望んだ舞台はもう少し
「……?」
目の前を慌ただしく仮面の男が走り去っていく。
「……あれは?」
「どうやら、他の参加者の催し物みたいじゃな」
遠近 千羽矢の疑問に
メアリ・ノースが答える。
先程から大通りが騒がしくなっている様子だが、
ジルベール達の行動が公になったという訳ではない模様。
「もしかしたら、僕らと同じ考えで動いている人がいるのかもしれないね」
アンサラー・トリス・メギストスと
アリステア・C・ヴァルプルギスを中心に、一行は路地裏を逃走中だった。
「彼奴ら、どうも頼まれたから、という信条以上に
怒りをぶつけてくるのはそのせいじゃな」
追っ手たちもここまで偽物をつかまされたりしたのだろう。
もはやアンサラーとアリステアが本物かどうか後回しにして、
とにかく捕まえて痛い目に合わせる、という感じが漂っていた。
「待ちやがれ! こちとらお祭り返上で稼ごうと思ったら仮面に偽物……
とにかく一発殴らせろ!」
「ずいぶんと乱暴だねぇ」
「おとなしく祭りを楽しめば良いと思うんじゃが……」
追っ手たちの叫びに呆れつつも、なるべく多くの追っ手たちを引き付ける為、
路地裏を駆け回る一行。
「……こっちだ」
マナサイトやサードアイなどを使い特に正面からの奇襲に警戒しながら大通りを目指す。
「それじゃあ、わしらは一旦別行動じゃ」
「了解だよ。それじゃあ、お手を拝借、お姫様」
“仕掛け”の為に、千羽矢とメアリが一旦分かれる。
「……んっ」
アリステアの白い手を優しく握り、少しばかり抱き寄せる様にするアンサラー。
追っ手たちの怒りが少し増した様な気がするが、
それを無視してメアリに指示された道を走る2人。
「抜けるよ。……準備は?」
「大丈夫」
裏路地を抜け大通りへ。
「……どうやら役者が揃った様だよ」
先程の恰好から吟遊詩人風の姿に化けて大衆へそう語る様に告げるアンサラー。
その言葉に合わせて声が響きやすい場所からメアリが魅惑の美声を響かせる。
「さぁ、楽しい逃走劇を始めようか」
アンサラーが手にした機械式楽器は軽快な音色を奏でていた。
メアリの歌に合わせる様にアリステアと共にダンスをしながら、大衆たちの中心へ。
「ど、どうするんだよ!」
「もうおせぇ! とにかくあいつらには痛い目にあってもらうぞ!」
大衆の波を無理矢理割ってアンサラー達に近づく追っ手。
「本物はどーれだ……?」
スタンドインを使い自身の分身を作るアリステア。
「かまうな! 片っ端だ!」
鉄棒や角材などを振り回し、アリステアの分身を攻撃する追っ手たち。
観客たちから悲鳴が上がったが、パニックにはなっていない様子。
その中を仮面の男たちが通り過ぎる。
(どうやら別の演者たちとぶつかってしまったみたいじゃな)
千羽矢に目線で合図を送るメアリ。
「……敵じゃない」
(なら、アンサラーの“アドリブ”に期待するしかないみたいじゃな)
続けてアンサラーに合図を送る。
(どうにかしろ、って事かな。なかなか胆力が必要になりそうだね)
そうこうしている内に追っ手たちがアンサラーに迫っていた。
千羽矢が紅朱雀に手を添える。
「って、危ねぇなぁ!」
「っ!」
アリステアの分身を攻撃していた追っ手が仮面の男に吹き飛ばされる。
「君は……」
「お前たち狙われて……」
周囲を見渡した仮面の男が状況を察した様子。
「悪かったな」
小声でアンサラーに告げて、その場を去っていく。
どうやら仮面の男も追っ手たちに追われている様子。
「……彼は……」
千羽矢は今しがた追っ手を吹き飛ばした男がルイだという事に気づいた。
「……よし」
突然の出来事に一瞬驚いたが、気持ちを落ち着かせるアンサラー。
「去り行く仮面。その手には、姫の想い人から送られた宝石が。
そして……」
分身の数も減り本体へ迫る追っ手。
「ぎっ!?」
その追っ手めがけて千羽矢が攻撃を放つ。
「な、なんだ!?」
突然の狙撃に観客たちもどよめく。
“いつの世 いつの時代でも 愛の証明には障害は付きまとう”
艶やかな音色を響かせて、追っ手たちの頭上に姿を見せるメアリ。
その手には、大剣に変形させた空操遊技が。
“ならば戦おう 共に手を取り 道を 未来を勝ち取ろう”
周囲の観客たちを奮い立たせる様に歌い上げたメアリが峰打ちで追っ手を無力化する。
「氷の姫と仲間たちは、仮面の男に奪われた宝石を。
愛する者から送られた愛の証を取り戻すため、音色の街を駆け回る」
アンサラーがアリステアの手を取り、仮面の男が走り去った方向を目指す。
「逃がすな!」
追っ手たちが彼女たちを追いかけようとする。
「さぁ、立ち上がれ! 音色の街に生きる者たちよ!
愛する者たちの未来を守るために!」
その言葉を合図に興が乗った観客たちが追っ手の前に立ちふさがる。
メアリの歌とアンサラーの旋律に、違う音色が重なる。
楽器を持つものは音色を、声に自身のあるものは歌を。
さながら即興曲の様に、観客たちの音色が舞台を作り上げていく。
「……ずいぶんと大ごとになってきたな。……だが」
千羽矢が呟く。
傍から見れば大惨事。
それでもそこに“音色”があるだけで誰もが笑顔になる方法を自然と選べる
フルヴィエールの住民たち。
最初はマーヴェル達の逃走を手助けする為に構えた紅朱雀。
だが、今は少し違う気持ちを含んでいた。
千羽矢の一射一射に観客たちが様々な反応を示す。
それが、彼にとって少しだけ楽しいものと感じていた。
(……どうやら“期待”されてしまったみたいだな。
……なら……しっかりとその想いには応えてやらない……とな)
観客たちの歓声に紅朱雀に沿える手に温かいものを感じながら
アンサラーの語りに合わせ攻撃を放つ。。
「っ……! この野郎……」
千羽矢が放った弓で躓き、
思わぬ形で“歌劇”に巻き込まれた追っ手たちから聞こえる怨嗟の音色。
「よく言うだろう? 人の恋路を邪魔する者は、蜘蛛に噛まれてあの世行き、ってね」
市民たちに聞こえない様に身柄を拘束された追っ手に囁くアンサラー。
「さぁ、行きな、お嬢さん!」
1人の男がアリステアの背中を押した。
それに合わせてアンサラーがアリステアの手を取り、走り出す。
“さぁ 始めよう 私たちの遁走曲を!”
走り出す2人を見送る様に、メアリの歌声が響き渡る。
仮面の男を追うアリステア。
仮面の男とアリステアを追う追っ手たち。
そして、追っ手たちからアリステアを守ろうとする市民たち。
多くの人を巻き込んだ“歌劇”が始まろうとしていた。
「おいおい、騒がしくなってきたな……」
傭兵側も余裕がなくなってきたのだろう。
昼間に見た数より明らかに増えていた。
それに合わせて妨害側の規模も大きくなってきている。
「……ほらよ」
敵から奪った武器の“残骸”を返す
一浜 希。
「て、てめぇ……」
「せっかく楽しい祭りに物騒なもん振り回すなよな」
そういって組み立てたハーモニカのようなものを渡す。
「ほらよ」
「……あーくそ!」
傭兵がハーモニカを仕舞い、去っていく。
「……さてと」
目の前にはこの道中で奪い取り分解したギアや道具。
その隣には、先程の不良と同じ様な物好きが居た。
「なぁ、出来上がったあらなんかくれるんだよな?」
「あぁ。……お前、こういうのが好きならなんで傭兵なんかやったんだ?」
「そりゃ、良い楽器買う金だよ」
「そういうことか」
納得した希は、2人分の楽器作成に取り掛かる。
「……なぁ、もしかしてお前たち傭兵が気づかれない様に2人を追っているのって」
「ん? そりゃ、この街の人間が音楽祭を潰す訳ないだろ?
音色を聞きながら金をもらうってサイコー」
「……お前なぁ」
呆れながらも希はギターを手渡す。
「どうだ?」
「いいじゃん。お前の分もあるんだろ? 早く表出ようぜ!」
「俺が言うのもアレだが、仕事はいいのか?」
「楽器手に入るならどうでもいい、それより祭りだ!」
「……ほんと飽きない連中だなぁ」
希手製の楽器を構えて祭りに参加する希と不良少年。
不良たちが音楽祭に気を使ってジルベール達を追いかけている理由に触れて、
この街の“音楽バカ”さを改めて感じながら楽しげな音色を共に奏でるのだった。