三千界のアバター

ユグドラシル

凛冽を往く

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5 渡り籠

 特異者とルカ姫たちランベルト使節団は、ブルクハルトの街の奥にある、“渡り籠”へ訪れていた。
 大きな葉の端と端をつなぐように、ユグドラシルの硬いツルで綯われた綱が渡されており、その根元には、大きな馬車のような箱がつるされている。
 渡り終えた先はすぐ城であり、したがってこの籠の中は、すでに城の敷地だ。
 ともなれば、籠のつくりも、相応に豪奢で丈夫であり、10人程度なら容易に収容できる程度の大きさであった。
「姫。ここに来るまでの道路は、正直整備されているとは言えなかった。流通に耐えられるとは、考えにくいのだが……」
 青井 竜一がそう言うと、ピリ、とその場の空気がひきつった。アドラー将軍以下、数名の騎士が、竜一をきつくにらんでいた。
「ああ、無論、交通の改善もこちらから具申するつもりだ」
「良いお考えです」
 小山田 小太郎がにこやかに笑み、緊張がかすかにほどける。
 だが、ルカ姫が周りを鋭くねめつけて、再び兵士たちの表情を引き締めた。
「みな、ご苦労だった。まもなく終わる。ブルクハルトとの調印はほどなく行われ――平和を乱すものは、粛正されるだろう」
 そして、ルカ姫は、淡々と話しはじめた。
 彼女はこれまでの襲撃から集めた証拠をもとに、八神 流司に城の内情を探らせ、またとらえた敵兵に尋問を行っていた。
 そしてそれらは、武器商人やヴァイキング、人買いと癒着した軍内の暗部を明らかにし、一本の線を形作ったのだ。
「戦争が起これば、軍は権限を強め、そこに付随するものたちは便益を得る。
 そうして適度に痛めつけ、ブルクハルトが弱ったところを接収して、領地を拡大する。そういう絵を描いたものがいる――と?」
 一部始終を聞いていた羅那魅 静姫がおもむろにそうつぶやき、ルカ姫がそれにうなずいた。
「お前は決して国を裏切るまいと、そう思っていたのだが――謀反の首魁は、アドラー、お前だったのだな」
 ルカ姫にみつめられたアドラー将軍は、しばらく雷に打たれたように硬直していたが、やがて、ミシミシと顔を歪ませ、口惜しげに眉根を寄せた。
 突如、頭上……籠の上で、物音とともにうめくような声が響いた。流司が、暗殺を試みた敵を倒したのだ。

 その声を聞くや、兵士たちがするりと姫に向かって剣を抜き放った。だが、それを宿命探知で察していた静姫は、スタンウェーブを放つ。
 体を伝う電撃をまともに受けた騎士たちは、たまらず昏倒し、瞬く間に床に転がった。
「あなたたちも騎士たるならば、その剣を何に捧げるか、しかとお考えなさい!」
 だがアドラーはそれをかわし、ロングソードを抜き放つと、ギロリと地獄めいた視線でこちらを睥睨する。
 その瞬間、外から細剣を携えた軽装の騎士が、籠の中へ踊り込んできた。外の流司から逃げて、こちらへやってきたのだ。そして、我が意を得たりとばかりに剣を構えて低い姿勢で突撃を繰り出した。
「お姫様にも、お諫めしたいことはありますが……!」
 だが無我の境地の小太郎が、襲いかかる騎士に気を合わせ、その力の軌道を無垢のガッダでかすかにそらしてやると、騎士は勢いのままあっけなく床に転げ、のびてしまった。
「この国の平和を願うのであれば、剣をお納めなさい!」
「目先の争いを避けるだけでは!」
 アドラーがそれを乗り越え、小太郎と何度か刃を交える。
 しかし、先の騎士への残心に入る直前であったこと、熟練の兵士の猛攻に隙が見えなかったことで、小太郎は、アドラーに間合いを許してしまった。
 だが――喉笛に刃が食らいつこうというそのとき、がたりとアドラーは己の剣を取り落とした。
「剣を、捨てろ……!」
 竜一の隷属のルーンが、アドラーをすんでのところで縛ったのだ。
 ルーンに抵抗しようとするアドラーに向かい、竜一は、さらに力を加えるように手をかざした。
「……恩に着ます!」
 たたらを踏み、後ろに下がる小太郎。
 ルーンの力に押さえ込まれ、床に転がる己の剣をつかもうとしてもつかめず、アドラーはぶるぶると震えながら顔をしかめた。
「なぜだ、アドラーよ。なぜ、和平を阻もうとした」
「我々は、弱い国です。手を取り合うよりも統合してしまった方が、様々な面で利が大きいはずです。姫様! どうか、お考え直しを……!」
 アドラーの答えに、ルカ姫は首を振った。
「民の生死を勘定に入れるのは、為政者の驕りに他ならぬ」
 そして外からするりと入り込んできた流司が、アドラーの首を見えない布で絞めあげた。
「この……余所者が、何を!」
「身内を殺そうとしたのは、そっちだ」
 アドラーが布ごと流司を背中でつぶそうと体をひねる。しかし、流司はそれを逆手にとり、アドラーの背中を脚で押し上げ、布を引き絞った。
 そして、短いうめき声とともに、アドラーは意識を失った。
「殺すか?」
「……ならぬ。将軍にはまだ、吐いてもらわねばならぬことがある」
 しぼりだすように、ルカ姫はそう言うと、肩を震わせ、ぽろぽろと涙を流した。
 渡り籠は、まもなくブルクハルト城にたどり着こうとしていた。
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