花舞う風の逃走劇
「居たぞ、追え!」
「うーん、やっぱり対応が早いなぁ」
マーヴェルの手を取り、裏路地を駆け抜けるジルベール。
「こっちだ!」
「やばっ……」
狭い路地で挟まれる形となった2人。
「相変わらず、面白いことになっていますね」
そんな声と共に屋根から姿を見せたのは、
燈音 了。
「君たちは……!」
「ギヨームさんから話は聞いています。微力ですが、手伝わせてもらいますね」
「お久しぶりデスネ、マーヴェルさん」
マーヴェルの傍には、
ラピス・ラズワイドが立っている。
「援軍か?」
「構うな。マーヴェル嬢以外には痛い目を見てもらうぞ」
人目が無いことを確認し、武器を構える追っ手たち。
「突破するぜ、ジルベール。ラピス、マーヴェルを頼むぜ!」
ギアと思われる銃から放たれる弾丸をプリエールで受け流す了。
そして、動きが止まった相手に対し、ジルベールが銃弾を放つ。
銃弾は、相手のギアを弾き飛ばすように命中。
「突破シマス」
ラピスが前に立ち、マーヴェルの手を引いて包囲網の突破を試みる。
Code:IceDollを起動し、前方のシールドを展開。
銃弾から自身とマーヴェルを守りながら追っ手たちの壁を抜ける。
瞬間、今度はマーヴェルの後ろに回り、縛を起動。
追撃を図る追っ手たちを足止めする。
「止まらないでクダサイ」
「ジルベール!」
「もちろんさ!」
了を足場に、高く跳躍したジルベールが再びマーヴェルの隣に立つ。
相手の数が多く、ラピスのギアから逃れた追っ手たちがジルベールに迫る。
了とラピスは目配せだけで次の手を確認し、構える。
ラピスをその場に置き、3人が逃走を開始する。
やはりマーヴェルの確保とジルベールの捕縛を優先としている様子。
「ちっ……。派手に立ち回れないのがもどかしいぜ……」
戦闘音をかき消すように表通りからは陽気な音色が響いている。
この音楽祭を壊してまで、自分たちの目的を果たすことをジルベール達は望んでいない。
「……あれは」
了が見つけたのは、自分たちと同じくジルベール達に手を差し伸べる特異者の姿だった。
「……だったら、俺たちの役目は……」
振り向き、再びラピスと視線を交え、頷くラピス。
「ジルベール、先に行け!」
「マーヴェルさん、どうかご無事デ。……終わったら、マタ美味しい物、食べましょうネ」
「そん時は、お前の驕りで頼むぜ、ジルベール!」
了の言葉に親指を立てて約束を交わす。
「そんじゃ、行くか」
「そうはさせるか!」
「それはこちらの台詞デス」
1人で追っ手たちを足止めしていた了に追いつき、
スモーキーウィンドを展開するラピス。
ジルベール達の離脱を確認して、
2人はその場で追っ手たちの足止めに専念するのだった。
「どう、ですか……?」
「どれどれ……」
マーヴェルに変装した
ノナメ・ノバデの顔をまじまじと覗くガリード。
「あ、あの……」
「ん?」
あまりに顔を近づけるガリードに顔を赤らめるノナメ。
「……悪ぃ」
それに気が付いたガリードが慌てて、顔を離す。
その時、裏路地で逃げ回るジルベール達が駆けていくのが見えた。
「居たな」
「行きましょう!」
2人は、追っ手とジルベール達の間に割り込む形で攪乱を開始する。
「さすがに近づかれたら気づかれるが、これだけ混乱していれば気づかれないものだな」
用意した変装グッズでは、マーヴェルにはなりきることができなかったが、
背丈や髪色などもあり、暗い路地裏なら顔を見られない限り、
勘違いさせることは出来た様子だ。
追っ手たちは二手に分かれたらしく、数名の追っ手が背後に迫っていた。
「止まれ!」
ガリード目掛け銃弾を放つ追っ手。
「当たるかよ!」
気づかれないためにもノナメを先に行かせガリードが彼女の背後を守っていた。
だが、徐々に追っ手の人数が増え始め、確実に追い詰められ始めていた。
「くそ……。いったん表に出るか?」
「……いえ、このまま裏通りを逃げましょう」
変装グッズの効力もあり、
おそらく表通りに出れば追っ手たちは変装していることに気づくだろう。
できるだけ時間を稼ぐためにも、過酷だが裏通りを逃走することを選択するノナメ。
また、攻撃に転じたくても、その瞬間に気づかれる可能性が高い。
粘る形で逃走を続ける2人。
「……ガリードさん!」
聞き耳を立てながら逃げていたノナメが、正面に迫る足音に気付く。
しかし、逃げ場がない。
「俺の影に隠れろ!」
そう叫んだガリードに応えるよりも先に正面から迫る銃弾が早かった。
ノナメの腕に掠り、血が滲んでいた。
「おい! マーヴェル嬢には手を出すな!」
「よく見ろ!」
「あれは……囮か!」
正面から彼女の姿を見た追っ手が、ノナメの正体に気付いた様子。
「まずい……ガリードさん!」
振り向き、ガリードと連携しようとするノナメ。
だが、次の瞬間、ノナメを傷つけた追っ手にガリードが迫っていた。
「てめぇ……。よくもやってくれたな」
刃を落とした大剣を振り落とす。
まるで地震が起きたかのように、周囲が震える。
「ひっ……」
ノナメから見ても、彼が本気で怒っていることに気が付いていた。
きっと自分の為に怒っていてくれているのだろう。
こんな状況だが、ノナメは少しだけ嬉しそうに彼の背中に微笑んでいた。
「ガリードさん」
「悪い。我慢できなかった」
「いいですよ。……それよりも」
「あぁ。正体がばれちまったな。だったら、我慢しなくてもいいだろう?」
「やりすぎないように、気を付けてくださいね?」
「そりゃ……約束できねぇな」
そう言って武器を構え、背中を合わせる2人。
「いきます!」
そう叫び、聖域を展開して敵の攻撃を防ぐノナメ。
同時に彼女に気を取られた敵へ迫り無力化していくガリード。
息の合った連携で敵の包囲網を切り抜け、再び音楽の街を駆け回るのだった。
マーヴェルの手を握り、裏路地での逃走を続けるジルベール。
だが、相手に対しこちらは2名。
走り続けている2人の体力に限界が見え始めていた。
「十字路……」
「……この音は?」
十字路に差し掛かろうとした時、横から煙を巻き上げ迫る自動車の姿があった。
「はぁい。元気かしら?」
その運転手に、2人は見憶えがあった。
「あなたは……」
「っと、悠長に挨拶している場合じゃないわね。ほら乗って」
そう急かし、2人を後部座席に乗せる
宵街 美夜。
「それじゃあ、飛ばすわよ!」
アクセルを踏み込み、裏路地を再び欠け始めるゴースト。
美夜が自動車で逃走を始めたことに気付き、
どうやら追っ手たちもバイクらしきもので追走を始めた様子。
「あら、私とカーチェイスかしら? ……いい度胸じゃない。2人も、掴まって」
「へ? うぅぉん!?」
なんとも情けない声を出すジルベール。
マーヴェルも急加速に耐えるような表情を浮かべていた。
「っ……」
サイズ的には裏路地を通る事自体ぎりぎりの状況で疾風のように駆け抜けるゴースト。
小回りの利かないハンデを感じさせない“走り”を披露する美夜。
迫る敵は、ジルベールが牽制として銃弾を放つ。
だが、さすがに追っ手の数が多すぎた。
徐々に追い詰められていく一行。
「数が多いわね……」
「全く、一体何人集めたんだか……」
「なんだかすみません……」
そう申し訳なさそうにつぶやくマーヴェル。
「気にしないで。こんなかわいい子を乗せてドライブできるなんて、幸せだもの」
「おやおや? 僕の目の前で彼女を口説いているのかい?」
後部座席から顔を出したジルベールが抗議する。
「あら、彼女がとられてしまう、って心配なのかしら?」
「そんなことないけどさ……」
「ふふっ。だったら、もっとしっかり彼女の手を握ってなさい。
そうじゃないと、私がまたこうやって攫いに来てしまうわよ?」
美夜らしく、ジルベールに激励を飛ばす。
「ぁ、でも、今回のお礼ってことでマーヴェルと2人でお茶でも付き合ってもらうかしら」
「……本当に大丈夫かなぁ? なんだか君、やけに手馴れているみたいだし」
「大丈夫よ。少し遊ぶだけよ」
そう返す美夜を怪しそうな目で見つめるジルベール。
「……さて、と。包囲される前に逃がすのが得策ね。
2人も、楽しかったけどドライブはここまで」
小回りの利きづらい状態を考慮してだろう。
追っ手たちの数が少ない内にと、ジルベール達を降ろす美夜。
「そうだ、今度のレース楽しみにしているわ。次はもっと速い走りを見せてあげるわ」
「そうだね。また、“僕たち”で挑ませてもらうよ」
そう言って再戦の約束を交わすジルベール。
「約束よ。楽しみにしてらして?」
「そうさせてもらうよ」
ジルベールはマーヴェルの手を取り表通りへ消えていく。
「……さて、それじゃあ今日最後の“走り”を見せてあげようかしら」
彼女に迫る影。
仲間を集め、確保に来たのだろう。
「それじゃあ、もう少し楽しい火遊びに付き合ってもらいましょうか?」
再びハンドルを握り、
熱気の纏った風と共に追っ手たちとのカーチェイスを繰り広げる美夜だった。