渡された簡略地図を片手に考え込む
飛鷹 シンは皆とは逆の方面に歩き出した。
少しだけ時間を掛けて辿り着いたのは地図の端ギリギリに載っていた場所。
「なるほど。このまま走り抜ければ目の前は森なんだな」
″抜け道″の可能性を誰もが危惧していた。地理的にも逃走の難易度を下げている。自らの目で確かめた″逃走経路″は想定範囲内に収まっているが、シンがしようとしているのは一歩踏み込んだ可能性の排除である。
「よ」っと、近場の壁と塀を使い建物の屋根へと上がると、森へと続く道を見下ろした。俯瞰だと森と街との境がよくわかる。そのまま木から木への上空移動を開始する。上を選んだのは痕跡を残さないが為。人の足で踏み固められた道とは違い森の中は地面自体が柔らかく、真新しい足跡など発見は容易い。対象者に″探し回っている″と悟らせるわけにはいかなかった。
「馬だと? 逃走用か?」
街側からでは視認できない奥まった場所に馬が数頭手綱を樹木に括り付けて休まされている。厩舎どころか屋根もないしでいかにも怪しい。関連があるのなら用意周到だ。たったの数頭では全員は乗せれないはずだ、誰を逃がす予定なのだろう。木から木へ飛び移って人影を探す。発見されては厄介だし、争いは避けたかった。やむを得ない場面とは鉢合わせたくない。姿を見られて、報告されそうになったときは覇拳の闘気で気当てでもって気絶させることもできるが″嗅ぎ回られている″と報せたくもない。
「さて、どこの誰の馬かねぇ。そんでおたくらはなんでこんな所で繋がれてるんだか」
馬面ひとつで所有者について判断などできないが何か手がかりはないかと一度地上に降りようとしたシンは、風上から届く声に木の上で身を縮める。
「充分……集ま、……足りな……」
「好き者で、……怒られてしまい、……てよ」
街側から森へと入ってきたのは一組の男女。風に遮られて会話はぶつ切れ。男の顔に見覚えがあるような無いようなと首を捻る前に鮮烈に目に飛び込むのは女の美貌だ。木の上という離れた場所からでも女が男より目立つ。
「薬が、」と男の口から出た単語に「充分ですわ」と女が答える。
「とてもとても、充分でしてよ。 ――バリス様」
妙にはっきりと届いた名に反射的にシンは男の顔を見た。リゲイトではない。身内か親戚か少なくとも漏れ聞こえた貴族の家名。それ以上の会話は望めず、一組は一頭の馬と共に駆け去っていった。
「……おい?」
シンは小さく呻く。去り際の娘と″目が合った″気がして嫌な顔をした。辛うじて声が聞こえるだけの距離だ自分が見つかってもおかしくはない。
嘆息したシンは両膝を伸ばした。いつまでもここにいる理由はなくて、やがては他の地点の調査に爪先を向ける。