【1-1】
ブランクの南東にある森の中では、虫の鳴き声と水のせせらぎの音が涼しい風に乗って川下まで聞こえていた。
それをかき消すような勢いで子供たちの賑やかな笑い声が湧き起こる。
「わっ、つめたっっ」
カレーに入れる野菜を川の水で洗っていた
草薙 コロナは男の子から不意に水をかけられ、思わず目をぱちくりさせた。
「もぉ~、遊んでないでちゃっちゃと野菜を洗ってしまうですよーー! このままじゃいつまでたっても終わらないですよぉ」
そう言いつつ、コロナは男の子に水をかけ返したりしている。
「コロナ、そっちが終わったら米の火加減を見てくれーー」
今度は、野菜を受け取りに来た
草薙 大和にコロナが飛ばした水が思いっきり降りかかる。
「あ……や、大和さんごめんなさいです……」
大和はフッと笑うと、コロナたちが洗った野菜を受け取る。
【サバイバルセンス】でざっと選り分けたところ、食べられそうにないものは今のところなさそうだ。
「……地球の学校行事で参加したキャンプを思い出すな。キャンプは、楽しくないと意味がない」
「はぇ? 大和さん、地球でもこういうキャンプしたことあるですか?」
びしょびしょになってしまった大和とコロナは、顔を見合わせて思わずプッと吹き出したのだった。
「ねーねーおにーちゃん、これもカレーに入れていい?」
女の子から色鮮やかなキノコを手渡され、大和は【目利き】を使って安全かどうかを見極めようとした。
「これは……」
ファンシーな見た目に反して、非常に毒性の強いキノコ。
口にすればたちまち嘔吐や幻覚に見舞われ、体の小さい子供たちであれば命を落としてしまう危険性をはらむ。
大和をひたむきに見つめる女の子を前に、「これは食べられない」と却下することはできなかった。
「塩漬けにすれば、このキノコはもっとおいしく食べられる。手伝ってくれるか?」
「うんっ!」
このキノコの毒成分は、毒であると同時に強烈な旨味成分でもある。
塩漬けにすることで毒成分の多くが流出し、わずかに残った旨味成分だけでも十分おいしく食べることができる。
「大和さん、さすがです」
咄嗟の判断を見ていたコロナは、大和に近づき子供たちには聞こえないよう小声でささやいた。
「キャンプはどんなハプニングも、楽しんだ者勝ちだ」
大和は【野外調理】で子供たちやコロナとカレーを作るかたわら、キノコの塩漬けにも手を抜かなかった。
以前、火にかけすぎたごはんが炭のようになってしまい、カレーのルーだけをすすって食べたこと。
雨の中、水と虫を避けながらテントで眠ったことなど、子供たちは目を輝かせて大和の話に聞き入っていた。
「大和さん、辛さはこのくらいでいいです?」
お玉にほんに少しすくった熱々のカレーをコロナが大和に食べさせようとするが、子供たちに食べられてしまい、
2人は苦笑せざるを得なかった。
子供たちと手分けして作った甘めのカレーはゴロゴロした野菜がアクセントとなり、少し硬めに炊いたごはんととても相性がよかった。
付け合わせには、キノコの塩漬け。
カレーのおかわりをする子供たちが後を絶たない。
そろそろ鍋の底が見え始めた頃、ふと気がつくと、いつの間にか辺りはすっかり暗くなっていた。
キャンプファイヤーの炎、そしてひんやりとした森の空気がとても心地良い。
「おねーちゃんおにーちゃん、見てーーー!! 星!! あんないっぱいあるよ!!」
子供たちに手を引かれ、木々の間から垣間見える夜空を見上げるコロナ。
森の中が澄み切っているためか、星はとてもはっきりと見え、手を伸ばせばすぐ届くような距離にさえ感じられる。
「あれは何座ですかねーー? んーーーと、えーーーっと」
コロナが夢中になって星座を探していると、背後で大和が咳払いをする。
「……ん?」
大和は照れたような表情で、子供たちには見えないよう、空を見上げたままコロナの左手をそっと掴んだ。
「もっと星がきれいに見えるとこ、行くです?」
大和とコロナが見ている星座は同じものだ。
いつか二人がお互いに離れた場所へ赴くことになった時でも、あの星座の形を覚えておけば、同じ空を見上げることで
同じ瞬間を共有することができる。
「あの星座。ちゃんと覚えておくです。この目に、しっかり焼き付けておくですよ。そうすれば、どこにいても……」
「……ああ。僕たちはつながっていられる。……ずっと、ずーっとな」
一緒に見上げる夜空は、広く、遠く、美しく果てしない。
それぞれに思いを馳せながら、大和とコロナは強く手を握り合った。