■貴女のために、貴女のように
夜、アルテラ、ラクスの通り。
「わぁ……やっぱり、ラクスはいつ来ても綺麗だね」
「……そうね」
御巫 ユキと
アリア・セイクリッドは歌声に包まれた湖の都を歩き回りながら
「……いつかどこかを選んで暮らすのなら、ラクスのような場所に住みたい。そういう人も多いでしょうね」
微笑みながらお喋りをしていた。
「そうだね。私も、住むならラクスかエテルナのアルトルークかなぁ」
ユキがあちこち周囲に視線を巡らせながら思いを馳せる横で
「アルトルークも水上都市だものね。ユキにピッタリだと思うわ(……私も、いつか、ユキのように自分自身をしっかりと掴めるかしら……魔導騎士としても、ひとりの人としても)」
アリアは頷きちらりとユキを密かに一瞥しながら胸中で思い悩む呟きを洩らしていた。
一瞬だけ表に浮かんだ胸中の表情に
「……(アリア、思い悩んでるみたいね)」
店々を見ていたユキがふと気付いた。
そして
「……よし」
何か閃いたのかユキは湖上へと飛んで行き
「ユキ?」
気付いたアリアが小首を傾げつつ見守る中
「……(アリア、ちょっと見てて)」
湖の中央で空中停止しアリアに向かってウィンクと共に口の動きで伝えてから
「……(水流の杖を)」
水流の杖を触媒に蒼のヴァイオリンを『形成』し
「♪♪」
静かで穏やかな前奏を奏で
「……ユキ」
アリアの悩みに縛られた心を自然と引き込んでいく。
彼女だけでなく
「素敵な音色だな」
「心が和む」
「……綺麗」
通行人達の心も掴み足を止めさせた。
続いて
「♪♪(どうかラクスの人々に、そしてアリアに、その心に……)」
ユキは『清澄の唄声』で
「♪♪(癒しが響くように)」
心を込めて『愛の唄』を紡ぐ。
ここで
「♪♪(アリア……)」
ユキは紫の双眸に多くの観客の中にいるアリアを映しつつ
「♪♪(あなたの言葉が、私の背を押してくれた。支えてくれたの)」
伝えたい励ましの思いを伝えるべく紡ぐ歌と共に『アクア』を周囲に取り巻かせ
「♪♪(……だから)」
月と星の優しい明かりがユキと水面を照らす中
「♪♪(今度はあなたが、前へと進めるように……心が癒されれば、歩む力となるはずだから)」
癒しと励ましを込めて操る水をぱしゃりと弾かせ水飛沫とする。
その幻想的な光景に
「……(……美しくて、温かで、眩しくて……私はそんな『今』を生きている……あの縛られていた過去ではなく全く違う今を……あの息苦しい水底のような……そんな場所にはいないのよね)」
アリアは過去ではなくこの瞬間に存在し生きている事を自然と実感し
「♪♪(……少しでもアリアの癒しに、励ましになれば……)」
ユキの優しさが込められた青の旋律と歌声は
「……ユキ」
アリアの心の奥の奥に染み渡り
「ああ、そうなのね……私はずっと……」
胸の中が熱くなっていく感覚に襲われ気付く。
「……(あんな風に。水と光の中で奏で唄う、ユキのように)」
自分を励ますために奏で歌うユキの姿を瞳に映す。なりたい姿を。
「……(ただ、“生きたかった”)」
自分の生き方に疑問を持っていた過去をまぜまぜと振り返り
「……(ただただ、自分らしく。今まで、当たり前のように自分の衝動や感情を殺してきた……それが辛いなんていう感覚も、もう、なかったけれど……でも、その炎は私の中でずっと燻っていた気がする)」
胸に当時の喜ばしくない感情がこみ上げ詰まるも
「……(だからもう、私は込み上げる衝動や感情のままに誰より、命の炎を燃やして、ありのままに生きる……泣きたい衝動も。怒りの感情も。叫びたい心も)」
呑まれない。呑まれるのは過去ではなく今この瞬間の感情。
「……ユキの歌が澄んでいて優しくて私の心に響いて来るのも」
アリアは自分の心に広がる優しい感情に心地良さを感じつつ
「♪♪」
奏で歌うユキを見つめながら
「……(きっと、何もかも含めて私自身だから)」
アリアは力強く胸中で呟いた。
しばらくしてユキは歌の最後を紡ぎ終え
「……」
観客達に向かって丁寧に頭を下げた。
そんな彼女に向かって
「ありがとう……ユキ……」
アリアはそっと両手を胸に抱いて小さく呟いた。