■迎撃戦、開始
前進してくる、無数の屍鬼たちの集団。
それを前に仲間たちに目配せすると、
桜庭 愛は叫び声をあげて突進した。
全てに打ち勝てるなどと考えてはいない。
彼女が自身に課したのは……囮、という役割である。
屍鬼を操るニコラスに向かう仲間たちへの、そして戦線を支える者たちへの援護になるように、敵の意識を自分へと出来るだけ引き付ける。
その為に。
高速で屍鬼たちへと距離を詰めると、そのまま勢いを殺すことなく愛は攻撃を繰り出した。
力と速度を兼ね備えた打撃はその威力に加え、もう1つの副産物を生み出している。
攻撃によって生み出された衝撃波が本来の打撃に遅れて到達する事で、対象は二重の攻撃を受けたに等しいダメージを喰らう事になるのだ。
彼女が現在拠り所としている力の根源故に効果が完全に発現される訳ではないが、それでもその攻撃は強力だった。
反撃にと振るわれた拳を掴み返すとそのまま相手に組み付き、そこから受け身を取らせない体勢で石畳へと叩き付ける。
「派手に暴れていれば、敵もこっちに注目せざるを得ないよね。まあ、無視できなくさせるんだけど?」
どこか楽しげに口にしながら、愛は機敏に立ち上がり構えを取り直した。
叩き付けられた屍鬼はそのまま動かなくなったが、他の屍鬼たちは倒された味方など全く気にしない様子で、速度を落とす事もなく前進してくる。
もっとも、怯まないという点に関しては愛も同じだ。
「まぁ、私は大暴れするだけかな?」
誰に言うでもなく呟いて、少女は近付いてきた別の1体へと狙いを定めた。
自分に出来る事は、ひとつだけだ。
後は仲間たちに任せればよい。
砦を守るために、そして仲間たちが十分に動けるように。
そう考え全力を尽くす愛の動きに、迷いはない。
(「後ろには大火力がごろごろいるんだ。なら俺は、あちらの足を止めればいいだけさ」)
「じゃ、少しばかり綱渡りでもするかね」
同じように、屍鬼の動きを少しでも遅らせる為に。
水無瀬 徹二も屍鬼たちの群れの先頭と距離を詰め、足止めを目的とした攻撃を開始していた。
彼が作戦方針としたのは一撃離脱である。
囲まれたら勝ち目はない。
敵の動きを見切り回避を重視して、それができない場合でも攻撃を受け流す事で、少しでもダメージを軽減できるようにと心掛ける。
攻撃に耐えながら、徹二はとにかく前線を駆け回った。
敵の前進を止める事こそが第一である。
味方の勝利の為に、時間さえ稼げれば問題ないのだ。
守りを重視して戦いながら、その中に攻撃を織り交ぜてゆく。
動いて動いて、動き回って、群れの中で突出しそうな敵を探しては駆けつけて。
「遅ぇ遅ぇ! その程度で倒したきゃもうちょい数揃えてみなよ雑魚どもが!」
攻撃を受け流しながら桜の木刀を振るって、徹二は屍鬼の頭部を打ち据える。
動き回る事で屍鬼たちを引き付ける事に成功していたはが、それ故に彼を狙う敵も増え始めていた。
その彼を襲おうとしていた屍鬼たちを包み込むようにして、列を為す炎が姿を現す。
「悪いのぅ。焼くのは得意なのじゃよ」
落ち着いた調子で、微笑むような表情すら浮かべながら呟くと。
鈴鹿 白姫は己が手にある火性を持ち合わせた妖気から、炎の力を生み出した。
穢れを祓う浄化の力を宿した炎が、掌から生み出され宙に舞う。
白姫はそれを、もっとも砦に近付いてきた屍鬼たち……徹二が足止めしようとしている集団へと向けた。
「時間を稼げといわれておるが、その前に大部分を焼き払っても、良いのじゃろ?」
砦の正面前に位置を取り、全体を見渡すようにしながら。
彼女は火を操って、近付いてくる屍鬼たちを焼き払っていく。
浄化の炎と比べ全員を薙ぎ払うという訳にはいかないが、こちらの方は力の消耗を伴わない。
他の特異者たちの攻撃によって既にダメージを受けている個体は、彼女の炎によって動きを止め、あるいは崩れ落ちてゆく。
だが、それでも屍鬼たちの動きに躊躇いは生まれない。
(「うぅ……なんじゃあの化生は……見ていて気分が悪いのじゃ」)
最初は妖の一種のような認識が無い訳でもなかったが、白姫が今感じているのは明らかに異質な感覚と、そこから漂う不気味さだった。
もっともだからといって、彼女の動きにも躊躇いは生まれない。
「悪いが主らになんの感慨も湧かぬのでな、ただただ焼けるがよいのじゃ」
変わらぬ調子で呟いて。
白姫は妖が纏う人ならざる者特有の気を、焼き尽くす炎を……屍鬼たちへと向ける。
「……目標確認……殲滅するです」
「クククッ。さぁて、狂気の宴を始めようか」
シア・クロイツの言葉に続けるように。
狂暴そうな雰囲気を漂わせながら、どこか楽しげに……
ミラ・オルタナティブは呟いた。
先刻までの温厚そうな、落ち着いた雰囲気はカケラも無い。
「遅れるなよ、ガキ」
「……ぶぅ……わかってるです……あと……ガキじゃないです」
少しふくれたような様子で言いながらも落ち着いた態度で返事をすると、シアは自由の焔を用いて空へと舞い上がった。
眼下では幾人もの特異者たちが、迫りくる屍鬼たちの集団を押し留めるべく遅滞作戦を繰り広げている。
敵の先頭と直接相対する前線では、徹二や愛らが屍鬼たちの間を駆け回るようにして、あるいは派手に立ち回り屍鬼たちを自分に引き付けるようにして、前進を阻んでいるようだ。
自分たちと同じ後方から放たれる炎は、徹二たちを援護する白姫が放つ狐火である。
「……援護もお任せです」
敵の動きを確認しながら呟くと、シアは屍鬼への攻撃を開始した。
術式が施された霊符が少女の言葉に応じるように爆発し、飛散した血液がコウモリの姿となって前進する屍鬼たちへと襲い掛かる。
地上でもミラが同じように己の血をコウモリへと変化させ、屍鬼たちへの攻撃を開始していた。
彼が自身に課した役割は後方からの遠距離攻撃要員であるが、もうひとつの役割はシアの護衛である。
敵に遠距離攻撃の手段が無い以上は杞憂の可能性は高いが、万一という事もある。
墜落した場合などには即座に庇えるように、守れるように。
意識してなのか、あるいは現在は表に出ていない人格が無意識に現在の人格に干渉しているのか?
どうであれ、彼が少女の安全を確保しつつ行動しているのは事実だった。
青年には二つの人格が存在している。
温厚で落ち着いた言動の普段の人格を表とするのであれば、現在の彼の人格は裏とでも表現すべき存在だ。
言葉遣いも態度も粗暴で、戦い方すらも異なっている。
もちろん、シアに対する言動も違う。
それでも……根底に何らかの繋がりが存在しているのか。
そのような事は、今は全く考えずに。ただ、迫る怪物たちを打ち倒すために。
ミラは己の血を蝙蝠へと変化させ解き放つ。
突破してきた屍鬼がいた場合の対処も考えていたが、今のところはその必要は無さそうだった。
もっとも、そうなった時には既に撃退は難しいだろう。
その時には既に味方の前線は突破されているだろうし、こちらの消耗も大きく作戦通りの反撃を行えるかは分からないのだ。
現状、敵の前進は各所で妨害され遅れているが、戦闘開始時と比べれば敵は前進し、味方も消耗し始めていた。
前衛である愛や徹二らは敵集団の先頭を押し留めようとしていたが、敵の数は多い。
それを完全に止めるという事は不可能なのだ。
それでも、今はまだ……突破させない。
自ら弱点を得る事で力を高めるという半吸血鬼としての力を活かして。
代償と引き換えに手に入れた力を、己の技に籠めて。
シアは無数のコウモリを、仲間たちを包囲しようと歩み寄る屍鬼へと放つ。
「負傷し動けぬ者すらをも害そうとする悪しき者どもよ。このクルセイダーが貴様らに裁きの炎による正義を執行してやろう」
火炎瓶を手に迫る屍鬼たちに向かって宣言すると、
グレゴール・ギーゼルは怪物たちの駆逐を開始した。
手に持つ火炎瓶は可燃性の液体を用いて急ぎ作成したものである。
数を頼りとする敵相手であるなら、充分に役立つはずだ。
(「奴らは遠距離攻撃の手段を持っていないらしい」)
ならば火炎瓶の投擲を主軸に置き、足止めと広範囲の敵を焼却することを目標に動くべきだ。
「クルセイダーの名の下に、貴様らに正義を執行しよう!」
叫びながらも冷静に屍鬼たちの動きを観察して、グレゴールは丁寧な動きで火をつけた火炎瓶を投擲した。
火の付いた瓶は緩やかな弧を描くようにして宙を舞い、屍鬼の1体を直撃する。
衝撃によって瓶は割れ、炎は周囲に飛び散る液体に瞬時に引火して燃え広がった。
それでも前進を止めない屍鬼に対して、グレゴールはピストルを向け銃撃を浴びせてゆく。
レジスタンスで広く使われているオートマチックピストルは、口径が大きく旧式のライフルより高い威力を持っているのだ。
銃撃を浴びて怪物は動きを止め、石畳に転がった。
もっともその時には既に別の1体が彼へと接近してきている。
距離を詰められてしまえば接近戦しかないだろう。
銃弾はともかく火炎瓶の手持ちは決して多くは無いのだ。
準備したアタックナイフをいつでも抜けるようにと確認してから、グレゴールは新たな火炎瓶に火をつけ、近付いてくる屍鬼へと構え直した。