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セクターE、夏の夜

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セクターE、夏の夜
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1、夏祭りの始まり


セクターE。
ここはー……勝者と敗者がその差別無く行き交う、十字街。

そしてこの日はついに、サイガの命により発起された、夏祭りと思しきイベントが開催される、その当日。
時刻は、夏祭り開始数時間前ー……

「何とか形になってきたみたい…良かった、これならサイガ様もきっと納得して下さるわ」

主催者であるコガネは、会場の様子を眺めて胸を撫で下ろした。
準備はいよいよ大詰めを迎え、サイガが提示した『日本の夏祭り』の風景によく似た舞台が整っている。

「コガネさん」
不意に声を掛けられ振り向くと、そこに立っていたのはルキナ・クレマティス
「依頼を受けた者です。よろしくお願いします」
「ご丁寧に……こちらこそ、どうぞよろしくお願いします」
丁寧にお辞儀をするルキナに、コガネも深々と頭を下げる。
「コガネさん、準備をするにあたり…広い場所を借りたいのですが」
「広い場所、ですか。ええと……」
ルキナの申し出に、コガネは周囲を見渡す。
「どの程度の規模か分からないけど……あの辺りでどうかしら?」
そう言って指したのは、祭り会場の入り口付近の開けた場所。
ルキナは満足そうに頷いた。
「そこなら、入り口近く人目にも付く……うってつけの場所です」
「そうですか! それなら良かった」
「それからもうひとつコガネさんに頼みが」
「え?」
「氷像のモデルになってはもらえませんか」
「も、モデル!? 私が!?」
「はい。今回の製作物には女性のモデルがいると、より作業がしやすいのですが」
「女性のモデルなら、スタイルの良いアカネの方が適任ではないかしら? 私なんかでは……」
自信無さげに眉を寄せるコガネ。
戸惑ってはいるが、嫌がってはいない、と判断したルキナがもう一押しすると、コガネは「わかりました」と、その首をようやく縦に振った。
「ありがとうございます」
無事にモデルをゲットしたルキナは、早速設置予定の場所に立つ。
「さて、始めるか」
そう言って発動させたのは【アイシクルドロップ】。
出現した氷柱を利用し、【マインドリセット】で自信の集中力を切らさぬようコントロールしながら慣れた手つきで氷塊を削り出していく。
その手際の良さには、モデルのコガネも目を見張る。
果たして、どのような物が出来上がるのだろうか……


作業すること、およそ数時間。
夏祭り開始まであと……一時間足らず。

恐るべき集中力で作業を続けていたルキナが手を止めた。
「こんな感じで如何でしょうか?」
どうやら氷像が完成したようだ。
コガネはルキナの作品を見上げて感嘆のため息を吐いた。
「見事ね……この獣人には、何か意味があるの?」
コガネは小首を傾げる。
ルキナがコガネをモデルに切り出した氷像は、巫女装束に身を包んだ九尾の狐獣人の女性。
それも、入り口を挟んで向かい合い、2体。
「日本の祭りの起源は殆ど豊作祈願や収穫祝いです。そして、日本神話で最も有名な豊作の神は、ウカノミタマ……所謂お稲荷様」
「おいなりさま?」
「狐の姿をした神なのです」
「なるほど……それで、狐の巫女なのね」
元々分析が得意なルキナの説明に、目を丸くして頷くコガネ。
「サイガ様が喜びそう……素晴らしいわ。ルキナさん、本当にありがとうございます!」
今にも飛び跳ねそうな満面の笑みを浮かべ、コガネはルキナに深々と頭を下げた。
「いえ、あとは私ものんびりと楽しませてもらいます」
ルキナはふぅ、と少し伸びをして、体を解す。
巨大狐獣人の巫女の氷像の周りには、同じく氷で作られた樹木の林も設置されており、雰囲気はバッチリだ。

「ほぉ、良いではないか……」
「サイガ様!」
感心した様子の言葉と共にサイガが現れた。
「氷像とな……考えたものだ。これなら熱い会場でもクールダウンが出来る」
「溶けて無くなってしまうのが惜しいですね」
残念そうなコガネの言葉に、サイガは少し笑みを浮かべた。
「いや、それも計算のうち……そうじゃな?」
サイガに問を投げられ、ルキナは静かに頷く。
「その通りです。溶けてしまえば、この場は元通り。片付けは不要です」
「……なるほど……!」
「して、会場の方は……こちらもなかなか良い出来じゃな」
祭り会場の中心に建てられた矢倉へと視線を移し、サイガが目を細めた。
ちょうど和太鼓を担いだ世良 潤也が登ろうとしている所だ。
「へへっ、やっぱり日本の夏祭りには、これがないとな!」
嬉しそうに言い、和太鼓を設置する。
この矢倉と和太鼓……どちらも、日本出身である潤也の提案により、コガネが高機能3Dプリンターで製作した物だが、強度、精度、ともにこだわり抜いて作られているため、参考となった日本の祭りの矢倉にも引けを取らない出来映えとなっている。
そしてその周りには……日本の祭りのスタイルを真似していると思われる、上半身裸の男が数人。
「これで会場全体に音を響かせて、お祭りを盛り上げようぜ!」
大きく『祭』と書かれたはっぴを身につけた潤也の呼び掛けに、男達が「おぉ!!」と勇ましい声を上げる。
どうやら、太鼓を叩くために集まった有志達であるらしい。
「兄貴! この和太鼓ってやつぁ、どう使うんで?」
コガネ達同様、日本の文化を知らない住人達にとっては、和太鼓も未知の楽器だ。
その形から、打楽器であることは推測出来ても、演奏風景が掴めないため、指導者となる潤也が頼りだ。
「和太鼓に大事なのは魂だ! 魂込めて……こうだ!!」
潤也は手にした撥を大きく振りかぶり、躊躇なく太鼓を打ち鳴らし始めた。
途端、会場は一気に祭りムードになりはじめる。
時計を見れば、夏祭り開始予定時刻ピッタリ。
潤也の太鼓が開始の合図となった。
祭りがどういうものか把握出来ていないセクターEの住人達さえも自然と祭り気分になる……どうやら潤也の演奏には、そんな大和魂が宿っているようだ。
そして潤也のパーカッションに合わせるようにして、会場に響いてきた、祭りらしい音楽。
一帯に広がる、伸びやかな歌声は、【清澄の唄声】。
そのよく通る声と共にやぐらの植に姿を表したのは……
華やかなひまわりがあしらわれた浴衣に身を包んだ、アリーチェ・ビブリオテカリオだ。
浴衣と言っても、その丈は膝上30センチ。
際どく裾を翻しながら、アリーチェが歌い舞うのは、『セクターE音頭』。
この日のために用意した、オリジナル楽曲だ。
潤也の軽快なリズムに、アリーチェの歌声が重なり、初めて聞く者にも楽しい印象を与える。

その歌声……もとい、アリーチェの美脚に引き寄せられるようにして、矢倉の下にはいつの間にか人だかりができはじめていた。
アリーチェはその人だかりに向かい、びしっと人差し指を立てた。
「さあ、見てるだけじゃなくて、みんなも一緒に踊るわよ!」
言いながらも、ステップは止めない。
集まった参加者達のうち何人かが、アリーチェの動きを真似て、不恰好ながらも踊り始めた。

「簡単そうに見えるのに……意外と難しいなぁ」
踊りながらそうごちる、浴衣姿のセクターEの少女。
すると……
「完璧を求める必要はありません。雰囲気は十分掴めてますわ」
背後から、柔らかい声が響いた。
少女が振り向くと、艶やかな【レイス 仙狐】の姿で【鍵守の振袖】に身を包んだ女性……松永 焔子 の姿があった。
「本当? こんな感じでいいの?」
少女が嬉しそうに尋ねると、焔子は微笑んで頷く。
「私も見本になるよう踊りますけど……大事なのは楽しむことです。ある程度は自由でいいと思いますわ」
【ゴッドアドバイス】でそう解くと、少女は力強く頷いた。
「ありがとう、祭りの神様!! 思いきり楽しみます!!」
「祭りの……神様?」
焔子ははた、と動きを止める。
そう、焔子の出で立ちは、九尾の狐の女性……つまり、ルキナが入り口に建てた、氷像によく似ている。
そのため、少女の目には、焔子の姿が祭の神様として写ったのだろう。
「これは予想外でしたわ……」
しかし、焔子を神様だと思ったのは少女だけではなかった。
「もしかして、あなたが、本物の『おいなりさま』!?」
焔子の姿を見つけたコガネが、息を切らせて近づいてきた。
「なんて美しい……私がモデルを務めたなんて、恐れ多い」
「コガネ様、落ち着いて下さいな。これは……コスプレですわ」
焔子の返答に、コガネは「あら」と顔を赤らめた。
焔子の尻尾や耳は自前の物だが、それを伝えれば話がこじれると判断した焔子は、全て「コスプレ」で通すつもりのようだ。
「先生、我々も踊るのならそういった格好すべきでしょうか?」
踊りの輪に入ろうか悩んでいたらしい青年が、ピシッと片手を挙げて焔子に質問を投げる。
焔子は、その青年だけでなく……踊ろうか悩んでいる人々皆に聞こえるよう、【意識至高系】の話術で朗らかに声を上げた。
「服装は拘らず……自由で構いませんわ」
踊りを見学していた数人が、安心した様子で踊りの輪に加わっていく。
だがまだ、踊ろうか迷っているらしい者も多く見られる。
「ほら、こうやって踊るのよ。あんたたちも、ちゃんと踊りなさいよね」
矢倉の上から、アリーチェが踊りながら声を掛けると、数人、また数人、と踊りの輪が徐々に広がり始めた。

潤也が率いる太鼓組の力強いリズムと、矢倉の上で軽やかに踊るアリーチェ。
そして参加者達に交じり、踊る焔子。
矢倉周辺は、すでに「日本の祭り」そのものの雰囲気を醸し出している。
踊るつもりの無かった参加者達も、その楽しそうなノリに釣られて輪に加わり始めているようだ。

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