道を彩る音色の祭典
「これが……音色の街、フルヴィエール!」
テンションの上がった声で叫びながら機械式楽器で音色を奏でるのは、
池田 蘭。
蘭たちは今大通りを進むパレードに混ざりながらフルヴィエールの街並みを楽しんでいた。
パレード自体が飛び入り参加推奨の為、道中出店によりつつパレードを楽しんでいた。
「思ったより、絵になる光景ね」
音楽より絵画、という
シンジュ・ブルーメルではあるが、
彼女もまたフルヴィエールの街に何かを感じ筆を走らせていた。
蘭の隣でモーニングロリータとオペラハットで着飾った彼女も
音楽祭のパレードに似合っている様子。
筆を走らせる彼女の目の前では楽譜も無い音色を奏でる蘭に合わせる様に、
彼女と共に即興のアンサンブルを奏でられていた。
1人から2人、2人から4人。
そうして徐々に広がる音色の輪が街を包み込み奏でられ、
やがて街中に響く音色が多くの笑顔に繋がっていく。
それは確かに1つの“芸術”として確固されたものだった。
そんなフルヴィエールの光景は、
シンジュの目に“美しいもの”だと感じ取れるものだった。
「だからこそ、最高の絵に仕上げてみせる。……難しいわね」
広がりゆく笑顔の輪。
そんな変わりゆく風景を1枚の絵に残すという事は簡単ではない。
なによりも、シンジュ自身が美しいと思ったその風景を
自身が満足しない絵で表現したくない。
澄み渡る青色の空を背景に、
頭を抱えながら蘭たちの音色を絵に落とし込もうとするシンジュ。
「シンジュさん! シンジュさん!」
頭を抱えていたシンジュの型を揺らす蘭。
「どうしたのかしら?」
「あそこ、寄りませんか!」
蘭が指さしたのは、小さな休憩所。
規模こそ小さいものだが、音色と共にいい香りがしていた。
シンジュも少し立ち止まって筆を走らせたい事もあり、
小さな休憩所へ向かう2人。
「いらっしゃいませ」
給仕服を纏った
乙町 空が蘭たちを迎える。
席まで案内し、メニューを見せる。
「あの、ここのオススメはなんでしょうか!」
「えと、今でしたら……。この紅茶でしょうか」
蘭たちの様子を伺いながら、彼女たちに適切な紅茶を進める空。
「では、それを2つお願いします!」
「かしこまりました」
一度、空が厨房に下がる。
「……いい場所ね」
音色が響く街からどこか隔絶された雰囲気を持つ休憩所。
騒がしいパレードも確かに楽しいものだが、
そんな光景を静かに見届けるにはうってつけの場所だろう。
実際、蘭たち以外のお客さんは響く音色に耳を傾けながら、
静かに読書などを行う紳士たちが多い様子。
「お待たせしました」
高そうなカップから溢れる香り。
「わぁ……」
「これもまた……」
どこか落ち着く香りが蘭たちを包み込む。
紅茶に関する知識や作法を極めた空が淹れた最高の一杯。
再び蘭たちの元から下がり、
機会式楽器にセットされたディスクが音色を奏で始める。
誘惑の音色を交えた歌を奏でつつ、心安らぐ音色を響かせる空。
空が用意した空間に心を浸らせる蘭たち。
「……なんだか眠くなっちゃいましたね」
「本当に、落ち着く場所ね」
そう呟く蘭たちの表情を見て、空が頬を緩ませる。
(大通りは、いつもと違う喧噪に包まれている。
そんな場所からこうして“静けさ”を求めていらっしゃる方は多いみたいですね)
無音とは違った“静かな空間”で音色を楽しむ紳士たちにとって、
空が用意した場所は最高の空間だった。
一度耳を傾ければその虜になる音色に、心を落ち着かせる香りを放つ紅茶。
「……よし」
頭の中の風景を整理したシンジュが筆を走らせる。
「ラン、少しここで作業していくわ」
パレードの道中、シンジュが感じた風景を整理する為にこの場所を選んだ。
「パレードはいいんですか?」
「少しイメージを整理するだけよ。ランは出店を全部回りたいのでしょ?
先に行ってもいいわよ」
少し迷った素振りを見せた蘭は、先に行く事を選択した様子。
「わかりました! でも、折角ですから音楽祭を楽しまないと損ですよ!」
「分かってるわよ。必ず追いつくわ」
手を振ってシンジュと一旦別れた蘭。
「場所、借りていいかしら?」
「大丈夫ですけど……絵、ですか?」
「えぇ」
「なら、完成したらいつか見せてください。……場所代ってことで。どうでしょうか?」
「ふふっ。良いわよ。約束。……それじゃあ少し場所借りるわね」
「はい。どうぞごゆっくりと……」
空に了承を得たシンジュが道具を広げ、スケッチブックにイメージを残していく。
パレードの中には蘭の姿。
楽器をもった参加者に囲まれつつも新しい出店を探し回る彼女の姿は笑みを浮かべ、
シンジュは筆を走らせるのだった。
風に運ばれた音色を感じる様に両手を広げる
ブリギット・ヨハンソン。
「あれ、エージくん?」
「ごめんごめん」
何やら男性から受け取った
幾嶋 衛司が、ブリギットの隣に立つ。
「さ、行こうか♪」
男性らしく、手を取りエスコートする衛司。
以前は騒動の最中ではあったが音楽祭に訪れた事もあり、
記憶を頼りにブリギットと音楽の街を歩き回る。
「本当に音楽でいっぱいだね。……ぁ」
ブリギットは一枚の写真を見つけ、指さした。
「ねっ、あそこにエージくんが居るよ」
「え? どういうことだい?」
その写真に写っていたのは、かつて彼女に話した事のあるレースでの出来事だった。
多くの参加者と共に町長であるマーヴェルの笑顔。
その中に衛司の姿があった。
「……ここは前にエージくんが訪れた場所、なんだよね」
大切な思い出を抱き留める様な仕草を見せるブリギット。
「……今日、ここに来れて本当に良かった。
また1つ、エージくんの事が知れたような気がするんだ!」
かつて衛司が歩んだ道を今日は一緒に歩いている。
自然と衛司の手を強く握るブリギット。
「ほら、行こ!」
先程までエスコートしていたブリギットに手を引かれる衛司。
少し街を歩くとブリギットが面白い出店を見つけた様子。
「ねね、このお店、お代は“音楽で”だって! ……何がもらえるかは秘密?」
「楽器は今手元に無いし……。だったら、せっかくだし一緒に歌でも歌おうか♪」
「うんっ! すみませーん!」
店主に歌で“お代”を払う事を告げ、
衛司たちは結婚記念日に歌った時と同じ歌を奏でる。
「いい歌だった…」
衛司たちの歌に満足した店主が1つの小箱を渡す。
「開けてみな」
「なんだろ?」
ブリギットが渡された小箱を開けると、先程奏でた歌が流れ始めた。
「わぁ……」
「面白いギアだろ。音色を保存できるんだ。いい歌を聞けた礼だ、大切にしてくれよ」
そう言って店主が親指を立てる。
「……ありがとうございます!」
「本当に、ありがとう。大切にするよ」
思わぬ出会いに思わぬ宝物を手に入れた2人。
「いい街だね。エージくんが誘ってくれた理由が分かった気がするよ!」
「楽しんでくれたみたいで嬉しいよ♪ でも、まだお祭りは終わっていないからね?」
「……何か企んでるなー。でも、楽しみにしとく!」
ブリギットの笑顔を噛み締めて、
街に訪れた際に受け取った“とあるもの”をポケットにしまう衛司。
今は音色に身を任せて、2人は音楽の街を共に歩んでいくのだった。
「よいしょっと。うん、準備出来た!」
パレードが落ち着いた広場で準備を終えた
猫宮 織羽が少し目立つ様に和傘を開く。
様々な国や地域から人が集まる音楽祭だが和の恰好は珍しく、
足を止めてくれる人は少なくなかった。
(掴みは悪くないかな? それじゃあ……)
準備した簡易的なステージに登り、傘を閉じてから一礼。
機械式楽器が伴奏を奏で始めたのを確認してから、歌いだす。
自身の風貌に沿った和風の音色と共に、澄んだ歌声が広場に響き渡る。
その音色はどこか故郷を思い出させる様な懐かしさを含んでいた。
そんな音色だからだろうか。
別の場所で披露した際の観客らしき人物が彼女の音色を口ずさんでいた。
自分の歌を覚えていてくれたこと。
また彼女の歌に耳を傾けてくれたこと。
その事に織羽が小さく微笑みながら、歌い続けた。
演奏を終えた織羽が一瞬の沈黙の後に一礼。
奏でられた音色に賞賛の拍手が送られた。
「ありがとう……!」
少し照れた笑みを浮かべながらステージを降りる。
「やっぱり歌うって楽しいなぁ……!
次は誰かと一緒に歌ってみようかな? あの人とか良さそう……」
歌は多くの人を笑顔に出来る事を改めて実感しながら、
次のステージに向けて準備を進める。
少しでも多くの観客に歌を届け、
笑顔になってもらう為に織羽は音色の街を駆け回るのであった。
「……少し不協和音が大きくなってきたわね」
音楽祭の裏で行われている逃走劇の気配を感じつつ、
映月星霜を調整する
ミシェル・キサラギ。
「気づかれると折角の催事も台無しかしら。……その不協和音に合わせてあげるわ」
調整の終えた映月星霜を構えてステージの上へ。
観客の気を引くため、少し大きめに映月星霜を鳴らす。
何か始まる気配を感じた観客たちがミシェルの方に視線と耳を傾ける。
ヴァルナの護符を使い、映月星霜で“映月”奏でる。
ステージには水のミストが広がり、神秘的な雰囲気と音に包まれる。
東洋の音色は観客にとっても珍しものらしく、少しずつ観客が増え始めていた。
映月星霜が奏でる音色が“揺月”に変わり、
ステージの上では作り出された2つの水球がおいかけっこを演じていた。
音色だけではなく、視覚的にも観客を魅了するミシェル。
人の熱気も高まり始めたところで“壊月”の音色を奏でるミシェル。
情熱的な音色に合わせて水球が水の大蛇を模り、ミシェルの身体を巡りながら舞う。
最後は、大蛇と共にフィニッシュを決め、終幕に至る。
一礼と共にステージを去るミシェルを見送るのは万雷の喝采。
「舞台は私が整えてあげる。……しっかりね」
大通りの先。
手を取り合い路地裏へ姿を消していく男女を見送りながら、
ミシェルは次なる舞台に向けて再び映月星霜の調整を進めるのだった。
「……どうかな?」
パレード中の広間で子供に仮装を施しているのは、
マリアベル・エーテルワイズ。
ちびエルマーと協力しながら、少女を彩る。
「ありがとうございます!」
「どういたしまして」
有名人をモチーフとして、多くのパレード参加者に対して仮装を施していくマリアベル。
一応、希望があればマリアベルの知識で沿える様に仮装を施している。
希望がない相手には、基本的にはマーヴェルに似せる様に仮装を施している。
「……あからさまな人たちがいるね」
仮装を施しながらも、冷静に周囲を確認するマリアベル。
そこには、仮装を施された女性の後ろ姿を追いかけ、
確認した後にどこかへ去っている連中の姿があった。
「髪と衣装を似せれば、後ろ姿だけでは少し判断に迷ってくれているみたいだね」
さすがに正面や近づいたらすぐに気づかれてしまうが、
人込みの中で焦っているだろう追っ手たちを混乱させる程度には効果が出ている様子。
「……終わったよ」
唄を歌いながら仮装を施された少女が
マリアベルにお礼を告げてパレードへと戻っていく。
普段とは違う雰囲気の中、普段とは違う自分になれる事への高揚感なのだろうか。
マリアベルが思っていた以上に人が集まった様子。
「待っててね。……次はっと」
用意した変装セットから道具を出して作業に取り掛かるマリアベル。
「……うまくやるんだよ、ジルベール」
パレード参加者たちの笑顔に囲まれつつ、
愛する者の為に奮戦するジルベールにエールを送るマリアベルだった。
パレードが終わった広場に澄んだ歌声が響いていた。
声の主は
真毬 雨海。
彼女がステージの上で披露していたのは、歌劇。
音楽祭を舞台にした恋人たちの悲しみを纏うカヴァティーナを
トラジックシンドロームを使って演じる雨海。
時折、ガヤを使って主人公以外を演じて歌劇に抑揚をつける。
普通であれば伴奏を伴う歌劇を歌だけで表現しようとする雨海が珍しいのだろうか。
(思ったより人が集まっていますね……)
内気な性格故、目の前に広がる人の海に少しだけ緊張した面持ちを見せる。
それでも、魅惑の美声をステージに響かせ、歌劇を演じ切ろうと全力を注ぐ雨海。
奏でる旋律に込められた想いを全身で表現する度、
身にまとったステージ衣装が煌びやかに翻る。
歌劇も終盤に差し掛かり、最後を彩るのはセレナーデ。
多くの悲しみを乗り越えた恋人たちを称える旋律がステージを包み込む。
雨海が演じたのは悲劇の主人公だったが、終幕に選んだのは幸せな最後だった。
(……今日という日に悲劇のまま迎える最後は似合いませんよね)
音楽祭を楽しむ観客たちの顔を見て、雨海がそう思った故に迎えたエンディング。
観客たちも雨海が演じた主人公が最後に幸せを迎えた姿に感情移入してる者も多く、
中には感極まる者も見えた。
最後まで心を込めたセレナーデを奏でる雨海。
「……ありがとうございました」
少しの静寂の後、雨海が一礼し歌劇は幕を閉じた。
ステージから見渡した観客たちの笑顔に自身も頬を緩ませながら、
多くの拍手に見送られステージを後にする雨海だった。
「……いい音色だな」
風に乗り僅かに聞こえる音色。
街から少し外れた丘に“彼女”が居た。
「……久しぶりだな」
街で買った僅かに緑色を含む花を添える
桐ケ谷 彩斗。
かつて、想いをぶつけ合ったあの日。
彼女の最期を看取った者として、彩斗は彼女の元へと訪れていた。
空を見上げ、少し自傷気味に微笑む。
「こんな時、自分の“想い”を貫いた君なら何て言うのだろうな」
彼女は……カトリーヌは答えない。
「……俺が歩んできた道は無意味だったのだろうか」
シヴァとの戦いで“道”を繋げる事が出来なかった事を悔やみ、
自らの“道”を見失いかけていた彩斗。
「っ……」
一際、強い風が吹き通る。
「……そうだな。ここで自分を否定し、立ち止まる事は簡単なのだろう。
だが、そうしてしまえば、貴女を死なせたことを否定することになる。
……その死を無意味なものにしてしまう、か」
死の間際、微笑んだ彼女の姿を思い出す。
「……俺もいつか貴女の様に命を賭して選んだ道を進める日が来るだろうか」
その問いに答える者はいない。
きっとそれは……。
「自分で出す答えなのだろうな。……また、来るよ。
……いつか貴女に誇れる自分となったら、な」
再起と再会を約束し、彼女の元を去る彩斗。
そんな彼を包み込む様に音色を乗せた優しい風が吹いていた。