三千界のアバター

【薔薇の庭】鉄の花器

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【薔薇の庭】鉄の花器
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線路の続く先


 イシス川側のニュー・ストリート駅で乗客を乗せた臨時列車が発車したのは、とある秋の日の朝7時47分。
 <黄薔薇>グレアム・トーヴィーが用意した列車は、ロンディニウム郊外で行われる薔薇の品評会への参加を主目的として都合したものだった。
 故に車両の編制は短く、客車も乗客も少ない。
 停車駅もまた少ない。予定ではニュー・ストリート駅を最後に品評会が行われる駅までは殆ど停車しないことになっていた。
「……では、最寄りの駅から報せていきます」
 旅客車両である4号車の扉ががらりと開き、“魔女”キーラが箒を手に姿を現した。
「連結部は外さずに、停止を試みるそうです」
「分かりました!」
 キーラは愛用の箒にまたがると、<青薔薇>オンディーヌの声と薔薇の芳香に向かって返事をして、だん、と床を蹴った。
 身体が列車を離れる。風にあおられそうになりながら体を左右に傾けてバランスを取り、列車に体当たりされないように急いで上空に逃れると箒に魔力を込めた。
 凄い魔法は使えないが、箒で空を飛ぶのは先祖代々の十八番だ。
「駅まで行って報告……駅員さんに報告……!」
 口の中で呟きながらキーラは体を屈めて空を飛んだ。眼下で列車は僅かずつながら速度を上げていく。
「チャンスは今のうちしかない……ですっ」
 空は遮蔽物がない。ありったけの速度を出し、カーブを描く線路の先を目指して一直線に距離を稼ぐ。
 キーラは列車を後方に置き去りにし、疾風のように次の駅に駆け込んだ。
 ホームに降り立った衝撃に足をもつれさせ、あわや地面に転がるところだったが、台詞の方はずっと胸の内で繰り返していたためはっきりと言うことができた。
「黄薔薇様の臨時列車に異常が発生しました! 機関士さんのコントロールを外れて徐々に加速中です!」
 駆けつけてきた駅員、それに見知った顔の特異者に、キーラは蜂が大量発生したことなど状況を説明する。
「大丈夫よキーラ。あたしたちも協力するから、安心して!」
「ああ、俺たちも微力ながら力になるぜ」
 友人のアリーチェ・ビブリオテカリオ世良 潤也――この駅で乗車するはずだった――に請け負われ、キーラはほっとした表情を見せる。
「ありがとうございます」
「いいのよ、友だちでしょ。あたしたちはここから列車に乗り込んで、機関室を何とかしてみるわ」
「じゃあ私は次の駅にも報せに……」
 早速飛び立とうとしたキーラだったが、駅員が呼び止めた。
「この先のカーブと川のことだが、手前に側線に引き込むポイントがある。交換すれば川に突っ込むのは避けられるはずだ」
「ポイント?」
 居合わせた古城 偲が先を急かすように尋ねる。
「ああ、長距離の列車には事故などに対応するために、一時避難用の線路がある」
「そっちは安全なの?」
「このポイントの先は少しレールが続いた後途切れてる。周囲は荒野だから川に突っ込むよりはいい。ただ、手入れが行き届いていないから、脱線するかもしれないが……」
「考えてる暇はないな。そっちは何とかするよ! イクリマ、行こう!」
「言われなくても! 他人の事なんざどーだっていいが、事故なんて酒が不味くなる!」
 偲とパートナーのイクリマ・オーが飛び出したのでキーラも箒を発進させた。
「私も行って状況を見てきます!」

 駅員たちが電話で各駅に連絡をしたり慌ただしくしている中、遂に列車がホームに現れた。
 潤也とアリーチェはタイミングを見計らって連結部に飛び乗ると、揺れる列車の屋根に手をかけた。

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