月夜の京の町。
合歓季 風華は穏やかな心持ちで、
ノーラ・レツェルの少し後ろを歩いていた。
大和は初めて来たのだが、華乱葦原に何処かしら似た和の雰囲気のため、少しばかり懐かしさのようなものすら覚える。
「大和……初めてきたけど、なんだか華乱葦原に似ているねぇ」
ノーラが物珍しそうに辺りを見回しながら、そう言った。
「異世界と知っていても心落ち着きますね」
同じように考えていた風華は、ノーラに同調するように頷いた。
日も落ちた頃だというのに、今日は特別な日なので幼い子等とすれ違う。
大路の店先には、様々な菓子や果物が薄とともに月に供えられている。それらは子供たちのためのものでもあるのだ。
ほんのりと店の内から漏れる薄明かりに誘われるように、ノーラはいくつかの店先を冷やかす。
小間物屋や月見団子を置いている甘味処を見ては、そこそこ賑わっているのもあって素通りすることを何軒か。
「あ、あそことかいいんじゃない?」
その店はノーラの眼鏡にかなったようで、小路に少し入り込んだ物静かな佇まいの店構えである。
店に入ると、月の見える座敷席が空いているとのことで、そこに二人通してもらう。
こぢんまりとした店の、軒端から覗く月を見上げる。
異世界の月であっても、名月の美しさは変わらず、人々はそれを愛でる。
風華が茶と月見団子を頼むと、ノーラは、今日は風華も一緒にいることだし、偶には良いだろうと酒を注文する。
宴を催したりすることも多い月見ではあるが、この店を選んだ者は、静かに時を過ごすのを好むようだ。酒が入っても騒ぐわけでもなく、心地よい時間が流れる。
しばらくして、注文の品が運ばれてきた。
風華は月を眺めながら、団子を一つ口にする。
もっちりとした団子の食感と、柔らかな甘さが口にひろがった。
「月を見ながら、お酒……この経験はライブのいい糧になりそう」
ふと、隣で盃を傾けるノーラが呟いた。
あまり強いわけではないらしく、ノーラはほんのり上気した顔をほころばせる。
「ええ、この空気感……舞台表現に繋がるかもしれませんね」
風華はノーラの姿を見てそういらえながら、自分はまだ飲めないけれど、お酒は月夜に映えて風流だと思った。
盃を重ねるノーラは、風華の応えを聞くと、ふにゃりと笑いかけた。
「ノーラさん、結構お飲みのようで……大丈夫ですか?」
ゆっくりともたれ掛かるように、ノーラは風華に傾いていく。
夢見心地のノーラは、コツンと風華の肩に頭を乗せた。
「あのね……風華ちゃんがいてくれたから、ここまで頑張ることが出来たと思うんだぁ……ありがとぉ」
吐息混じりの、ノーラの言葉は。
考えるだけと、頭の中にそのまま仕舞っておくつもりだったのに、唇からこぼれ落ちて風華に伝えていて。
ずるりと、夢に落ちていくのと同時に、ノーラの頭は風華の膝の上に落ちた。
風華は眠ってしまったノーラが風邪を引いては困ると、店の人に頼んで軽く羽織るものを借り、彼女を起こさないようにそっと座り直した。
「私の方こそ。
ノーラさんとご一緒できたからこそ、ここまで来られたのですよ」
柔らかくも芯のある彼女の、無防備な一面に、それを預けてくれるコトに胸の内が温かくなるような気持ちになりながら、風華はそっと借りた衣を掛けた。
「ねむねむお姉さんのねむねむ膝枕にようこそ?」
膝の上に咲いた暖かな月見草のよう。
静かに、風華は子守歌を歌う。安らかな、良き眠りを、と。
ノーラは小さく身じろぎをしたが、目を覚ます気配もなくその温もりに微睡む。
夢うつつで聞く、子守歌。
ノーラは、風華の歌声を聞きながら、夢の世界へと誘われる。
どうか、この幸せが続くようにと、願って――。