――流血帝国に襲われた街タデータへ、特異者達は急行する。
リンドヴルムに騎乗した少女が先頭を往く。
流れる景色と頬に叩きつけられてくる風の冷たさが、駆ける速さを物語っている。
「あそこです、『ヤシュチェ』!」
主の声に呼応し、リンドヴルムが一際大きく翼を羽ばたかせ、上空から街の中へと突入した。
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タデータからセフィロト教会本部への伝達は、出来る限り迅速になされた。
要請に応じた特異者達も、現場に急行してくれている。
その間、タデータの住民達は、祈るような気持ちや絶望を抱いて、逃げ惑い、恐怖に震え、囚われてただ嘆き、命奪われ――
街には怒号、喧騒、狂乱、悲嘆、そして血の匂いが広がりつつあった。
物陰に潜む青年がいた。すぐ前の道を、ダンピールと思しき男達が歩いて行く、足だけが見える。
(早く……早く何処かへ行ってくれ!)
彼は口を両手で押さえ、ただただ息を殺して震えていた。
不意に、ガタンッと音がした。心臓ごとびくりと体が跳ね上がった。音の原因が敵にあるのか己にあるのかすらも分からない。
震えが、動機が止まらない。喉がひくつき、むせ返りそうな程なのを必死に堪えた。
数秒、静けさが満ちた。
「みぃ――つけたァ」
覗き込んでくる、逆光で影になった黒い顔の中で、ぎらつく眼が三日月の弧を描いた。