三千界のアバター

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■ 信頼の伝言



 黄昏を迎える景色を自分の部屋の窓越しで眺める世良 潤也は、「そういえば」とそちらを視線を向けた。
 そちらとはアリーチェ・ビブリオテカリオの自室の方角である。
 潤也が彼女――アリーチェと出会ったのは、三千界の大世界の一つ『ゴダム』という名の地球に似た惑星を中心とする世界だった。
 そして彼女の出身世界でもあった。
 その世界は今窓の向こうに見えるような黄昏を迎えていて、邪神が支配する様は、その惨状は、惨憺なるものだった。
 瘴気が満ちて多くの人が邪神の眷族と言われるスポーンと称される異形と化し、人々を襲う悲劇ばかり繰り返されている世界。
 そんな過酷極まる環境の中、両親を亡くし一人でさびしそうにしている孤児の少女を潤也は出会って、そして放っておけなくて、自分から声を掛けた。どんな言葉を掛けたのかは今でもはっきりと覚えている。
 あの日から今日まで、気づけば彼女は潤也にとって妹のような存在となり、様々な世界を一緒に旅をするかけがえのない仲間となった。
 潤也が誘えば素直に頷けなくとも何だかんだと着いてくるアリーチェは、あの頃のような一人でさびしそうにしている孤児の少女ではない。
 振り返れば自分が歩んできた足跡が見えるようだ。
 すぐ隣りに少女の足跡も見えるようだ。

 あの日のあの出会い。
 思い返して、潤也は机の前に座り、



…※…




「お前が手を差し伸べられる相手を全力で守れ」



…※…




 それは、励ましだった。
 たった一言の、それだけで自分へは十分に伝わるエールだった。
 さびしげな少女に声を掛けつつも、彼女の為に何をしてあげればいいのかわからなかった過去の自分への、最大限のアドバイスであった。
 頑張れと。ただそれだけ。
 しっかり踏ん張れと、頑張れと、掴んだ手を離さないようにと、祈りさえ織り交ぜて、ただそれだけを一言に秘める。



…※…※…※…




 同時刻。
 潤也が思い馳せた視線の先。自分の部屋のベッドの上に座るアリーチェがいた。
 物心ついたときには既に両親を失い、天涯孤独の孤児として育ったアリーチェ。
 当時は兎にも角にも読書に没頭し、ひたすら寂しさを紛らわせていた日々を送っていて、明日への展望さえただ本を読むという色彩は一色だった。
 そんなアリーチェの人生の分岐点は間違いなく潤也との出会いだっただろう。
 彼との接触を通し特異者として覚醒を果たしたアリーチェにはそれからの毎日の全てが新鮮な経験ばかりとなったのだ。
 友達も増え、仲間もでき、毎日が賑やかで忙しく、寂しさを感じるようなことは無くなったと気づいた。
 初めてなのもあるし、何度と無く繰り返すものもあった。真新しく時に感動すらしたのは隣りにいつも潤也がいてくれたからだとアリーチェは、ひとりで過ごす時間の中、素直に認めた。
 表面に出せない感情はこういう時一入(ひとしお)と募る。
 ワールドホライゾンで一緒に暮らしているということもあってか、潤也のことは兄のように思っているし、尊重している。
 きっかけをくれた彼をアリーチェは信用し、信頼し、側にいることを心地よいと感じている。
 昔の自分では到底味わえなかった充足であった。
 机の前のアリーチェは、お気に入りの色と柄が印刷された便箋の真ん中に、ペン先を走らせた。
 言葉を残すのは、まだ潤也と出会ったばかりの自分に。



…※…




「あんたは幸せになるから大丈夫よ」



…※…




 たった一言だけの助言。
 まだ一人ぼっちだった頃の自分へと送る激励。

 寂しくてもいいの。
 でも独りに慣れないで。
 読書に費やしていた心は、未来ではこんなにも解放されているのだから。

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