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櫻の樹に眠るもの

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櫻の樹に眠るもの
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 空間は、ただぐにゃぐにゃと歪んでいた。
 遠くに人影が見えたかと思えば消え、かと思えば目の前に誰かが現れ――しかし手を伸ばしても何にも触れられない。上が下になり、前は後ろになった。
 そうやってどこまでもただ桜色の薄もやが広がるばかりの「異界」内部には、マガカミによって囚われた人々の姿がちらほら見られた。が、何せ全てが揺らいでいるので、正確な人数は誰にも判らない。
 
「あれれ~? ここどこ~?」
 そんな中、「異界」に囚われてしまった迅雷 火夜もまた、そのぐにゃぐにゃとゆらめく空間の中に迷っていた。
 同じ迅雷 敦也をパートナーとする夢風 小ノ葉とふたり、神隠し事件の調査に村を訪れていたのだが、火夜の視界に小ノ葉は見当たらない。
「ん~……霊視グラスで見てみよ~」
 火夜は少し悩む様子を見せてから、持ち合わせていた霊視グラスを取り出し、周囲を確認する。
「これで、辺り中ぐるぐるはしなくなったけど……うーん」
 どうやら、霊視グラスによって周囲の霊力を可視化することで、空間の揺らぎに惑わされずに、周囲の様子を確認することができるようだ。火夜はレンズ越しに辺りをぐるりと見渡してから、しかし一度眼鏡を外して首を傾げた。霊視グラスでは、霊力は可視化できたようだが、その正体までは探れなかったらしい。
「視禍でも見てみよ~」
 そう言うと、火夜は瞳に霊力を集中させ、人や物に擬態するマガカミを判別するための技を使った。
 暫くじっと辺りを見渡していたが――
「ムムー……これはもしかして、マガカミ?」
 やがてはっと目を見開いて、全身に緊張をみなぎらせた。
 空間の中にマガカミの気配を感知したようだ。
「よし、何か証拠がないか探してみよ~。火夜ちゃん以外にも人は居るみたいだし……!」
 火夜はぐっと両手を握りしめると、辺りを見渡す。霊視グラスを使って霊力を見定めながら、人影の見える方へと歩き出す。
 見えた人影は、特異者ではない普通の人――つまりは、神隠し騒動の被害者だろう――だったようだ。「異界」の姿を見定めることができないのだろう、前を向いたり後ろを向いたり、バランスを崩しそうになってよろけたりしている。
「お~いっ」
 火夜はその人に声を掛ける。だが相手は、近くから声は聞こえるものの、声の主がどこだかわからない、という様子でおろおろとするばかりだ。
「ねえ、大丈夫~? きっと大丈夫だよ~、小ノ葉ちゃんも火夜ちゃんのこと探してるだろうし~! そうだ!」
 ここにいると気付いてもらおうとするかのように手を振りながら、目の前の相手に語りかけていた火夜だったが、ぽんと手を打ち合わせると、呼吸を整えてその場で神楽舞を踊り始める。
 神楽舞の、場を清浄にする働きによって周辺の霊気が安定したのか、火夜の目の前にいた男性はやっと火夜の姿に気付いたようだ。自分以外の人間に出会えた安堵からか、男性は気の抜けたような顔でへたり込んでしまう。
「みんなで無事に脱出できますようにって、神様にご奉納だよ~」
 だから大丈夫、と火夜は男性に笑いかける。そして、他にも不安になっている人が居ないか、見回りに向かうのだった。



「恐らく孤独なんでしょうね。だから、全てを恐れる。けれど……まだ、間に合うかな」
 烏墨 玄鵐は、ゆらゆらと不安定な「異界」内部を見渡しながら静かに呟いた。
 玄鵐は修祓隊として神隠しの調査に訪れていたため、自分を襲った突然の異変も、マガカミの仕業とすぐに察した様だ。
「君は独りが怖いのかな? それとも、忘れられるのが怖いのかな? ――いえ、理由は何でもいいんだ。無垢に誰かを求める君に。一つだけ、詠わせて」
 ステージの上に立ったときのように、儚く見えながらも朗々と通る穏やかな声で、目の前には居ない誰かに語りかける。
 そして、西洋靴型の空走下駄を使い、幼妖の風向の術で辺りの気配を探りながら、どこか遠くを見つめる眼差しで辺りを歩き始めた。
「――紅を、蒼を、碧を徒(ただ)に飾っても、私は染まること無く――」
 ふわふわと空を踏みながら、玄鵐は歌うように言葉を紡ぐ。
「――朽ちる骸(からだ)、さりとて風に知る由は無く――」
 金属製の杖を手に流水の印を使うと、虚空から水が現れる。本来は攻撃に使う技であるが、玄鵐に攻撃の意図はなく、水はただ、静かに空間を流れていくだけだ。
「――そして総ては繰り返す。花は、歴史は、忘れる儘に――」
 八重山吹の術を使い、放った念符を無数の花びらに転じさせる。さらに御風の印を使えば、起きた風がその花びらを吹き散らす。
 桜色の「異界」の中に、刹那幻想的な景色が広がる――しかし、それは音もなく、やがて消える。
 玄鵐は迷い込んだ人々の不安を取り除くべく、困っている人がいやしないか、空を踏みしめながら「異界」の中を往く――



「最悪だ、よりによってワタシが捕まるとは」
 神隠し事件の捜査のため、パートナー達と共に修祓隊の一団に加わっていた天廻 陽樹は、一面の桜色の空間の中、一人困惑していた。
 陽樹は周囲を見渡すが、彼女の視界はただひたすらに歪むばかりだった。遠く近く人影が見えるが、パートナー達の姿は見えない。
「……今のワタシは、戦う事しか能がないのに……こんな状態じゃあ、剣も技も、通じるか……」
 腰に携えた黒時雨の柄に手を掛け、ぐっと握る。唇を噛みしめ、虚空を睨んでみるが、視線の先はただ桜色に煙るばかり。
「……今は、信じて待つしかない……渚沙、島さん、姉さん……」
 仲間達のことを呼び、ぐにゃぐにゃと歪む「異界」の空――自分の頭があると、感じられる方の上方――を見遣る。
「思えば……こんなワタシと、一緒に居てくれる人が随分増えた……皆、ワタシを救う為に必死になるのか……ワタシのために、泣いてくれるのか……」
 本当は、ワタシは皆のことを縛り付けているだけじゃないのか。口の中で小さく、小さく呟いて、しかし陽樹は首を振り、祈るように瞼を伏せた



「おーい、貫ー」
 ヴェル・アルブスは、パートナーの名前を呼びながら、祓行灯を片手に、幼妖の風向を頼りに「異界」内部を進んでいた。マガカミの気配があれば揺れるはずの祓行灯の炎は、先ほどからゆらゆらと不安定に揺らめいてばかりいる。幼妖の風向きによれば、複数の霊気が辺りにあるはずなのだが、どうにも視界が安定せず、効率的な探索は出来ずにいた。
「やっぱり、僕だけ捕まっちゃった?」
 それでも、ある程度の範囲を歩き回って、パートナーはこの妙な空間内には居ないと判断したヴェルは、一度足を止めた。それから、暫く何かを考えているような素振りを見せる。
 そのうち、よし、と小さく呟くと、懐から一枚の霊符を取り出した。それを足元に設置する。
「よく分からないけど、思いっきりやれば出られるよね、たぶん」
 そう言うとヴェルは、足元に設置した火門の印の周囲に狩鈴蘭で花を咲かせ、四季符・春の風を使って花びらを飛ばすことで、火門の印を起動し、さらにその炎を風で煽ろうと試みた――が、その方法では、狙い通りに火門の印を起動させることは出来なかった。
 ならば、とヴェルは身体に仕込んだ隠し筒・爆を、火門の印を貼った箇所を目印にして放つ。
 爆に込めた清浄な霊気が炸裂する。そこへすかさず、嵐龍の技を使い、風の術式を刻んだ霊符による暴風を、一点に集約して放った。
 空気が爆ぜる音がして――それだけ、だった。
 ヴェルは、何事もなかったかのように存在する「異界」の姿にため息を吐く。
「……これは大人しく、助けを待つしかないかなあ。たぶん貫がなんとかしてくれるし、僕に出来ることは全部やったからね。……まあ、なるようになるさ」
 ヴェルはそう言って、その場に腰を下ろしたのだった。



 さてこちらにも、「異界」に囚われてしまった神通者が一人。
 ノーネーム・ノーフェイスは、周囲の異様な状況を、しかし何やら興味深そうな表情で見渡していた。
「何だかよく分からない場所だね。どうせ原因はマガカミだろうが、それならこれで何とかなるだろう」
 ノーネームは懐から厄除懐中合羽を取り出すと、手早く羽織った。マガカミの放つ負の霊気による影響を緩和するための合羽だ。ノーネームの予感は的中し、先ほどまでぐにゃぐにゃと歪んでいた彼の視界はぱっとクリアになる。
「まずは、目印が欲しいかな」
 周囲の状況をざっと見渡したノーネームは、やおら霊力を足に集中させると、一気に足元を踏み抜いた。大地で使えば踏み抜いた岩を、屋内では床板を、前方へ飛ばして攻撃する技であるが、何で出来ているかもよく分からない地面は、ただ少々へこんだだけだった。が、一応の目印にはなるだろう。
「これでよしと……さて、あとは辺りに神通者じゃなく、霊力のある者が居れば、それが犯人だろう」
 ノーネームはそう言うと、「異界」の中を歩き出した。所々に地割れの技を使って目印を残していくのを忘れない。
 「異界」内は、厄除懐中合羽を羽織っていてもなお、その果てまでを見通すことはできなかった。足元や、辺りの人々の姿が歪んで見えることはなくなったものの、それでも尚、うっすらと霧のようなものが空間を満たしており、足元や一寸先が見えないと言う程ではないが、かといってあまり遠くまでは見渡せないのだった。
 ノーネームは幼妖の風向を使い、周囲の霊気を探りながら、反応のある方向を目指して歩いて行く――

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