んぅ~♪ この一杯が生きてるって思うわよねぇ♪」
杯を傾けながら歩いていると、公園で酔っ払い達が酒宴を開いているのを見つけた。千鳥足でそちらに歩み寄る。
「やっほ~♪ 私も一緒に呑んでいい~?」
「おおお~~~~。いいぞ姉ちゃん! 座れ!」
露出の多い天衣を着たヒルデガルドの参加を、男達は歓声をあげて歓迎した。「ねえ、私と勝負する人はいるかしら? 勝てば私の唇を、負ければ面白い話を聞かせてもらおうかしらね♪」「よおし! それなら俺だ!」男達の一人が名乗りを上げ、酒を呷り始める。
「ほら♪ がんばって♪ おおぉ♪ 良い飲みっぷりね♪」
煽りながら、ヒルデガルドは鼓舞の舞を舞った。酔っ払い達が歓声を上げる。
「かっこいーーーー!」
「待ちなさーーーい!」
「もーたまちゃんなんで靴貸しちゃったのー?」
「貸してませんよいのりが目を離すから盗まれたんでしょ!」
「……んん?」
急に聞こえた声にヒルデガルドは思わず振り向く。その視線の先を霊子噴進靴を履いた少年が爆走し、その後ろを三美達が追いかけていく。
「……後でいっか♪」
あっさり放置し、ヒルデガルドは酒盛りに興じた。酔ってる。