クリエイティブRPG

注意すべきは

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 音が喰われる中、かろうじて聞こえた「外に逃げたぞ」とという声に世良 潤也は身を翻した。表に出ていく彼をアリーチェ・ビブリオテカリオも、潤也に首筋の奇襲を受けて床に伸びてしまった男達に一瞥もなく追従に戸口をくぐる。
 これまで何度か人や獣がおかしくなる事件に関わってきた潤也は″人がおかしくなる薬″が人々の間に広がり切る前に解決を図ろうとする話を聞き、関係者の身柄確保の協力を受けることにしたのだ。
 ひとりでも逃げれば影響は広がり続けるのが容易に想像できる。誰にも知られずにという理想を掲げてしまうほどに、その薬とやらは強力なのだろう。人の口に戸は立てられない。権力者が危険を冒してまで欲したのなら、一般市民の耳に届けばどうなるのだろう。
 考える前に結果を出せばいいのだと、潤也は夜の路を走る。
 海に面し大いに栄える交易都市は人々を惹きつけるだけ強大であり、その足元に落ちた闇はあまりに暗く、月明かりしか頼れない外は真っ暗で遥かに静かだ。
 痛いほどの静寂に、潤也に追いかけられている男は気づきもできない。
 ″自分の靴音どころか、乱れた呼吸すら聞こえていない″ということに。
 だから、瞬きが如く背後に肉薄してきた潤也の強襲に反撃のひとつもできないまま撃沈した。
 うぐ、という鈍い悲鳴さえ静寂のカツガに喰われて誰の耳にも拾われずに終わる。



「できれば手荒なことはしたくないんだ……。このままおとなしく捕まってくれないかな?」
 熱血少年の静かなお願いは、横薙ぎに振り払われた手で拒絶を返された。
 とにかく潤也の顔なり体なりを叩こうとした害意が宿った手はセリアンの彼の手に受け止められる形で掴み返されて、そのまま捻り上げられる。関節が可動できない方向に捻じ曲げられて堪らず声があがった。
 両手を両膝に乗せて中腰で成り行きを見守っていたアリーチェは膝を伸ばす。大人に正面から相対して眉尻を下げた。
「どんな効果の薬か知らないけど……、ろくなものじゃないっていうのだけは確かそうね」
 アリーチェの溜息には満ち満ちたやりきれなさに切なさが滲んでいて、男の関心を寄せる。年下の、下手をすれば自分の子供と同じ様な年齢の少女の青い瞳にさらされて男が気まずげに視線を横にそらすので、アリーチェは一旦はその場を離れた。戻ってきた彼女はそれを何の気負いも無しに男へと差し出す。
 渡されようとしているのは湯気のくゆる陶器のカップで、満たされているのは適温にあたたまった飲み物。溶けたチョコレートの甘ったるくも濃い香りがあまりにも場違いで、毒気が抜けたように男の顔から険が抜けた。
「砂糖やココアパウダーもあるわよ」
 要望があるのなら先に言ってねとアリーチェは男の正面で両膝を折ってしゃがみ込み、「どうぞ」と再度勧める。
 緩く崩されて安定を喪う状態に白い湯気と共に漂いくる香りに拍子抜けてしまったらしく先程の抵抗は見る影もない。アリーチェに乱暴を働くようなら即座に締め上げようと男の真後ろへで構えながら彼女の邪魔にならないように口を噤んだ。
「顔色が悪いようだけど、寒かったりする?」
 子供二人に囲まれ、甘くもあたたかい飲み物を渡され、数十秒前の乱闘を思えば状況の落差に理解が追いついていけないのだろう、更に体調を気にされてしまえば男は眉根を寄せて警戒の色を強める。
「それって薬の影響?」
 身を強張らせた相手にアリーチェは「いいから飲むのよ、おいしんだから」と神経を尖らせる男に寛ぐよう誘導を試みる。例え口にしなくともスイートフログレンスは甘い香りで男(あなた)を誘惑しよう。「ほっ」と抑えていた息を大きく吐くのを待っていたアーライルの翼が少しだけ揺れた。少女が身を乗り出すように前傾したのだ。
「普通じゃない薬だってあたし達は聞いてるの。あんたは使ってるから買ってるのかしら? じゃぁ、売ってる人は?」
 幼さゆえか率直に切り出すアリーチェは再び顔を曇らせる男に首を傾げる。
「やっぱり教えてくれない?」
 ツインテールの金の髪が夜風に揺れた。
「ねぇ、ホットチョコレートおいしい?」
 甘い甘い飲み物は、甘い言葉を知らぬ少女の助力となろうか。駆け引きとは縁遠そうな子供達に男は何を思うのだろう。
 潤也の背中の向こう側の喧騒はまだまだ続くようで、この場だけが穏やかである。
 いつしか両手で支えるようにカップ抱え持つ男は、視線をそこに落とした。
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