運命の日
「……はぁ」
自室で大きな溜息を吐くマーヴェル。
「まさか、こんな事になってしまうなんて……」
純白の衣装を纏った彼女には似合わない表情でそう呟く。
「……悪い人、ではありませんが……」
たった1度、顔を合わせただけの相手と契りを結ぶ。
マーヴェルの印象では、相手の男性はいい人ではあった。
家柄も良く、性格も優しく、細かな気持ちの機敏に気づけるような男性だった。
だが、問題は彼の父親だった。
彼もまた、マーヴェルを気に入り、息子の為にと。
そして、立場的にも話を進めざるを得なくなった現状と重なってしまった不幸。
それらのせいで、望まぬ形での婚姻を結ぼうとしていた。
「……後、半日ですか」
いつも傍に居てくれたジルベールが居ない。
「…………そうですよね」
彼の気持ちには気づいていた。
そして、彼が今回の話を知った事も。
「私は……」
きっと彼の想いを踏みにじったのだと。
そう思うと胸の奥に締め付けられる様な痛みが走る。
窓の外から見える青空を見上げる。
街は音楽に包まれ、人々の歓声が響いていた。
マーヴェルは、ジルベールと共に過ごした音楽祭に想いを馳せていた。
「ですが、それも最後でしたね」
そう悲しそうに呟いたときだった。
見上げていたはずの青空が影に包まれる。
刹那、窓から1人の男性が部屋に侵入し、マーヴェルの手を乱暴に握る。
マーヴェルは動けなかった。
「……ぇ?」
「さぁ、君を攫いに来たよ。お姫様!」
そこには、いつもと変わらない笑顔で彼女に微笑むジルベールの姿があった。
彼はマーヴェルを抱きかかえ、そのまま窓から市街へと飛び出す。
「っ……」
マーヴェルの胸に、再び走る痛み。
その時の彼女には、痛みの正体が何なのか理解できていなかった。