三千界のアバター

ユーラメリカ

悩まし太まし……すい~つ☆ぱにっく

リアクション公開中!

悩まし太まし……すい~つ☆ぱにっく
リアクション
1 | 2 | 3 | 4 | 5  Next Last


その1:太った敵を退治したりするのだ!

 では、さっそくお話を始めよう。
 バレンタインシーズンにスイーツを奪って暴れる怪人たちが出現し、太ましい被害に遭ったという事件が起きていた。
 一部、恥ずかしい思いをする被害者もいるようだが隠しておくほどのことでも無く、すでに大勢が知っている。
 そんな訳で、事件解決に協力してくれる契約者たちはそれぞれが現場に急行していた。
 まずは、怪人たちと戦うシーンから見ていくことにする。

 ―― カップルのみならず、見境無く女の子を襲うなんて許せない。
 敵は、太らせる魔力を所構わず放つ邪悪なネオジェネレーション<Mr.D・B(みすたー・でー・ぶー)>だ。
 銀狐系ヒロインテレサ・ファルシエは、上空から敵に接近することにした。虹の繊維で織られた防具、<アルカンシエル・ド・クール>の効力で飛行状態になると、騒ぎの起こっている方角へと進路を取る。
 聞いたところによると、<Mr.D・B>も魔法で飛行可能らしい。気をつけなければならないのは、飛行状態で敵に背後を取られること。十分に警戒しながら敵の存在を探っていると、繁華街の一角から大きな邪気を感じ取ることが出来る。
 テレサは、程なく周囲を荒らしまわっている二人の怪人の姿を発見することが出来た。
 二つのゴリラ顔を持つミュータントは<ダブルゴリマンテ>なるミュータントだろう。こちらはテレサの標的と想定されていない。
「グオーォッ! 甘いモノをよこすゴリ!」
 バキバキバキ! ガララララッ!!
「うわぁぁっ、やめろ、何をする!?」
 ミュータントは甘い物を奪うためにあちらこちらを破壊して回っているが、別の契約者に対応してもらうしかない。屋台をめちゃくちゃにされている店員と客が心配だが……。
「気にするな。そっちのゴリラ退治はオレ達の仕事じゃない」
 テレサの背後から雨咲 時雨が追いついてきた。彼は<【サーヴァント防具・翼竜鎧】>の秘めたる能力で飛行を可能にしている。
 時雨にとって<ダブルゴリマンテ>のあまり興味の対象ではなかった。奴は知能の乏しいミュータントであり、半ば野生動物のような存在だ。現に甘い食べ物が欲しいという食欲のみによって活動しており、邪念は感じない。放っておいても誰かが相手をするだろう。
 テレサは少々心苦しそうに見送る。
「……ご、ごめんなさい。同時に対処できないのです……」
それよりもう一人、<ダブルゴリマンテ>の傍にいるスキンヘッドにピチピチのシャツと皮パンツを身に着けた太った醜い男が<Mr.D・B>に違いない。せめて、コイツだけでも確実に仕留めなければ……。
「ぐへへへ! 貴様らも甘い物を差し出しやがれ!」
「キャー!」
 偶然通りかかったカップルに謎の魔力を放つ<Mr.D・B>。彼女らも噂は聞いているらしく、太ましくなる攻撃をかわそうと逃げ惑う。
「そこまでですっ!」
 テレサは虹色に光る<プリズミックボウ>を用いて<鳴弦の儀>で不幸祓いをしながら、<Mr.D・B>に接近していた。
「人の想いを邪魔するのは良くないことです!」
<プリズミックボウ>を放つと、<Mr.D・B>に命中する。
「ぐっ……! 誰だ、貴様らはっ!?」
 敵の魔法防御力は結構高く、攻撃はさほどダメージを与えられていないようだ。テレサの存在に気付くと睨みつけながら、魔法で飛行しこちらに迫ってきた。
「……」
 時雨は無言だった。
<【夜】プリンセスタイム>を駆使し攻撃を避けながら敵に接近すると、<腐蝕の凶刃>を乗せた<ソウルインテーカー>で斬りつけダメージを与える。
「ぐふっ!?」
(……ん? 結構硬い……)
 時雨は手ごたえは感じたものの、敵はそれほど効いている様子には見えなかった。<腐蝕の凶刃>の毒を込みでも、だ。これだけで倒し得るのは難しいかもしれない。
 まあいい、元より簡単に終わってしまっては面白くない、と考えていたところだ。
「オレ様は、弱い奴をいたぶるのは好きだが、強い奴と戦うのは好きじゃないんだ!」
<Mr.D・B>は怒って叫んだ。即ち、二人とも遊ばずにすぐ殺す!
「……そうかい? 俺はアンタが本気出すまで遊んでやってもいいんだぜ。どうせ残り少ない命なんだ」
 時雨は笑みを浮かべながら、敵の攻撃魔法を巧みに防御しながら攻撃を繰り返す。
「……ちっ!」
<Mr.D・B>は時雨の執拗な攻撃に、距離を取り退避しようと飛行速度を上げた。それに遅れをとる時雨ではない。派手な空中戦が繰り広げられる。
 もちろん、テレサも黙って見ているわけではない。敵の周りをあちこちと飛び回りながら<プリズミックボウ>で牽制していく。
「貴様は太った狐にしてやるぜ」
<Mr.D・B>はテレサにも反撃してくる。意外にも動きが素早く、謎の魔力光線の射程距離もそこそこ長い。それに当たったら終わりだ。
 テレサが疲れるのが先か、敵の動きが鈍るのが先か、根競べだった。
「……っ」
 これはちょっと厳しいかも……、とテレサは表情を引き締めた。
 彼女が本気を出す合図だった。片目を瞑ると、<ウィンキング・ヴィクセン>を発動させて魔力を2倍に上げ、体を軽くし動作も2倍に早める。
「!?」
 テレサの変化に驚いた<Mr.D・B>が魔法攻撃を連打してくるが、どれも当たらなかった。
 後は、時間との勝負だ。テレサは<プリズミック・ボウ>を構えて隙をができるのを見計らいながら、矢を放っていく。
「ぐぬぬ……」
 彼女の攻撃に対処しきれなくなった<Mr.D・B>は、たまらず一旦体勢を整えるために、着地すると物陰に隠れようとする。
「鬼ごっこの次は隠れんぼか?」
 時雨は、敵に余裕を与えまいと、即座に迫った。
 と……。
「ど~~ん!」
 それを阻んだのは、レイリア・ゼノンの<光>★2の攻撃だった。不意をつかれた<Mr.D・B>はダメージを食らって地面に転がる。
「……なんだ!?」
 突然の闖入者に、時雨は渋い表情を作った。女たちが間に割って入ってきたのだ。
「邪魔だ、どけ」
「こいつはアタシたちが先に狙っていたんだけど?」
 レイリアは、テレサたちより先に<Mr.D・B>を倒すべく出撃していたのだが、幾分重々しい体型のため、現場への到着が遅れてしまったのだった。
「残念だったわね! 私が来たからには、アンタの攻撃なんかご褒美に過ぎないのよ!」
 ビシリ、とレイリアは<Mr.D・B>に宣言する。
 すでに良い身体のレイリアには太ましくなる攻撃など素敵能力でしかない。尤も、普通の女の子には気の毒だが。
「……」
 彼女らは同業者だ。モメても何の益もない。時雨はとりあえず様子を見ることにした。
「ひ、人を太らせるなんていけませんよ~。わたくし達で……な、なんとか止めてみせます~」
 ぜいぜい息を切らせながらのろのろと走って来たのはレイリアのパートナーのエレイン・ブリューゲルだった。豚耳カチューシャと尻尾を付けた彼女はレイリアによって大層太ましい体型になっていた。
「ううう~、戦闘は苦手なのです~」
 それでも健気に戦おうとするエイレン。
 ぽっちゃり肉体をゆっさゆっさしながら体当たり攻撃をしようとするものの、動きが鈍重で<Mr.D・B>にかわされてしまった。
「な、なんだ貴様らはっ!?」
 意外な援軍に、彼は思わず例の太ましくなる魔力をエレインにぶつけていた。
「あうう……、これ以上太ったら、わたくし……」
 更に体重を増したエレインはめそめそするしかない。
「ふふふ、無様ね」
 レイリアのセリフはエイレンにではなく、<Mr.D・B>に向けられたものだった。
「私たち全員、太らせる攻撃なんてなんともないわ! 悔しかったらもっと太らせてみなさい!」
「……」
 何だこの女は? <Mr.D・B>は胡乱げにレイリアを見た。一応、太ましくなる魔力をぶつけておく。ピピッ!
「あら、その程度なの? たいしたこと無いわね。この程度のお肉じゃ足りないわよ? もっともっと撃ってきなさい!」
 愉悦の表情のレイリア。
「冗談じゃない! あたしにこれ以上太れというのか!?」
 反論気味に戦列に加わってきたのは、同じくレイリアのパートナーのセシリー・ネヴィルだ。戦闘狂(笑)の彼女にとって、この程度の敵を滅殺することなど難しくないように思えた。……体重が、あと500キロほど軽ければ。
「くっ……、やるなあんた! このあたしをここまで追いつめるとは!?」
 セシリーは<Mr.D・B>ではなく、持っていた<ハンドレーザー>と格闘していた。弾ける寸前のぴっちりスーツを庇いながらハンドレーザーの引き金を引こうとしていたのだが、指が太すぎて引っかかっていたのだった。
「……うむ?」
 少しの間考えていた<Mr.D・B>は、セシリーに向かって炎の魔法を放っていた。肉の重さに遮られ、彼女はその攻撃をかわすことはできない。
「うわっ、熱っつつっ! 脂肪に燃え移る!?」
「こういう相手はとりあえず燃やすことにしている」
 根がひねくれ者の彼は、挑発されたからと言ってその通りの攻撃をするとは限らなかった。嫌がらせが趣味なのに、喜ばしてどうする。
 むしろ、相手の弱みに付け込んでいたぶるのが趣味なのだ。
「ぐはははっ、死ねぃ!」
「そうはいかない!」
 パートナーの校尉 典韋が、やっとの動きでセシリーを助け出していた。これ以上、太らされたり攻撃されたりしてたまるか、と腹肉を引きずる寸前でよたよたと攻撃を試みる。
「こ、こんなふざけた攻撃をするやつは…アタシ自慢の怪力で……っ!」
「……」
 典韋の攻撃はかわされていた。<Mr.D・B>は見かけによらず素早いデブなのだ。
「貴様らに構っているヒマはない。さらばだ!」
 次なる標的を求めて、<Mr.D・B>は再び飛行の魔法で舞い上がろうとして。
 ぼむっ!
 横合いから突如現れた肉塊に衝突して、もう一度地面に叩きつけられた。
「ぐあっ!」
「に、逃がさない、っ……! わ、私は誇り高きヴァルキュリア……な,何人たりとも、追いつけ、ない……俊足をみせて、あげる……」
 飛行速度が非常に遅いレナール・エストワールはようやくレイリアたちに追いついたのだ。<白鳥の衣★>で無理やり飛行を試みているが重すぎて不安定極まりない。
「よし、今の内に、反撃を……!」
 セシリーは復活していた。落とした武器を拾って、敵から食らった攻撃魔法のお返しだ。
「……くっそ、腹の肉が邪魔で、武器が拾えない……っ!!」
 じたばたしているうちに。
「身体が重過ぎて……もう、無理かも……」
 レナールは良く頑張った。ここまでやってこれただけでも上出来なのだ。自重に耐え切れなくなった彼女は、<Mr.D・B>の真上に墜落する。
 ぼむっ!
「むぎゃっ!!」
<Mr.D・B>は窒息するような悲鳴を上げた。
「セシリーもレナールも邪魔だからどけっ! 肉がひっかかる!」
 典韋は敵に止めを刺そうとセシリーとレナールを押しのけようとするも、そう言われて自由に動ける彼女らではない。
「ちょっと、待って……。もう、武器を拾えるところだから」
 セシリーの衣装の膨張は限界まで達していた。
「もう……服が、破れ……。ひゃうっ!」
 武器を拾えた。服と引き換えに! ようやくのことで手が届いたセシリーの服は、びりびりぱっつーん、と弾け飛んでいた。
「きゃっ!?」
 これはありえない一大事だった。セシリーにだって当然羞恥心はある。焦って露になった肌を隠そうとしてバタバタもがいているうちに、あろうことかすぐ傍にいた典韋の臍下の入れ墨を何度も触れてしまったのだ。ここをうかつに触ると典韋はさらに肥満化してしまうのだ。
「はぁ……はぁ……、う、うごけねぇ……」
 手足が地面に届かないレベルまで肥満化した典韋は、たまらずセシリーごと折り重なるように倒れこむ。
「あら、これはいいじゃない」
 偶然の成り行きとは言え、レイリアは半ば予想通りになってにんまりした。最初から、肉が増した全員の贅肉で敵を押しつぶすつもりだったのだ。
「攻撃はしたくないのに~」
 まごまごしていたエレインごと、レイリアは肉布団に飛び込んだ。
「みんなのお肉がぎゅうぎゅうになって、最高……!!」
 贅肉の感触を堪能してご満悦のレイリア。しばしそのままお楽しみの時間。
 ……で、一番下にいる<Mr.D・B>は……?
 
ドゴゴゴォォォォ!

 と耳をつんざく轟音と共に、レイリアたちは凄まじい爆風に包み込まれていた。一人で数百キロにもなろうと言う彼女たちは、あろうことか、地面から吹き荒れる魔力の衝撃波によって押しのけられ、ころころと転がった。
「ふしゅううううっっ! オレ様の趣味を邪魔する奴らめ、もう許さんぞ!」
 肉の塊を押しのけて<Mr.D・B>がもう一度立ち上がった。彼は、予想以上に強力な魔法使いだったのだ。肉だけで押さえ込める敵ではなかった。
「……はっ!?」
 レイリアたちに半ば唖然としていたテレサが我に返る。
「お疲れさん。あとはゆっくり休んでな」
 まだ折り重なってじたばたもがいているレイリアたちに、時雨はちらりと視線をやった。
「全員、死ねぇぇぇ!!」
 怒り狂った<Mr.D・B>は宙に浮かび上がっていた。本気の魔法攻撃で、辺り一面消し炭にするつもりだ。強大な魔力が一気に収束していく。
「そうこなきゃな」
 時雨は<倍速>スキルで間合いをつめていた。相手が反応するより先に痛烈な攻撃で叩き落しにかかる。大ダメージ。
「行きます!」
 テレサも、敵が怯んだ隙を見逃さなかった。予め想定していた通り<メテオプレッシャー>で彼女の巨大なデフォルメ人形を直撃させ、押し潰した。

ズゴゴゴゴォォォ!

 魔力の大爆煙がもうもうと立ち込め、後には地面にめり込んだ<Mr.D・B>が倒れていた。しぶといことにまだ死んではいないが、まともに動けないことも確かだった。
 戦いは終わったらしい。
「……<Mr.D・B>さん」
 テレサは静かな口調で話しかけていた。
「もう、これっきりにしましょう。みなさんに、ごめんなさいして、やり直しましょう。あなたはただ、寂しかっただけなのでしょう?」
「……」
<Mr.D・B>は、やっとのことで半身を起こしてテレサを見つめた。
「あなたがどんな辛酸を舐めて世間を恨むようになったのか、ワタシには分りません。でも、ですね。ただ、嫌われ憎まれていいだけの人なんて、この世にはいないのですよ。人は、傷つき傷つけられるために生まれてきたわけではありません。人生はこれまでの所業で全てが決まるわけではありませんし、許されない人物もいないのだと思います。ですから……」
 彼女は手を差し伸べた。
「今度はまっすぐに立ってください。相手は自分を写す鏡だとも言います。あなたが心を開けば、きっと相手も心を開いてくれるはずです」
「……お、おお、なんということだ」
<Mr.D・B>は、テレサにじりじりとにじり寄ると感極まったように涙をこぼした。
「あんたの言うとおりだ。……すまなかった。本当にすまなかった……。オレが悪かった……」
「わかればよろしい」
 テレサは、ニコリと微笑む。
「せっかくのバレンタインシーズンなのです。あなたもチョコを作ってどなたかに差し上げてみてはいかがですか? 思いは届くはずですから」
 テレサは用意してあった<チョコレート製作キット>を差し出した。
「あ、ありがとう……。オレ、やり直してみるよ。人に迷惑をかけるようなことはもうしない。これからは真っ当に生きると約束するから」
<Mr.D・B>はひざまずき、テレサの手から<チョコレート製作キット>を受け取……。
 ひょい、と横合いからかっさらったのは時雨だった。
「コイツにそんなものは不要だ!」
 時雨は、<Mr.D・B>の頭をグリグリ踏みつける。
「し、時雨さん、何をっ!?」
 一瞬、何が起こったのかわからずテレサは驚愕に目を見開いた。
「ああ、いい話だった。感動しすぎて笑えてくる」
 時雨は生暖かい作り笑いをテレサに向ける。
「こいつが反省などするものか。やり直すつもりなど毛頭ない」
「そ、そんな……、そんなこと……っ!」
 必死で食い下がろうとするテレサに、時雨は真顔になって手で制した。
「アンタがいい人なのは分った。これからもずっと天使のような心の持ち主でいて欲しい。それについては、俺は何も言うつもりはない。だが、本当にこいつの目を良く見たか?」
 時雨は、憎しみに燃える瞳で睨みつけてくる<Mr.D・B>に視線を見つめ返して続ける。
「俺は知っている。お前みたいなやつは、自分が不利になると醜く赦しを乞い、白々しくも涙を流し臆面も無く贖罪の言葉を口にする。許された後に隙あらばまた暴れ始める。反省なんて絶対にしないと」
「お、俺はただ少し寂しかっただけなんだ! 本当なんだ!」
<Mr.D・B>の弁解を時雨は冷ややかに気を許さずに聞いていた。
「この子と約束したんだ。絶対にやり直せる」
「絶対、という人間が、どうして罪もない人々の人生を簡単に狂わせることが出来るんだ?」
 時雨は嘆息する。誰だって何がしかの寂しさくらいはあるだろうし、誰だって約束くらいはする。それが普通の人なのだ。
「そう、多くは普通の人、だ。その普通の、関係の無い人を巻き込んでいる時点で罪なんだ」
 罪も無い多くの普通の人たちの大切な日々を台無しにした。そして、この男はまた台無しにするだろう。時雨は許せなかった。
「だから、俺はこれ以上不幸な人が増えないためにも、お前を殺す」
「やめてください!」
 テレサは、時雨を凍るような冷たい目つきで見つめる。
「言いたいことは分りましたけど、ここで彼を殺したら、あなたはタダの人殺しです。悪党ですらなく、人殺し!」
 テレサは強い語調で言った。
「<Mr.D・B>さんは……、誰も殺していません。時雨さんも悪を名乗るならポリシーを持ってください!」
「アンタ黙ってろ! 俺には俺の生き方がある。口出しするな!」
 時雨は面倒くさそうに答えた。こんなところで別の特異者の女の子と言い合いしている場合ではないのだ。悪党らしくさっさと殺してさっさと帰る。それが彼のポリシー。
「……<チョコレート製作キット>受け取ったくせに」
 テレサは、時雨がさっき取り上げた<チョコレート製作キット>と彼の顔を見比べながら言った。
「違う! これはこの男に慈悲を与えたくなかったから一時的に俺が取り上げただけだ」
「受け取ったくせに」
 テレサは、時雨をじっとりと見つめながら繰り返す。
「そんなにチョコレート欲しかったのですか?」
「……返す」
 時雨は<チョコレート製作キット>をテレサに押し付けた。
「甲斐性なし」
 テレサは更に続ける。
「女の子から受け取ったものを簡単に返すなんて、悪党以前に男の人としてどうなのでしょうか?」
「だから、アンタから貰ったわけじゃない、と言っているだろう!」
 時雨はイライラが募り始めていた。どうして街中で痴話げんかじみたことをしなければならないのか。
「俺はこいつを許さず、殺すと決めた! もう黙ってろと言っているだろう! さもないと、アンタも斬る!」
 時雨は、テレサに剣を向ける。邪魔をするなら容赦はしない。
「……行きましょう、<Mr.D・B>さん。あなたが本当にやり直すなら、お手伝いしますから」
 テレサは、はいつくばっていた<Mr.D・B>を助け起こしていた。そして時雨に告げる。
「いいんですか、時雨さん? 野次馬が集まってきていますよ」
 先ほどまでは、周囲に人がいなかった。だから戦えたし<Mr.D・B>を殺そうとすることも出来たのだ。
「衆人の眼前で人殺しをしたら、刑務所行きですよ。目撃証人は大勢います。先ほどのあなたの口上、裁判所で述べますか? だから、彼を殺したのだ、と?」
「……ふん、死刑になっても構わない。何度命を落としても、俺の決意が変わることは無いのだ!」
「無理ですよ。時雨さんは<Mr.D・B>さんより弱いですから。戦闘能力ではなく、主に心が」
 テレサは冷ややかに、ずばりと言った。
「死んでも決意が変わらない? ワタシなら、決意を貫くためなら泥水をすすっても生き延びますよ。<Mr.D・B>さんですら、変わろうとしています。あなたはそうではないのですか?」
「……ちっ」
 時雨は舌打ちした。確かに騒ぎを聞きつけた街の人たちが何事かとこちらを見ている。あまつさえ。
「……痴話げんからしいよ」
「……女を取られた痩せたほうの男が、殺すとか言っているらしい」
「……チョコレート製作キットの取り合いをしているらしい」
「……あの痩せたほうの男が死ぬとか言っているらしい」
 ひそひそ話であらぬ噂まで広がっているではないか。
「痴話げんかじゃないし、女を取られたわけでもない!」
 これだけはきっぱり否定してくべきだ、と時雨は街の人々に大声で伝える。
 それから彼は<Mr.D・B>に向き直って言った。
「痩せろ! 本当にやり直せるというなら、まず痩せろ!」
「……それに関しては、ワタシも同感です」
 引いてくださってありがとうございます、とテレサは時雨に微笑む。
「太って醜いから<Mr.D・B>さんは、デーブーと呼ばれるのです。痩せたらデーブーではなくなります! それは、彼が死んだも同然なのですよ!」
「……下らない詭弁だ」
 時雨は、剣を収めると身を翻した。大勢が集まってくる前に退散した方がいいだろう。彼は止まらない、止められない。だが、進行方向を変えることは出来るのだ。
 全く興ざめだった。これだから他人と関わるのはイヤだったのだ。
「……元気でな」
 時雨は、背後に軽く手を振ると興味なさそうにそのまま去っていく。
「……」
 そちらに向かって、テレサはぺこりとお辞儀をした。何はともあれ、死人が出なくて良かった。
 それから<Mr.D・B>に向き直る。
「というわけで、痩せましょう! ちょうど今、ダイエット道場も開かれているらしいですよ」
 チョコレート製作キットはそれからでいいだろう。テレサはそう思い直していた。
「ちょ、ちょっと待ってくれぇぇぇ!」
<Mr.D・B>は、ずりずりと巨漢を引きずられていった。
 ちなみに、<Mr.D・B>の本名は、David Brown、だから<Mr.D・B>で痩せてもイニシャルは変わらないのだが、もはやどうでもいいことなのかもしれなかった。

1 | 2 | 3 | 4 | 5  Next Last