森へと続く路。路と呼べる通路。通路とも呼べぬ経路。その全てを見渡せればどんなに幸運か。月明かりはあるだろうか。あってもなくてもどちらにしろ闇夜の不利はお互い様。
情報を元にした人員の配置は「やはり」というべきか森側に重きをおかれた。希望を聞かれた時、森側を選んだ
六道 凛音は土地勘を頼りに高所を探す。
「アルテラの初依頼が夜闇に紛れるとはのぅ……」
特異者として長い凛音だがアルテラは初めてで、きな臭い面を先に拝むことになるとは少々期待と違っていた。けれど、薬をバラ撒く輩を一網打尽にするという考えには共感できる。
『「凛音よぉ? 殴り込むのは無しか? その方が早えんだがなぁ……」』
薬を売る者が一番の悪ではあるが、それを買う人間も使う人間も
ネーベル・ゼルトナーに言わせれば共に″屑″であり、それを醜聞に晒す前に確保という名の保護をしようなんて優しさは必要ないと感じている。ものの依頼は依頼で、依頼は請け負えば全うするのが筋というものだろう。これはこれ、それはそれ、である。
スロートワイヤレスで繋ぐ互いの声。確かめ合う互いの意思。
それぞれに待機場を選び陣取って彼女達が待つのは、逃げ切れると反省の色も無い愚かな人間だ。
タイミングを待つまでもなかった。
地面を叩く蹄鉄の音にネーベルはそちらに振り返る。月明かり程度の明るさがあれば、暗がりでもいつも通りに振る舞えるネーベルは、遠目でもはっきりとわかる土埃をあげんばかりに迫り来る群れの影に拳を握った。
周到に用意されてあったと聞いていたが、隠されていた馬は他にもあったようだ。
夜の風に吹かれて、サンドレアの武闘衣のゆったりとした裾が膨らむように揺らめき、ネーベルのシルエットをより大きく見せる。武闘派揃いの″砂の町″サンドレアの民が愛用している装いは見目に反して要所要所はしっかりと緩みをもたせまたズレないよう絞られており、早馬の進路に立ち塞がる彼女の動きを一切と妨げない。
「なッ」
馬上の視界からでは突如として出現したのも同然で、急停止させるべく反射的に手綱を引き上げれば馬の嘶きは一層に高々と激しく、落馬しなかったのが不思議な程だった。
先頭がつっかえて後続も否応無く停止せざるをえないというのに逃げることで頭が一杯な彼らは手綱を握り直し、馬の腹に蹴りを加えた。
速度をあげて避けなければそのまま跳ね飛ばさんとする彼らに、対するネーベルは自然体のままだった。放つほどにも強く立ち昇る殺気に似た闘気に人間よりも敏感に感じ取った馬達が恐れて急停止することになる。
何故進まないと荒れる彼らにネーベルが静かに口を開いた。
「早死にしたけりゃ……此処を通んな……」
それが脅しであることが彼らに苛立ちを与え、それが脅しでないことが彼らを躊躇わせる。けれど、焦燥に矮小な理性に冷静さを失って暴走する人間は必ず居るし、増して怪しげな違法薬を服用した直後だ。外的要因で自制が崩れるという不調の状態で″見知らぬ平民″に反抗されては頭に血が昇る。
ひとりが掛け声も大きく馬の腹を蹴り抜いた。
ネーベルの警告を無視して強引に逃走を図ろうとした一頭を目指し、狙い放たれた電撃が夜を裂いて疾走る。迅雷の弓が齎す麻痺に逃走手段たる馬は自重を支えきれずあっけなく転倒し、逃げようとした不心得者はそれに巻き込まれた。
『「逃さぬ……鷲の瞳から逃れられると思わぬ事じゃ……」』
音のない狙撃に動揺してざわめきが大きくなるなか凛音の囁きをネーベルだけが拾う。
特殊な超音波による音の反響を用いて、周囲の地形状況や生物の位置を大まかに把握している凛音からしたら俯瞰で見下ろす盤上なのかもしれない。
馬は、人間よりも狙いやすく、また、ネーベルに気圧されて竦み、次から次へと射掛けられる矢の餌食となっていった。
逃走手段が面白いほどにも手早く潰されて何人が無気力にその場に座り込んだだろう。そして、何人が這ってでもこの場を抜け出そうと試みたのか。
腰に提げられた得物を握る手ごとネーベルはそれを蹴り上げて明後日の方向へと飛ばし、痛みに腕を庇って呻く男の足を払って転ばせる。必要とあればさらに打撃を加え機動力を削ごう。
ネーベルは宣言した。
通りたくば、と。
それでもなお己が所業と向き合わないと言うのなら″やった事の代償を教え込む″しかないだろう。
空からは矢の雨が降る。
凛音の目からなんぴとも隠れられはしない。
地面に聳え立つように突き刺さった矢に、恐慌を来した男がひとり自ら意識を手放した。