三千界のアバター

穢れの人形師

リアクション公開中!

穢れの人形師
リアクション
1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7  Next Last

- 商人と人形 -

 今日の奈張は、にわかに活気づいていた。
 その中心となっているのはやはり市。中でも今、大いに注目を浴びていたのは、5人の売り子が呼びこみをする露店であったろう。

「見てください、この素朴な味わいを」
 売り子のひとりが茶碗を手に取って、四方からそれを眺めてみせた。その後、再び茶碗を置いたなら、何やら意味ありげに頷いている。
 ラヴィニア・クロウフォードが目利きかと問われれば、人々の目には、到底そうだとは映りそうもない。そればかりか彼女だけでなく、ヒルデガルド・ハルバースタムサーシャ・クロウフォードステラ・ブルーノミレイユ・ラティモアの誰もが、ゆき交う大和の人々から見れば、奇天烈をとおり越して異質の類だ……少なくとも、大和の人々にとって見なれた格好はしてなかった。
 けれども、商人は強かだった。
「どちらのお方かは知れへんけど、そちらのお国では余程価値あるものなのでしょうなぁ!」
 二束三文の安物であっても、客人(マレビト)がそれを求めたならば価値が出る。強欲商人の分厚い面の皮の下では、すでにそんな算段がついている。
(姿かたちこそ妙ちくりんやけれど、人目は集めるわ、商品の値はつり上げてもろたわ、有難い限りやなぁ。
 せやかて、こないな妙ちくりんに居座られすぎてもお客が寄りつかへんさかい。……ここは姐さんのお望みどおり、人形をおひとつ差しあげて、他のお店には寄らずに帰っていただくことにしましょ。どうせ、元手は運び賃程度しかかかっとらへんのや)
 にやり、と心の奥底でほくそ笑む商人。それから仕入れた人形たちがいかに素晴らしいものか、困難の末に得たものかを人々の前で大演説し、庶民から見れば目のとび出る値段が、いかに“格安”かと力説する。
「さぁ、買った、買ったぁ! お遠くからのお姐ちゃん方も頷いた、紛れもない見事な一品でっせ!」

 が……どうして、それらを売らせてよいものか?
「なんと禍々しい穢れ……尋常のものではありませんね」
「うん……あれは、良くない……」
 小声で囁くのは旅の僧兵と巫女。互いに頷きあう小山田 小太郎八代 優は、しばし商人の様子を窺ってみる。
 ヒルデガルドが人形を受けとって去った後、遠巻きにしていた人々も商人に近づいて、様々な商品を見はじめていた。しかし、彼らの視線が人形へと向けられた途端……馬鹿高い値段に手が届くわけもなく、彼らは関係のないものだけを買って去ってゆく。お蔭で被害が広がずに済んでいることだけは、商人の強欲さに感謝であろう。

 そんな人だかりも次第にはけた頃、2人が示しあわせたかのように左右に一歩分かれれば、間より編笠の、大胆ながら上品な装束の黒巫女が進み出た。彼女――時坂 月詠は2人に目配せし、さらに少し離れた露店で草餅を齧りながら辺りの様子を窺うユキノ・北河とも視線を交わしあう。傍目にはただの町娘のようにしか見えぬユキノが眺めていた限りにおいては……今のところ、人形の瘴気に惹かれた輩も、それを操らんと目論む輩も、現れた様子は見られない。
 無論、だからといって全く安心できるとも限らないのだが。
 だとしても、万が一の場合はユキノに背中を預ければいい。ラヴィニアが褒めていた茶碗を買った客の女を見送ったばかりの商人へ、腰の野太刀をぶらつかせながら声をかけた月詠。商人はすぐさまふり向き言葉を返す。
「まいどおおきに、お巫女はん。何かお気に召したもんでも見つけはりましたか?」
「そうやなぁ……これは見事なお人形はんどすなぁ?」
「こりゃお目が高い! 京のお巫女はんはやっぱりちゃいますな」
 商人は、調子よく両手を揉んでいた。彼の態度が単に支払いを期待してのことか、それとも刀捌きに都合いいように装束の布を省いた月詠の色気に誘われたのかまでは、ニコニコしたままの表情の下に隠れて判らない……ただ、彼が彼女を上客と見なしたことは、おそらく疑いようもない。
「あ、僕の京言葉でわかります? 元は京の出なんやけどなぁ……京でもこないに綺麗なお人形はんは見かけんかったわぁ。眼福眼福やわ~♪ ……見せてもろてもええどす?」
 そんな月詠の問いに対しても、商人はもちろんでっせと平身低頭した。
「さぁさ、よく見える中のほうに……ほれ、お連れのお坊はんもお巫女はんも。ただ……あんましべたべた触ることだけは、どうか堪忍でお願いします」
「はいはい。それくらいは判っておりますよ。……ほっほう、これは」
 ……そう答えた声は、小太郎と優、どちらとも違うものだった。店の中に入りこんできた宗十郎頭巾の人物を、慌ててひき止めようとする商人。
「ちょいとちょいと。そないにお顔をお隠しになったまま入ってこられちゃあ敵いまへん!」
「あー、押しこみ強盗の類を心配してらっしゃるのでしたらご心配なく。私、ただのしがない戦神ですので」
「……ひぇっ」
 ウリエッタ・オルトワートがけろりと返したのに対し、商人に残されていた唯一の道は、真っ青な顔をしてひき下がることだけだ。
(世の中、長いものには巻かれろ、が長生きのコツや……鬼とも渡りあう言う噂の戦神さんを怒らせてしもたら、命が幾らあっても足らへんわ)

 そんな商人の胃痛などつゆ知らず。ウリエッタは親指と人差し指で天眼鏡を作り、人形のさまざまな部分を検めていった。
「やはりこれは、かの影雪斎の作品。しかし……むぅ、枯れた中に、今までの作になかった力強さが……」
「噂に聞く人形師の作ですか。そこに命があるような出来、慎に素晴らしい」
 心配そうな商人を安心させるため、小太郎も人形を褒めてやる。今、商人が最も恐れているのは……ウリエッタや小太郎たちが、人形に妙な難癖をつけやしないだろうか、という部分のはずなのだ。
 無論、だからといって方便を使うようなことはしなかった。いや、確かに名高い人形師だけあって、人形の造詣を褒める言葉に関しては、そもそも方便の必要すら生じない……。
「……良き持ち主にめぐり逢い、良き想いに触れてほしい……」
 優に、そんな願いを抱かせるほどに。

 そう。かくも生きているがごとき造詣であるがゆえ、人形は良き想いと触れねばならぬのだ。
 人の形をしたモノは、人自身がそうであるように、人の想いに影響すると言う。
「……だから……今のような瘴気でなく…暖かな霊力(オモイ)に触れて欲しいと思うよ……だって。
 ……作られたものに、罪はないから……」
「何やて?」
 商人が優に問い返したのと時を同じくし、人形たちはまるで苦しむように、ガタガタとその場で震えだす!
1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7  Next Last