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残された者の意地

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残された者の意地
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第二章 脱出

 旅の途中でたまたまルメッホ村に立ち寄った剣持 真琴は、村人たちの騒々しい様子にただ事でない気配を察した。
 彼は村の青年に声をかけた。
 「おにいさん、これはいったい何事だい?」
 青年は真琴にこれまでのいきさつを話した。青年の説明を聞いた真琴が拳を強く握りしめる。
 「なんて酷い話だ……こうしてはいられない。おにいさん、村長さんのところに案内してくれないか?」
 村長の住まいには、不安に駆られた住人たちが押し寄せていた。村長は彼らを穏やかな言葉でなだめているが、彼の表情にはかすかな諦念が滲んでいる。
 真琴は村人たちが立ち去ったところを見計らって村長に声をかけた。
 「あなたがこの村の村長さんですね?」
 「そうだが……あんた、この村のもんじゃないな?」
 村長は明らかに警戒している様子だった。
 「ええ。旅の途中でたまたま立ち寄ったんです。村の青年から話を聞きました。俺に手伝えることがあれば、なんでも言ってください」
 村長が首を横に振る。
 「気持ちはありがたいが、もうどうにもならないよ。この近くには大きな街も、移動手段もないんだから――」
 村長の言葉を、安藤 ツバメの弾けるような力強い声が遮る。
 「それなら心配無用だよ! ねえ、マリっち?」
 マリア・ストライフが頷く。
 「ええ。私の『ライトクルーザー級エアロシップ』なら遠くの都市までひとっ飛びです」
 「ねえ、そんちょのおじさん。この村の人口は?」
 「二百人もいないと思うが……お嬢さん方、いったい何を――」
 「なるほど……それなら二十往復くらいで済むかな?」
 「いえ、十五往復もすれば間に合うでしょう」
 「そっか、なんとかなりそうだね! マリっちが村の西側にエアロシップを着けるから、そんちょのおじさんは村の人たちに集まるように言っといて! それじゃそういうことでよろしくー」
 村長と真琴は、足早に去っていくふたりの後ろ姿をぽかんと見つめていた。
 そこに、彼らの話を耳にした天津 恭司が姿を現した。
 「あのー、僕にもなにか手伝わせてくれませんか?」
 真琴が頷く。
 「人ではひとりでも多いほうが良い。一緒に頑張ろう」
 「ありがとうございます。村長さん、最寄りの集落はどちらですか?」
 「ミトー村だ」
 「ミトー村ですか……かなり離れていますね。方角的にも、道中でグランディレクタ軍に見つかる可能性があります。それでは僕は避難する人たちの警護をしましょう」
 「危険な役目だが、任せてしまって大丈夫かい?」
 「ええ。戦うのは苦手ですけど、そのぶん気配には敏感なんです」
 「なるほどな。それじゃあ俺は村の西側に集まるよう村の人たちに伝えてくるよ。じゃあ、また後でな」

 三十分後、村の西側は多くの住人たちでごった返していた。
 マリアが住人たちに呼びかける。
 「脚の遅い方やご老人の方はこちらへ! 何度かに分けて避難所までお送りします! みなさん、慌てないでください!」
 エアロシップの定員は十二名だった。
 村人たちがエアロシップに乗り込んでいる間、ツバメは周囲を厳しく警戒していた。彼女は新型のメック『ロンデル・アバンセ』にまたがり建物の影に身を潜め、ユニコーンリッターに周囲の状況を見張らせている。
 「今のところ異常はないみたいだね。よかったよかった」
 そのとき、エアロシップに乗り込もうとしている幼い子どもと目が合った。ツバメが機体の腕を上げて親指を立てると、幼児は眩しい笑顔で彼女に手を振った。
 ツバメは機体で手を振り返した。幼子がエアロシップの中に消えていく。
 マリアはエアロシップの機内を見渡した。座席は若い女性や子ども、老人たちで埋まっている。
 「それでは第一便、出航しますのでお気をつけください」
 彼女はエアロシップを操縦しながら、あらかじめ用意しておいた紙コップの上で『海のロッド』を振った。コップを『魔女のスープ』が満たす。
 マリアは全員にスープを振る舞った。それは、不安で憔悴した心身をすこしでも休めてほしいという彼女なりの配慮だった。
 村人たちの避難は滞りなく行われた。
 危惧していたグランディレクタ軍の襲来もないまま、ルメッホ村の住人全員がミトー村に避難させることに成功した。
 避難先では真琴が村人たちにお手製のシチューを振る舞っていた。
 「みなさん遠慮せずにどうぞ。まずは温かい物を食べて疲れを癒しましょう。これが明日のために今できる『戦い』ですよ」
 真琴はミトー村の人々にもシチューを振る舞った。それはルメッホ村の人たちを快く受け入れた住人たちへの感謝の気持ちの表れだった。
 シチューは恭司にも振る舞われた。
 恭司はシチューを食べながら、避難の成功を喜ぶ村人たちを眺めていた。その中には村長の姿もある。
 恭司の隣にツバメが並ぶ。
 「美味しそうなシチューだね。ひと口もらってもいいかな?」
 ツバメは恭司の返事を待たずに、シチューを口に含んだ。
 「はー、仕事のあとのシチューは沁みるねえ! ところでキミ、名前は?」
 「あ、僕は天津恭司といいます」
 「私は安藤ツバメ。ツバメでいいよ。よろしくね、恭ちゃん!」
 「はあ……よろしくお願いします」
 「恭ちゃんがいてくれて本当に助かったよー。私ひとりじゃ、とても警戒しきれなかったからさ」
 「こちらこそ助かりました。僕ひとりでも厳しかったと思うので……」
 「私、子どもたちの笑顔を見て思ったんだ。罪のない子どもたちが戦争に巻き込まれるなんて、絶対に間違ってるって。恭ちゃんもそう思わない?」
 ツバメの問いに、恭司は力強く頷いた。
 「こんな小さな村を襲おうだなんて、ハゲワシ小隊は本当に卑劣です。アドルフォさんが無事だといいんですが……」

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