三千界のアバター

他意無き貴族の遊び

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他意無き貴族の遊び
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 地域柄か馬鹿みたいに高い大高木の種は密集していないものの、ある程度の高度となると生い茂る木々の葉で地表がよく見えない。ちょうどいいと思える高さは太陽の光欲しさに梢が細かく広がり、それが翼を広げるには少しばかり邪魔だった。
「風が気持ちいーなぁ。やっぱりわたし、飛ぶの好きー」
 それでも猫宮 織羽はアーライル最大の特徴である翼でふわふわと浮きながら空の心地よさを堪能しつつ、上空からのパトロールを続けていた。
「……あれー?」と、片手を額に翳す。
 地上に降りてリルテ・リリィ・レイネッセを手招きした。
「あら、どうしましたオルハ?早速事件ですか?」
 貴族の目から逃げるように隠れつつ居たリルテは織羽の話を聞いて首を傾げる。
「そうなの。あの人たち……普通の村人に見えるけど様子がおかしかった」と、そこまで呟いて織羽はハッとした。「一揆!?」と声を上げる。
「それとも米騒動!? ストライキ!? ねーねーリルテ! 人がきちゃったよー!」
 上空で見た時はまだもう少し距離があったような気がしたが、地上でも視認できる範囲まで殺気立つ人々が押し寄せてくる様はホラー映画の定番なシーンのようで気分は良くない。
「困りましたわね。見た感じ一般の方のようですし、傷つけるわけにはいきません」
 リルテの言葉に織羽はトンと地面を蹴って舞い上がった。
 風切羽が生み出す推進力のままに縦横無尽に飛び回るというのは、飛翔に不自由はあっても腐葉土の柔らかい土に足を取られることもなく、現場に急行できるというのが利点だろうか。
 まさに滑るように上から下に滑空する織羽は″彼ら″の前に着地の音も静かに降り立つ。
 自ら身を晒した織羽に向かって人々が雪崩込んだ。
 そんな彼らの足元で水流が生まれる。アクアリアの印を結ぶリルテの導きに水は撒かれたっぷりと水気含んだ土が彼らの歩みを遅らせた。
 しかし、そんなぬかるみなど知ったことかと殺意が消えない。それならと印を解いたリルテは代わりに杖を持った。織羽を追いかけ、追い越し、人々の群れに飛び込む。払う動作で彼らの手から武器を叩き落としていった。この人数だ、止まったら最後だと突っ切ったリルテは後は頼んだと後方の織羽に託す。
 打ち合わせもなく託すような素振りもなかったリルテの考えを汲んだ織羽は振り返らず人々を挟んだ向こう側へと消えた彼女に任せてと大きく頷いた。
「さぁ、こういう時こそアーライルの出番よね!」
 彼らを元に戻してあげられるのなら。せめて殺意くらいは払拭してあげたい。そうするにはなにがいいのか。どうすればいいのか。有効手段は我が身に有りと襲撃対象を探して彷徨う人々の進路上に織羽は立ち阻む。
 佇む唄い手は胸の前で腕を交差させ、両手は自らの肩に乗せ、花開く様に翼と共に左右と広げた。差し向けた指先の向こうに見える人々に艶やかと微笑む。
 彼らは混乱しているだけだと願い、これで元に戻ることを祈りながら、織羽の可憐な唇は歌を紡ぎ出した。
 森中に響き渡れと想いを込めて歌われる清らかなる安らぎの唄は、それを聴く狂気の人々を暴徒化させたのだった。



…※…




 貴族の護衛。よくまぁ、シンなんかが依頼受けれましたね。
 というティアメル・エルンストの視線が向けられる前から、格闘家の出で立ちである飛鷹 シンは魔導騎士達に混ざる自分に場違い(アウェー)感を抱いていた。気まずさはないものの変な目で見られるよりはと二つある選択肢の内、巡邏(じゅんら)を選んだのだが、パトロール中擦れ違う知り合い達に片手で返し合う挨拶を交わす気楽さに、これはこれで間違ってはいなさそうだと改めてシンは思う。あんまり貴族ってのは得意じゃねぇんだよなと、木々の向こうで猟犬の吠え声を耳にして両肩を竦めた。
「ほら行くぞ」
 打ち合わせの時に姿を見ていたので出会うかなと思っていた羊に気安く呼び止められたシンは小柄な彼と二言三言言葉を交わしてから、ティアメルに声をかける。さり気ない視線で羊のまわりを潰さと眺めていたティアメルは水色の瞳を鷹揚と瞬かせて背筋を伸ばした。
 次はこっちだと行き先を指差すシンにティアメルはそちらに爪先を向けた。せめて彼の姿を見て、無事であるかでも知りたかったが立ち話の話題に出すには気が引ける。
 そもそもこんな時に羊に付きそう彼の事を考えてしまう自分に戸惑ってしまうのだ。いいや駄目だと首を横に振れば振るだけ気になって頭から離れない。ただ、羊がこうやって単独自由に行動しているということは彼も万全な体制でサポートしているのだろうと予測は立つので、未だ姿を探そうとしている自分を宥めて、ようやくティアメルは前を見た。シンとふたりで羊に別れに手を振る。
 そんな何も起こらない平穏は、制止の手をあげるシンのサインで終わりを告げた。
 シンとは反対側を警戒していたティアメルは結界魔法を、指印を切って発動展開させた。
 下草を踏み荒らし出現する人々の異常さは一目でわかるほどにもはっきりとしていて、それ故に、殺気立つ彼らがただの人間であることを際立たせている。
 ああ、これは、とティアメルは胸中で呻いた。
 なにがしかの理由があるのだろうと伺える襲撃は、シンという地球人を側で見続けたティアメルに憂いをもたらす状況であった。特に最近は誰も彼をも救おうと差し伸べる自分の手の数さえ忘れてしまったかのようなシンの身の振り様に彼女は危機感を感じ取っている。
「……シン」
 見るからに数が多いと囁くティアメルにシンは彼女にその場に留まるよう指示し、自分は前に出る。
 短い呼気にシンは強い拳は使えないと判断を下し、肩幅ほどに両足を広げ前後にずらす。腰を僅かに落とし、膝に幽かな負荷をかけた。集中し、体内に独自の力を練り上げるシンは全身の筋肉が程よい緊張に好感触だと緩く目を細める。この場に強敵は居なくても、相手にしなければいけない数が予想より多かった。
 力の逃げやすい柔らかな腐葉土を靴底でしっかりと捉えながら人波に急接近したシンは殺さぬよう彼らの急所に当て身を中心に打ち込み昏倒や転倒での無力化を図る。
 ティアメルが張った結界で凶器の直撃こそ免れても、いつまでもそれが続くわけでもなく、彼女が新たに空に描く錬成は地弾での援護射撃だった。大地を味方に襲撃者の足元を掬う支援を受けながら、シンは状況把握に視線を左右に走らせた。
 森には自分のような警護を担う者以外に、それ以上の使用人や小姓と大勢の″守られていない″非戦闘員が居るのだ。彼らがこの人混みに置き込まれていやいなしないかとシンは最悪な事態を案じていて、そして、そんな誰かの血が流れそうになる場面を目にして体が勝手に動くままに任せた。
 交差する両腕で受け止めた攻撃の重さにシンは襲撃者の本気に「容赦ねえなぁ」と思わず笑った。下がる手を掴み引き寄せて、鳩尾に一撃を入れた。胃液を吐き出して失神する相手を地面に転がしてから背後を見やる。
「大丈夫か?」
 投げかけた質問に青い顔ながらもこくこくと頷く使用人にシンはティアメルの方に行くよう顎をしゃくる。腰が抜ける前に早く動けと追いやってから正気を失った人々に向き直って、再開を知らせるように拳を打ち付け合わせた。
 戦闘スタイルは攻撃を全て受けたうえで、押し勝つもの。
 無理も無茶もする気はないが、背負ったものだけは押し通す。
 無血でこの状況を治めるという理想と、それを現実にさせるための我の強さ。
 たかが依頼のひとつ。けれど、やることはやる。
 要らぬ被害は出さないように。
 制圧の手を緩めないシンの耳に遠くから聞こえてくる歌声が届き、一層と人々が凶悪化したのはそのすぐの事だった。



…※…




 魔導騎士の多さが、大事に至らないだろうという気持ちを生む。だからと言っても仕事は仕事だ。久しぶりのアルテラということもあってか古城 偲は「真面目にやろう」と改めて気合を入れ直していた。
 ――のは、数時間前の事。
「……あっ。ほら! 心がけていて良かっただろ!」なんて、盾と剣を留め具から外して構える偲に、対するイクリマ・オーはと言うと、
「仕事じゃなきゃー、関わりたくねー」と、既に閉口気味だ。
 それもそのはず。殺意抱く人々に囲まれかけた為に退路確保に動く偲の支援にとイクリマがアーライルの喉で歌い上げた勇気の唄は特異者の能力を底上げするのと同時に、正気を失った襲撃者達がたちまちに豹変したのだ。
「凶悪化?」
「むしろ凶暴化さー」
 囲む形で包囲を縮められ飛びかかれてしまい、地上での退路を諦めた二人は樹上へと退避する。互いの額を突き合わせるように悪化した状況を言葉短く報告を交わし把握すると偲は地上に飛び降りて戻り、イクリマは木々を伝って別行動を取った。
 音も静かに茂みに滑り込んだ偲は真横を通る男性に見つからないよう息を殺し、過ぎるのを待って茂みから身を離すと体を低めたまま移動を開始する。
 遭遇時よりも元気に刃物を振り回す御一行様に、妻から贈られた緑色の草原のケープの保護色に助けられながら接近する偲は、タイミングを掴んで凶暴化した人々の群れに死角の藪より飛び出し飛び込んだ。
 人数が多いと苦く思ったのは、身軽さと取り回しの良さを重視し選んだエルヴンシールドとレイピアとがその利点を最大限に発揮し、そしてそれ故の欠点が徐々に現れ振るう腕に偲が重さを感じた頃だった。
 奇襲には備えていたのに対処が遅れたのも同じ理由。
 払う動作で刃物を巻き上げていく偲は静止を許されない状況に置かれていた。足を止めたら最後数の多さに圧倒されてしまう。
 抵抗しなければ危害は加えないという声かけは最初の時点で試みて失敗に終わっていた。威嚇にも何も怯みもしない、凶悪に吊り上がった彼らの目を見て、再度試みようという気持ちは、沈黙をともなう無力化にて安全確保を第一優先にすると割り切った。
「コジョー!」
 樹上より周囲で仲間が居ないか助けの手が必要にはなっていないかを確認戻ってきたイクリマは地表に降りると聖域を展開し、偲と人々の間に不可侵の領域を割り込ませ、束の間の休息を作る。レイピアを一度振るい、暴動鎮圧に流れる汗を拭う時間すら惜しいと偲はイクリマに再度聖域の展開を頼む。
 イクリマと共にこの場の全員を取り押さえるのに成功した偲は一度武具を金具に留め直し、手持ちに不備がないか一目で確認を終わらせた。
「走るよッ」
 戦場と化したのはここだけではないようで、偲は振り向きもせずイクリマへと叫び、走り出すのだった。

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