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他意無き貴族の遊び

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他意無き貴族の遊び
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 心優しい熱血漢の少年世良 潤也は両腕を腹の前で組み、小さく唸っていた。巡回に共に歩いている人から先日の山火事と村人の集団消失の話を聞いて、漠然とした不安に眉根を寄せる。
「その原因を解決しない限り、またこの辺りで事件が起きるかもしれないな……」
「突如、村人が集団で行方不明……。何だか嫌な予感がするわね」
 難しい顔をしている潤也に並び歩くアリーチェ・ビブリオテカリオが同意した。
 時系列的にこの二つの話が全くの無関係と判断するには早い気もするのだ。
 気持ちを素直に表せないアリーチェも潤也の深刻そうな言い含みに思わず両掌の指先だけをそれぞれ合わせて唇を閉ざした。もし再び事件が起これば皆を助けたいという想いがあるだけに胸を締め付けるような悪い予感がして気持ち悪い。何か起これば善処できるよう心の準備は調(ととの)えておく。
 それは潤也も同様であったらしく突然騒がしくなった周囲に彼は足を止めた。何故急にというアリーチェの疑問は見知らぬ人々が森の奥から姿を表したことで理解する。
 立って歩いているのが不思議な程安定感の欠く前進。一歩進むごとにゆらゆらとふらふらと前後左右にブレる様は見るに酷く、何よりもその表情。正気を失い釣り上がった目には殺意のみが宿っており、その意思を体現するかのように人々の手には各々と凶器と成り得る得物を携えている。
 一目で異常事態が発生しているとわかり、潤也は一歩前に出た。
「アリーチェ」と囁く潤也に、彼の意図を察したアリーチェが小さく頷く。少女らしい柔らかな唇が歌い出しにそっと開かれる。
 優しいメロディは安らぎの唄。敵意を鎮めようと歌われる唄は今まさに片手斧を振り上げた男の耳に届き、
「うがぁッ」
 振り下ろす凶器の速さを増幅させた。
「下がれ、アリーチェッ」
 ブンと空気を裂いて振り下ろされた斧から遠ざけるようにアリーチェを背後に隠した潤也は桜の木刀を正面に構える。
 安らぎの唄が逆効果になったことに動揺するアリーチェは先程の世間話のように話題に上った災害を思い出した。その山火事で燃えた一帯はどのような植物が生えていたのだろうかと思索にアリーチェは両手指を交差に組む。
「潤也。もしかしたら……」
「話はあとだ」
「ええ、そうね」
 チャンスを狙って集中に声が低くなる彼に、アリーチェは一歩、二歩と後退する。
 それとほぼ同時に潤也は地面を蹴っていた。瞬きよりも速いのではと思わさる超高速移動で再度斧を振り上げた男に肉薄し刃が振り下ろされる前に背後へと回り込む。横薙ぎにフルスイングの要領で脇腹に木刀を叩き込んだ潤也は崩れる人をそのままに、振り返っては、新しく現れた人々へと向き直った。
 多少の打撲と骨折はご愛嬌。殺意満載で問答無用と襲いかかってくる人間を生かしたまま沈黙させる手加減がいかに難しいのか打ち据える木刀の手応えで伝わり、潤也の顔は暗い。けれどこうしなければこの不可思議な前進は止まらないのだろう。
 一撃にて昏倒させていく人々をアリーチェが手当に当たる。治癒術で激しい一撃で赤黒く内出血している部分を腫れが引くように詠唱を呟きながら手を翳すアリーチェは、そろりと潤也に注意を向けた。
 どうしてこんな事に。そんな自分の疑問は、潤也も同じく抱いているだろうか。
 気絶している人はなんのどんな影響を受けてこんなにも凶暴になったのだろうか。治療は元より、解毒や精神治療を試みるアリーチェの心の中は哀れみの痛みを覚え複雑だった。
 この場に現れた最後のひとりを地面に転がして、潤也は木刀の切っ先を下げた。
 そしてアリーチェの応急処置が終了している順に捕縛とばかりに縛り上げていく。



…※…




 世直しの旅。
 と称するには多いに大袈裟だろうと焔生 たまは頬を緩めた。
 勿論、そのつもりでもない。ただこうして強敵を探す為に散策するような気安い足取りで獣道を歩いているにすぎない。
 先頃村人失踪の噂を耳にした。他愛ない噂話のひとつとも伺えたそれは興味を持って聞けば聞くほど事件性があるものと確信させる説得力があり、たまは本格的に調査に乗り出したのだ。
 鹿狩りが行われているのは知っている。警備も充分に足りているとも聞き及ぶ。不穏な話が尽きず緊張する森の中でよくそんな行事が開催できると感じるものの、凶悪な魔獣でも出現しない限り対処できるのだろうと安易に予想できた。
 出火元不明の山火事。そして村から一夜にして人々が居なく無ったという。火災から慌てて逃げ出すような、被災に怯える距離でもない。避難勧告を受けて移動したり、自主的に逃げ出したというわけでもないようだ。時に交じる不思議な匂いについても気になると言えば気になる。風下だったらしい村は多分に影響されてもおかしくはない。
「どことなく不穏な気配がしますねぇ……」
 そして、獣道を歩くたまはひとつ気づいたことがある。
「動物の気配もしませんね」
 更に言えば風に乗って流れてきたという不思議な匂いもしない。まだ焼け跡特有のきな臭さが残っているというのにだ。
 と。そんなたまの耳に悲鳴が届いた。大きさからしてかなり近い。
「どうしました」と急行してみれば、人が人に襲われている現場に出くわす。
 初めの一歩に柔らかな腐葉土に深くたまの靴跡が刻まれた。速さに物を言わせて虹鋼の騎士剣を引き抜いた力のままに一閃を閃かせる。
 ――いつものように。
 斬るべきもの、焼き払うべきものを見定める平静さで判断し処断に処刑を敢行するだけ。
 相手が無力化に沈黙し、鞘に剣を納めたたまは被害者へと振り返り、歩き寄る。
 恐怖で震えるその人の肩を支えてアルトルークの霊水を与え、危害を及ぼす存在は無いことを告げる。
「……本当?」
「ええ、大丈夫です」
「本当か! あんなに、あんなに居たのにッ!」
 叫ぶ人に落ち着くよう肩を撫でながら、たまはその人の錯乱具合に、気絶させた男へと視線を向けた。
 ただの人である。
 ただの人で、ただの一人で、なのに被害者は恐怖で喚き散らしている。
「そう……なんですね」
 道理で此処は静かなのだ。
 既に″通り過ぎた″あとらしい。胸をざわつかせる不穏の影の、その根を断とうにも遅かったようだ。
 行くと言う。
 人々の群れが。
 百でも足りない人々の大群が。
 向かう先は鹿狩りに貴族達の談笑響く森。
「貴族だろうと王族だろうと私には関係がありません」
 死は皆に平等なのだから。
 ただ、運命もまた同じだろうか。
 どちらにしろこれからでは追いつかず、全ては守り人に任せるしかないようだ。



…※…




 緩やかに森の中を流れる風に頬を撫でられる桜・アライラーは不意に顔を上げた。
 ああ、と薄く開いた唇から息が漏れる。
「これは何か起きたみたいですねぇ」
 新しく指示された持ち場についたばかりで周囲のチェックも完了してないこういう入れ替わりのタイミングが頑ななはずの安全保障が緩む要因になるというのに。
 展開の風向きが変わったことに一度鹿狩りが行われている方向を伺った桜は、伝令に次の魔導騎士の元に行こうとした連絡係に声をかけた。
 貴族達に危害が及ぶ可能性を示唆する桜に連絡係の態度は一貫していてお話にならなかった。
 曰く、鹿狩りを楽しんでいる皆様には騒ぎを悟らせないように。
 打ち合わせの時にも同じことを言われていたが、その人命を二の次にするような傲慢さに思うところがないわけではなかったので桜は思索に両腕を組むと去っていく連絡係の背中を見送る。その眼差しのまま隣のシリウス・ガーティンへと流し目を向けた。
 そのアイコンタクトに頷きも見せずシリウスは行動を起こすべく背景に溶け込むように気配を潜ませた。
 シリウスの気配が消えるのを待つこと無く桜は知っている姿を探そうと首を巡らし馬に乗る彼を発見する。
「バリス様」
 警備責任者のひとりとしてあちらこちらと移動が多いリゲイトを運良く捕まえた桜は軽い挨拶を交えてから事情を話し、避難の必要性を進言する。
「その話は聞いているよ。巡回組が忙しそうだ」
「その言い方だとバリス様も他の人と同じお考えですかー?」
「どうだろうね。状況次第かな。それよりも、持ち場を離れないようにとお願いしたんだけど、君の所はもうひとり居たよね?」
「それなのですがー、勝手ながら先手を打たせてもらった形になります」
「というと?」
 面白そうな話かなと聞く耳を寄せるリゲイトに桜は人差し指を立てた。
「避難も駄目。大暴れして不安にさせるのも駄目。なら穏便に移動していただくのが良いかとー」
「大本を動かそうってことか」
 飲み込みの早いリゲイトに桜は頷き、スロートワイヤレスに入るシリウスの報告に再び馬上の貴族を見上げる。
 この場での単独行動は誰がどんな理由があろうと警戒され問答無用と切り捨てられても文句も言えない危険行動と看做される。それは暗殺などの陰謀の影が付きまとう貴族社会ゆえの防衛機能と言えば聞こえはいいが、誰も彼もが互いに目を光らせ足の引っ張りあいをしたい醜い水面下の攻防と言えよう。特異者で依頼を受けただけのシリウスも例外ではなく、隠れ身で息を潜めて先行しているのなら尚更誰かと出くわせば曲者と声を上げられるだろう。それでも桜と連絡を取り合いつつ森奥へと目を向けるのはひとえに依頼遂行の為がである。
 行く先々は駆け抜けるのではなく随所と確認を交える。
 具体的には、何か潜んではいないか、敵はいないか、見慣れない怪しい植物はないか、岩や木々が不自然に動かされり踏み潰されている様子はないか、つぶさに観察して安全確認を終わらせてく。そうして脅威がないと判断し、シリウスは桜に連絡を入れるべくスロートワイヤレスに指を伸ばし、一歩、後退した。
 話し声が聞こえたから。
 賊だろうかと木の陰に隠れるシリウスは投げナイフを指に引っ掛ける。一拍の呼吸を置いて、風にそよぐ衣擦れが聞こえた方角へ身を潜めた樹木の裏より音もなく忍び寄る。
「きゃぁ」
 藪を裂いて奇襲しようとした相手が可憐な悲鳴を上げる。
「おい。何をしている」
 淑女に不埒を働こうとしているのかと咎を発する貴族も現れて、シリウスは咄嗟に投げナイフを隠しにしまった。青年の腕に絡み体を預ける淑女が鈴を転がしたような声で笑った。
「森の奥なら楽しめると思いましたの……折角ジアン様の目を盗めましたのに、これではお忍びにはなりませんわね」
 オイタはそうできるものではないとひどく楽しそうに笑う女性が自分の体に顔を埋めるので青年が仕方ないと溜息を吐いていた。人の目を避けて来たのだろう二人は側に繋いでいた馬の元へと戻っていく。
 そんな二人組を見送ってシリウスは桜へと直接連絡を入れた。
 シリウスから「こちらで問題ない」と、避難先として選んだ方面に危険がないという知らせを受けた桜は、
「猟犬の調教担当の方にちょっとご協力いただけません?」
 リゲイトに提案を持ちかけながら、物言いたげな彼の顔に首を傾げた。
「相変わらず魔法の類はお嫌いそうですねー」
「いいよ。私情は挟まないから。よろしく頼むよ」
 猟犬の件は了承したと頷かれて、桜も同じく頷けば、仕事はこれからと幻創の魔石を取り出すのだった。幸いこれから移動する予定の場所はシリウスが先に向かった場である。ゲスト達の気を引いてから移動を開始しよう。

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