【2】
夕闇が少しずつ夜の暗さに変わり、虫の鳴き声と川の流れの音がより一層はっきりと聞こえるようになってきた。
燈音 春奈は
燈音 了からもらった【紅のブローチ】と【結婚指輪】を身に着け、届きそうで届かない夜の空に向かって手を伸ばす。
「辺り一帯が全部真っ暗だと、星ってこんなにはっきり見えるんだね──」
了はというと、春奈からもらった【蒼のブローチ】と【白虎のペンダント】を胸に光らせ、星を掴んだ振りをしながら同じく空を見上げていた。
【結婚指輪】も、紐で首からかけて今はネックレスとして愛用している。
「ねえ、せっかくだし……天体観測の場所まで手繋いで行かない?」
「えぇ、もちろんいいですよ。夜道ですから気を付けていきましょう」
「人前だと……嫌なのかなって思って──」
「まさか。──この手は、何があっても離しませんよ?」
「わ、私だって、嫌って言われても離さないよ……!」
指と指を互いに絡み合わせ、しっかりとつながれた了の手を春奈は強く握り返す。
いつも同じはずの了との距離感は、今夜に限ってとても近しく感じられる。
森の中をしばらく進んで行くと、大きな岩の前に何かうずくまっているようなものが見えた。
「何だろ?」
2人が近づいていくと、白い服を着た女の子が泣きながらしゃがみこんでいた。
天体観測に行く途中、道にでも迷ったのだろうか。
「一緒に行きましょうか」
了が声をかけても、女の子はただ泣いているだけで何も反応しない。
「ねぇ……」
春奈がそっと近づいた瞬間、急に腕をつかまれる。
体温を感じないその冷たさに、春奈は一瞬ぞっとした。
「──もう……逃がさないぃ──」
「春奈離せ……!!」
眼鏡を外した了が女の子を春奈からひきはがそうとすると、ゾンビのような表情が下から覗き込むようにこちらを見上げた。
「……メ、メロディア……?」
「……」
「いや──なんていうかけっこう鬼気迫ってたよ」
「んもぉぉぉぉ、こんなに早くばれちゃったら意味ないよぉぉぉ!!」
──星が最もよく見える小高い場所には、特異者や一条勇人たちの姿も見えた。
すぐ近くに、ピュータもいる。
「ピュータがいれば屋外プラネタリウムのリアル版って感じよね」
「星の事なら何でもキイてください!」
春奈がピュータをなでてやると、ピュータは得意げに応えてくれた。
「ねぇねぇ、あの辺りの星って、何か名前とかあるのかな?」
「あれはデネブです! 一等星の中でも白色超巨星であるデネブは、とても強い光を放ち、光度は太陽のおよそ5,500倍にも相当します」
「何か逸話があったりしますか?」
了の質問に頷くピュータ。
ピュータによると、ブランクでも地球と似た要領で星座らしきものが見られるとのこと。
……もっともどこまでが本当かはわからないが。
ブランクは地球よりも明かりが少なく、かえってそれが好条件となり、天体観測には大いに期待できるということだった。
運が良ければ、1時間あたり50から60個もの星が見える可能性があるとピュータは言う。
「了──ブランクで、まさかこんなきれいな星が見える日が来るなんて……思わなかった……」
「本当にそうですね」
空から零れ落ちて来そうなほどの星々。
一つ一つに命が宿っているかのごとく、強く煌めき、そして目に焼き付く。
「もーあんなに早くばれちゃうなんて……でもまぁ了くんが本気モードになりそうだったし……」
白い布のようなものを羽織り、ぶつぶつと言っているのはメロディアだった。
「メロディア。──その、ちょっといきなり変な質問なんだけど……最近、幸せ?」
「んんん、春奈の方こそ、めっちゃ幸せなんじゃないのー?? 私のことなら心配いらないよ! ありがと」
「そっか。変な事聞いてごめんね? それだけ!」
メロディアの表情を見れば、どんな毎日を送っているのか容易に想像できる春奈だった。
きもだめしは成功だったよと告げると、メロディアはうれしそうにはにかんだ。