三千界のアバター

東都慕情譚

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東都慕情譚
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- 護らんと -

 ギィン!
 男が燃えさかる太刀を振りきれば、弾かれた軍刀が天高く舞いあがる。
 すぐに、刃が地に刺さる鋭い音。片膝をつき、恐怖で目を丸くする護衛の瞳に、ぎらつく太刀使いの眼光が映りこんでいた。
「ケッ、華族の狗どもが、手間かけさせやがって……」
 鋭さを増す、太刀を握る男の眼。
 ここに、完全に雌雄は決す。もうじき彼も地に臥せて、哀れな異人はその命を刈りとられるのだろう……誰もがそう信じたその瞬間!

「あ……あそこです!」
「よくぞ伝えた少年!」
 突如、ひとつの咆哮が、下町の一角を支配した。何事かと野次馬たちが見まわせば、その頭上を跳びこえてゆく獣人の影。
 ハナと銃使いのひとりとの間に立ちはだかった弥久 ウォークスは、怒りに滾り、あたかも狼藉者どもへと無惨なる死を与えんがごとくであった。そして、その背にしがみついていた少年は……野次馬たちもよく知る雑貨屋の息子、正少年ではないか!
 一体、何が起こっているのだろうか? 互いに勝手な想像を交わしあうのは野次馬たちだけであり、襲撃者たちにとっては関係がない。邪魔が増えるのであれば、単に排除すればよいだけなのだからだ。
 改めて、男の太刀が燃えさかる。が……それを振り下ろさんとする男の体幹が、不意に捻じれるようにゆれ動き始めたではないか!
 それが如何なるマナの働きによるものか、異人たちの術に明るくない者たちとっては判らなかったろう。が……西洋の語句を知る者であれば、それが何者かによる妨害であることだけは察せたはずだ。
「サンクス!」
 そう誰かに呼びかけながら、再び野次馬の上空を越えていったのは、見なれぬ様式の鎧を身につけた、神々しく滑空する翼人だった。
 術の使い手であったラヴィニア・クロウフォードの方を見もせずに。ヒルデガルド・ハルバースタムが狙うは燃える太刀の男だけ。
 脇目も振らぬ突撃が男にもたらしたのは、一太刀に見えて三筋の斬撃の嵐。それを男は燃える刀で弾いたかと思えば、炎の勢いだけを逆にヒルダへと浴びせんとする!
「どこの誰だかは知らねぇが、ギアも使えねぇ異人ごときが人間サマに歯向かうたぁいい度胸だ! なぁ、そうだろ!」
 男が声をはり上げたのと同時……さらに、新たな炎の刀までヒルダを焼きつくさんとした。が……最初の男の炎の渦も、次の男の燃える斬撃も、あくまでも人間相手の技術にすぎぬ。
 異人――と男たちが認識した異界の天使の翼は、次の瞬間にはヒルダの体を、容易く上空へとひるがえさせていた。咄嗟に、無理やりその動きに合わせた2人めの男の剣も、舞いながら伸ばしたヒルダの剣に当たり、呆気なくその軌道を逸らされてゆく。
 ……とはいえ、そのまま戦い続けるつもりは、ヒルダには毛頭ないのだった。倒れたまま、帽子を取って耳を隠すことも忘れたままの異人女性――ただでさえあどけなさが残るハナの風貌は、その怯えた表情と相まって少女のように見えた――の元には、既にサーシャ・クロウフォードがたどり着いている……あとは彼女がハナを助け起こして逃がす後まで、ヒルダは敵を足止めしてひき離しておけばいい。たとえ異世界のアバター姿であったとしても、その程度もできぬつもりはヒルダにはない。
 どうやらサーシャの見たてでは、呆然としたまま当たりの様子を眺めてばかりのハナ自身は、怪我などしてはいないようだった。いまだ立てぬのはせいぜい、襲撃を受けたことによる一時的な精神的ショックにすぎないだろう。必ず、回復はしてくれる……それが、凶刃が彼女に迫る前のことであるという保障がないだけで。
 もっとも、その保障がないことが、目下のいちばんの課題であるのだが。
 どうしよう……そう思って顔を上げたサーシャから少し離れた場所に、戦いに赴くためウォークスに背から下ろされた少年の姿があった。
「キミ、この娘をお願い! 向こうの物陰に連れていって!」
 祈るように懇願するサーシャ。けれども同じく呆然としたままの少年は、異人の令嬢をじっと見おろしたままで、サーシャの言葉が耳に入った様子も見られない。

 このままではヒルダの感じた安堵も、ただの幻と終わりかねまい。
 それでも少年は焦がれた女性(ひと)の金色の瞳に射すくめられたかのように……その場に、じっと立ちつくすのだ。
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