1.PM13:00 ダレストリス北海上
依頼を受けて集まった冒険者たちは、依頼人の船に乗り、一路現地を目指していた。甲板には五十人ほどがゆったりとスペースを取って集まれる広さがある、かなり大きな船である。
「ぶわっはっはっはっは! いいぞお前ら! 注げ! どんどん注ぐんだ!」
……船長はすっかりご陽気である。
ジャスティン・フォードと
マルチェロ・グラッペリが持ち込んだオータスワインを振舞い、船上で酒盛りが始まったのである。
「出身はどこなんだ、船長?」
「出身? 忘れちまったよんなもなあ! もうずっと長い船乗り暮らしだ! 生まれたのも船の上だったんじゃねえか!? ぐははははは!」
「あー……主にはどんな商品を扱ってるんだ? 拠点《ホーム》にしてる港は?」
「は! 俺達の家《ホーム》は海の上に決まってんだろ! 商品は何でもだ! 金品でも、食料でも――人でも、な!」
「……それは犯罪じゃないのか」
「かたいこと言いっこなしにしようぜ。それにそんなにいけないことか? 家も服も、食うものも無いようなやつを乗せてやって、最低限それがあるような、しかも仕事をして金が稼げる場所に入れてやるんだ。こういう時代には、こういうことも必要なんだよ」
「……俺達はあんたがたを守って化け物退治を頼まれた。だから全力は尽くす。だが万一の場合は……自分の身は最終的には守ってくれ。ある程度は自衛のための武装も持ってるだろう?」
「おう、任せとけ! 武器はいくらでもあるからな!」
ジャスティンの言葉に船長はそう答える。ジャスティンはそれを聞いてさらに続けた。
「それはよかった。……どこにある?」
「どこに? そりゃ手持ちの分と、船ん中の予備に決まってんだろが」
「……成程」
呟き、ジャスティンは
シン・カイファ・ラウベンタールとマルチェロに目配せする。二人は小さく頷き、席を立った。
「待ちな」
船長が二人を呼び止めた。「どこに行こうってんだ?」
(……マジか)
(どうして? 発覚する要素はどこにも無かったはず……!)
「ええ? どこ行くつもりだよ」
「……ちょっと、風に当たりに」
「嬢ちゃんはここで俺の酌をしなきゃだろうが! それ以上に大事な用事なんざ無え! ほれ! 座れ!」
嬢ちゃん。船長は機嫌よく笑いながら自分の隣を叩く。バレたわけではないらしい。マルチェロは小さくため息を吐き、シンに目配せする。
(そういうわけなので、よろしく)
(一人でかよ……まあいいや。しくじるなよ)
マルチェロは船長の隣に座り、シンは踵を返してその場を去った。
「ねえねえ、船長さん達も、一緒にスキュラと戦ってくれない?」
「……あん?」
飴乃 るるかの提案に、船長は胡乱げに訊き返した。ちなみにるるかは未成年なので、グラスの中身はぶどうジュースとなっております。「俺らにも戦えって?」「うん! 筋肉モリモリだし、少しでもお手伝いしてもらいたいな~?」船長はるるかの意外な提案にしばし呆気に取られていたが、やがてにやりと笑った。
「よしてくれよお嬢ちゃん。俺達ゃしがない商人だぜ? この筋肉は商品を運ぶためのもので、戦うためじゃねえ。それが出来ないから嬢ちゃん達を呼んだんだ」
「ダメ?」
「ダメっていうか、無理だ」
「そっかー……しょうがないね! とにかく魔物を退治しなきゃ! わたしいーっぱい頑張る!」
「おう。頼んだぜ」
あっさり信じたるるかに船長は笑顔で返す。うまくのせてやったぜ、と顔に書いてあるがるるかは気づかない。
「確かに、船長の言う通りです。しかし、僕達も助力はしますが、そちらもできる範囲での協力はしてもらいますよ?」
戒・クレイルがそう言い、船長はそちらを振り返る。「だからこうして船を出してやってんだろうが。現地への道案内もな。これ以上どうしろってんだ?」
「スキュラとの戦闘の際に重要箇所が被害を受けない様、船の構造や貴重品の在りか、人員の配置等を確認させてもらいたいですね。守りやすくなります」
「……貴重品は船尾船室だ。だが中には入るな。俺達は今は船を動かすために各所で作業してるが、スキュラが出てきたら俺も含めて全員船内に避難する。船の構造は自分で見てきな。ただし、くどいようだが」
「船尾船室には入るな、ですね? では」
言って、戒は踵を返した。(やはり、あの連中には裏がある……あとは、船尾船室に忍び込めるかどうかだ)
「船長、スキュラの狙いは何だったか、分かりますか」
綾瀬 智也がそう船長に話しかけた。「狙い、だと?」
「目的物が判明しているなら、それを囮にする事で被害を抑えて近づく事ができます」
「……おっそろしいこと言うな。目的物が俺らだったらどうすんだよ」
「やってもらいます」
「おっそろしいこと言うな。――船もやられたし船員もやられた。何かを狙ってるって感じじゃなかったな。少なくとも、金品狙いじゃねえ」
「……成程。ありがとうございます」
智也は礼を言って離れる。(彼らが誰にせよ、魔物を退治する必要はあるでしょう。なら退治するのは吝かではありません。依頼人の問題の方は他の方に任せましょう)
「お聞きしたいのですが。前回はどうやってスキュラから逃れたのでしょうか?」
李 霞がそう船長に尋ねた。「ひたすら逃げたのさ。あいつは一定距離まで離れると追ってこないんだ。さしずめ、縄張りを守ってるんだろうよ」
「……有効打とは違いますが……貴重な情報かもしれませんね。ありがとうございます」
「うーん……いいねえ。なあ、姉ちゃんもこっちで飲めよ」
「いえ、仕事中ですので。では」
霞はそそくさと席を立った。船長は残念そうに舌打ちする。
「……よし、出来た……妾が調べ、知る限りのスキュラの弱点の覚書じゃ。キョウ、ネーベル、皆様にこれを配って参れ」
「……いいだろう」
「はいよ……」
高橋 凛音が作った覚書の束を
御陵 長恭と
ネーベル・ゼルトナーに渡した。二人はそれを他の冒険者に配りに向かう。
(海の安全は大事な事じゃ……依頼人がひたすら怪しくは有るが……そこは他の方々に探りは任せて、妾達は海魔の打倒に集中するかの……)
「……どうですか。景気の方は」
納屋 タヱ子がそう船長に話しかけた。ちなみにこちらもぶどうジュースとなっております。
「景気か? そらもう商売あがったりよ。前の海域が干上がったからこっちに来てみれば、今度は魔物だ。やってらんねえぜ」
「ウチもですよ。最近の村人は碌に施しの礼も出さない。何かこう、一攫千金でも狙えないものですかね……」
悪魔の会話術。ダーティなものを匂わせるタヱ子の言葉に、船長は興味を惹かれたように顔を寄せる。「そうかい。そういうことなら、あんた……」
「はい?」
「いや――やめとくか。なんでもねえ」
「……?」
船長は何かを言いかけてやめた。――疑惑は深まるばかりである。
(誰が好き好んでむさっ苦しい男共の巣窟に……とはいえ、可愛い女の子が捕まってるとしたら放っとくわけにはいかねえな)
そんなことを思いながら、
フェルディク・ルブリザードは船内に潜り込んでいた。スケープコートとシャドウバニッシュを駆使し、完全に姿を消している。「かわいこちゃん、もとい奴隷でもいりゃ一発なんだが……残しておく訳ねぇか。書類か売る前の強奪品が目安かね……」呟きながら探索を続ける。
「……おっと」
フェルディクは立ち止まり、曲がり角に身を隠した。前方の船室のドアの前に、船員が二人立っている。(何か作業をしてる様子は無い……見張りか? だとしたら……)
一方、フェルディクと同じように別の船室に潜んで様子を伺っている人物がいた。シャドウバニッシュで気配を消した
天峰 ロッカである。
(会話から何か手掛かりが得られればと思ったけど……見るからに怪しいもんね。どうにか中に入れないかな……)
「どうしたものでしょうね」
「」
声も出せないほど驚き、ロッカは背後を振り返った。「か、戒さん!? なんで!?」
「僕は船長に見学の許可を得ましたから。それより、船長もあの部屋には近寄るなと言っていました。余程都合が悪いものがあるんでしょう」
「……やっぱり、そうなのかな」
「まだ断定はできません。……皆さん来ましたね」
「え?」
「止まれ。なんだお前ら?」
「……悪いな。道に迷っちまった。甲板に戻りたいんだが」
「オレは上で船長と飲んでただけど、酔っちまってさ。トイレどこ?」
見張り二人に話しかけたのは、
柊 恭也とシンだった。(とりあえずこいつらを殺すのはスキュラを仕留めてからだ……先に始末すると操船する人手が足りなくなる。それにこの手の連中は、脅威が消えればあっさり手の平を返すだろうさ)恭也はそんなことを考えながら、見張りの二人を油断無く観察した。こいつらが商人なら売り物としてしっかり保管してるだろうが、海賊なら金に変えるだけだ。最低限の保管方法で置いてるだろう――と予想を立てていたが、どうやら警備はしっかりしているようだ。だが、普通の商船なら、ここまでやるだろうか?
「トイレも甲板も逆方向だ。さっさと行けよ」
「そらどうも。――ちなみにさ、その部屋何?」
「……金庫だ。近寄るな」
「……何が入ってんだ?」
「関係無えだろ」
「うーん……どうしよっか……」
押し問答を見ながら、ロッカが呟く。「潜入と探索は上々でしたが、まだ問題がありましたね。警備がいた場合の対処に、鍵が掛かっている可能性――これまでかも知れません」
「残念だけど――戻って皆に知らせようか」
「いえ、まだ手はあります。――あまり僕好みではありませんが」
「え?」
ロッカが振り返り、戒が言う。「これだけの面子が揃っていて、見張りがあの二人だけなら――速攻で突破することは可能です」
戒の言葉に、ロッカは目を丸くした。