三千界のアバター

他意無き貴族の遊び

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他意無き貴族の遊び
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 真夏が過ぎ、風が涼しくなった。
 深緑を過ぎ肥え始めるコルリスの森は、動物達が増えた仔等の為の餌を求め活動的になり一層と賑やかになっている。森は遠目でも野鳥の影が飛び交い、一歩足を踏み入れれば、人間を恐れ身を隠す小動物が腐葉土の上に足跡を刻み、大型動物もあちこちに痕跡を残しているのを目にするだろう。
 空は快晴、地面は二日前に降った雨で湿っているものの余分な水は抜けきっている。絶好の狩猟日和に本日の鹿狩りを主催するジアン家現当主は漉き整った自分の顎髭を摩りながら上機嫌に頷いた。



【主題】 他意無き貴族の遊び



「鹿狩りだー! 全力で楽しむしかなーーーーーいッ!」
 しかだけに。
 深緑特有の優しい空気を肺いっぱいに吸い込んだ天津 恭司は、これから行われる狩猟への期待を表すように両腕を大ぶりに動かした。セリアンアバターの体は森の気配を充分と堪能し、肌はそこかしこから向けられる小さな警戒の視線のチクチクとした刺激を受けてくすぐったさを覚える。
 折角の鹿狩りなのだからと宣言通り全力で楽しむつもりではある恭司ではあったが、鞘に収められたエルフの短剣と貸し出された弓を手にした彼の足は自然と集団から遠のくように避けるように離れた。
 いくら屋外での狩猟といってもそれが貴族の催事となれば表舞台が派手で綺羅びやかになるのは当然の事だった。そういう華やかさに圧倒され、中心に立つには自分では浮いてしまうのではという心配が総じて「似合わないな」と自分を評価してしまう。立ち並ぶ貴族方の人達を横目に恭司は各々の主人を活躍させんが為にせっせと働く従者達に混じって裏方へと姿を消した。

 令嬢の嗜みは心得ていると気品溢れた微笑を淡い色の唇に乗せる山内 リンドウが紳士淑女に恭しく膝を曲げ次から次へと挨拶を通していく。
「君、それは……」
 そうしているとリンドウが手土産として携えている品物に興味を持つ者が現れた。
「ええ、先日縁合って手に入りましたの」
 リンドウが持ち込んだのは高級果実酒その名も“森の微睡”。原材料に入手困難な果実が含まれており、アルテラの都市部の酒場でレア物と呼ばれる高級酒に分類される品。値段が高くとも機会があれば庶民も楽しめるものではあるが、珍しい酒種であることには変わらない。貴族の興味を惹くことが出来て、馬に乗ったまま質問を投げかけてくるナタン・ジアンにリンドウは優美なカテーシーで応えた。
「わたくしは飲めないので手土産としてお持ちいたしましたわ」
 景気づけにいかがでしょう。
 主催者の息子に声を掛けられたのは願ってもない。小姓に手渡され紳士達の間に新しく振る舞われる果実酒は談笑の声をますますと盛り上げる道具となった。
「ええ、わたくしは参加しませんの」
 見学かと問いかけるナタンにリンドウは頷く。
「弓矢というものはあまり得意ではないので……その、当たりませんの」
 内緒話をするように語調を落として囁くリンドウにナタンは「そうか」と同じように囁きの声を低めた。
「ならあまり前に出るなよ。アーライルの翼はコレクション性が高い」
 からかい混じりか本当なのか忠告してくるナタンに「怖い話ですわね」とリンドウは軽めに流す。魔導騎士を好んで侍らせるジアン卿の不興を買うと分かって、魔導騎士然(アバター)のリンドウをどうこうしようなどという不届きな考えを持つ輩はこの場には居ないのだ。

「ジアン様~」
 葛葉 祓の間延びした声に馬上のナタンはそちらに顔を向けた。
「呼ぶのは私か? それとも父上か?」
 聞かれた祓はナタンの遥か向こうに見える、貴族の人垣を作る中心人物に黒い目を向けた。ジアン姓が多いことと、あれだけの人々を掻き分けて主催者に近づくのは困難だと気づき、算盤を弾いた祓はサッとナタンへと自分の正面を直す。
「はじめまして、ジアン様。奇術師の葛葉祓と申します~。
 これ、よかったらどうぞ~」
 お近づきの印にとピロシキとコフィアを差し出す祓。
 さり気ない所作ながらご飯で釣ろう作戦を隠しもせず繰り出す祓の豪胆さにナタンが、こちらもご機嫌取りには慣れていると馬上より羊のセリアンへと視線を落とした。
「軽食か」
「はい~。お口に合えばいいのですが~」
 伸した手よりコフィアが離れていくのを見送る祓は「ジアン様」と気持ち前に身を乗り出した。
「僕と勝負しませんか~」
「私と?」と聞き返すナタンに祓は頷く。
「そうですよ、勝負です~。ずばり、どちらが多く鹿を狩れるか。それを競ってみませんか~?
 そして僕が勝てたらお屋敷で奇術を披露させて頂ければ嬉しいです~」
 悪くない条件でしょうと、身分も怪しい普段なら素気(すげ)無くあしらわれてしまうような取り引きを、敵愾心を煽るような形で取りなそうとする祓に、小柄な女なのに豪胆な上豪気なものよとナタンはこれを承諾した。片手で小姓のひとりを呼び寄せる。
「記録係だ。連れ歩け」
 挨拶に礼を尽くす小姓を従わせる祓はナタンの横で鹿狩り開始の合図を待った。

「今回は貴族さん達が集まるのかさー」
 スケッチブックを抱えるリズ・ロビィは手綱を捌き馬で移動する紳士達を遠目に眺めていた。
 見知らぬ彼らに混ざる知っている顔を見つけて小さく声を漏らす。そして気づけば駆け出していた。
「あー……、リズ、だったっけ?」
 走り寄った自分の名前を呼ぶリゲイト・バリスにリズは緑色の目を瞬かせる。
「義姉上の写生会に来てただろ? それに他にも……いろいろあったからね」
 青年の声には複雑さが滲んでいた。庶民領民のひとりとして終わらず忘れずにいてくれたリゲイトに、彼とどんな接点を持ち出して思い出してもらおうかと考えていたリズは知らずスケッチブックを支える腕に力を入れた。
「君も鹿狩りに?」
 イベントに参加するような格好ではないのを指摘されてリズは自分の手荷物を軽く挙げてリゲイトに示す。
「みんなの狩りの記念を一枚でも描けたらと思って」
 画家志望としての腕を活かしたく参上したと語るリズにリゲイトは笑った。
「絵を、ね。けど、君の目はそんな事は言っていないみたいだよ」
「あたし……――」
「いい。馬を」
 リズを遮ってリゲイトが部下の一人を手招く。どうしたのだろうと不思議に思うリズの横で部下のひとりを乗せた一頭の馬が止まった。
「終わりまで鹿を追い続けることになる。絵を描くのなら共に移動しよう」
 リゲイトと直接の接点を持たないリズは噂好きな貴族の目が多さにどう不要なスキャンダルを招かずに済むか思索していただけにリゲイト本人からの申し出は有り難いものだった。二つ返事でリズは彼の部下の馬に助けを借りながら乗り上がる。同じ馬に乗るよりはこの距離感のが自然に近い。放たれる犬の鳴き声を聞き、いつ本題を切り出せばいいのかとリズはリゲイトの背中を眺めて口を結ぶ。

 ジアン卿の指示により猟犬が放たれた。
 号令を受けた犬達は訓練通り先駆けと待機との二グループに分かれ柔らかい腐葉土の上を駆ける。
 先行するグループの獲物発見の吠え声を合図に待機していたグループが獲物の囲い込みに動き出した。
 同時にそれが鹿狩り開始の知らせでもあった。
 参加者が皆馬や徒歩で各々と拠点から出発していく。
「ここら辺か」
「ありがとうございます」
 津久見 弥恵が、体の線を顕にまた惑わすムーンライトのような舞衣の裾をひらめかせて軽やかに馬から降りた。
 到底狩りには不向きな格好で猟犬にぼわれてこちらに向かってきた鹿目指し地面を蹴った弥恵に、相乗りで彼女をここまで連れてきた若い紳士は思わず感嘆の息を漏らす。
 リズムを刻むステップは繊麗にして絢爛。野生動物すら魅了しようというのか。健脚を誇る動物が前後を挟まれ逃道を求め動きを止めた。その一瞬を捉えた弥恵のダンシングエッジは獲物に肉薄し、爪先に履くミルヒシュトラーゼが魔力の軌跡を弧に描き出し残滓が星屑に似た煌めきが大気に散って解ける。
 一撃のヒットに沈んだ小柄な牝鹿に若い紳士は拍手を贈り、弥恵は礼でもってそれに応えた。

 紳士の社交場である狩猟に付き合う淑女や婦人は多くはないが、見学可能となればお目当ての活躍見たさに多くの小姓を引き連れて参じる女性は少なくない。
 そしてそんな彼女達は多分に漏れずミーハー気質で、新しい玩具を発見したら愛でずにはいられないのだ。
「ねぇねぇ、お名前はなんておっしゃるの?」
「所属はどちらに? 雇い主はどの方?」
 清潔感溢れる男前で身分が下となれば年下好きの婦人方の押しは強い。警護の依頼ではなく参加者側と知れば是非とも接触したいと、黄色い嬌声が小鳥の囀りにも勝る様。。
 鹿狩りそっちのけ。淑女達に囲まれままならない青井 竜一は通りかかる馬と手綱を持つ相手に助けを求めた。
 その姿が余程困っているように目に映ったらしく、ナタンが手振りで淑女達に下がるよう命じてくれて竜一は質問攻めから解放された。
「魔導騎士なら、こういう場も経験すべきだろうと来てみたが。たまたまコツを掴んで運良く魔導騎士になれたという者には、あなたのお父上の側は肩身が狭くてね」
 そして離れてみれば別の集団に巻き込まれ体質ゆえにか取り巻かれてしまい助けてもらっては面目も立たないと竜一は弱く笑う。
「あなたの側の方が、落ち着けそうだ」そんな竜一の言葉を追従と受け取ったナタンは、ついと動かした視線で注意を促す。
「ナイフだけか?」
 自前のグレイスナイフの事を問われて竜一は頷いた。するとナタンが「弓矢を」と後方の荷物持ちを呼びつける。
 招待客用と用意された中から持ち出された弓と矢を受け取った竜一は、それが一級品であることに思わずナタンへと目を向ける。
「この催しの主役は主に二人だ。私の父と、そして招かれた者者全員だ。目利きに品定めされるほど粗末な物は用意していない」
 言い終わば手綱を打ち鳴らされナタンを乗せた馬が歩き出したので竜一は遅れてはいけないと慌てる。

「魔導騎士? いやいやただの狩人で」
 両掌を交差するように忙しく左右と顔の前で否定に振るキョウ・イアハートは、こう疑いをかけられるのは魔導騎士アバターのせいだなと推測をたてて、疑惑の眼差しに自分の長いエルフ耳を見ろと言わんばかりに指し示した。
「へえ、そうでさ。
 ちとウェンディールのエルフたちと既知の仲だもんで、弓の扱いにゃ慣れてるもんでしてね」
 この砕けた口調もできれば勘弁願いたい。なんせ出は田舎、躾なんてあったものではない。そんな理由で、貴族の集まりに馴染まず、むしろ浮いてしまう演技に説得力を持たせるキョウは、
「せっかくこの場にお招きいただけたもんで、一つ無礼を承知で鹿狩りに参加させてもらいますさ」
 持ち込んだロングボウの表面を撫でた。
 ただのロングボウだ。年季の入ったしっくりと手に馴染む感触。それは道具として最良の持ち味を有している証。翠光の弓矢だとか青氷の十字弓なぞを引っ張り出して警戒されるのも面倒だというのも理由の一つではある。
 トラブルを避ける為に低頭の姿勢を心がけながら、キョウは紳士の注意が逸れるのを見計らって左右へと視線を散らした。
 へぇ、と内心で感嘆を漏らす。
 随分と特異者の魔導騎士が多い。顔ぶれは、例え後手に回ろうがトラブルに対し卒なく対処できるだろうと安全保障の確約を得られそうな者達ばかり。これならば貴族の首に刃が届くことはないだろう。
 が、
 どこにキナ臭い話が潜んでいるのか知れたものではない。
 貴族達の話の実に他愛ない世間話のひとつも聞き逃がせないと演技に目的を隠してキョウは彼らの集団に紛れ込んだ。

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