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赤い月夜は収穫の刻 ≪後≫

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赤い月夜は収穫の刻 ≪後≫
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 篠月 糺は背中の熱い痛みで目を覚ました。
(……ここは……?)
 そう思考した直後、熱いなどという言葉ではすまない痛みが背中に走る。割れんばかりの激痛に糺の意識は瞬時にクリアとなり、昨夜の記憶がよみがえった。
「そうか……背後から斬りつけられたあと町の家に逃げ込んで、家の主と話して……」
 よみがえった記憶のなかには、斬られた直後離れ離れになってしまった浅槻 巧の姿もあった。
 巧に無事だと伝えなければいけない。そして、巧が無事であることも確認しなくては。
 両腕に力をこめ、うつぶせになっていた身を起こそうと身をひねったとたん、痛みに目がくらむ。
「……っ」
 意識の遠のきそうな痛みに歯をくいしばり、どうにかプラセボヒーリングを使用して傷を癒す。巻かれていた包帯をはずしていたとき、カチャリと音がしてドアノブが回った。
 入ってきた老婦人が、ベッドの上に身を起こしている糺を見つけて息を飲む。その手からぱさりと洋服一式が落ちたのも気づかず、ベッドへ小走りに駆け寄った。
「あなた、起きては駄目よ」
「大丈夫だ」
「でも――」
 あなたはひどいけがを負っているの、と言葉を紡ぎかけた唇が、包帯のほどけた背中から傷が消えているのを見て止まった。そのままぴたりと動きを止めた老婦人の動揺に気付かず、糺は脇を抜けるようにベッドから下りて身支度を始める。しかしズボンはあっても上着がなかった。
「……あなたの服は、破れて血まみれだったから、処分してしまったのよ」
 きょろきょろと糺が何を探しているかに気付いて、老婦人がゆっくりと説明をする。床に落としていた服を拾い上げ、ぱんぱんと埃を飛ばすようにたたいてから差し出す。
「孫の服よ。これでよかったら着てちょうだい」
「すまない。ありがたく頂戴する」
 堅苦しく礼を言って受け取る糺を見上げ、老婦人はなんでもないと言うように首を振った。
 糺が着替える間、老婦人はぽつりぽつり昨夜町で起きたことを話す。
「捕まった者もいるのか」
「ええ。今はトウモロコシの元加工工場の地下室に監禁されているはずよ。あの子たちはいつもそうやって生贄と決めた者たちをあそこに閉じ込めて、2日目の夜に東のトウモロコシ畑で彼らの神に捧げるの」
(今夜か。……まだ時間はある)
「あなた。今のうちにこの町を出なさい」
 カーテンから外の様子をうかがう糺に、老婦人は告げた。そっと腕に触れ、自分を見るように促す。
「わたしは、きっと何も分かってないでしょうけれど、あなたが普通の人と違ってるのは分かるわ。鍵をかけていたこの家に入っていたり、傷がもうふさがっていたり……。
 きっとあなたなら町を出られるはず――」
「私は1人で逃げる気はない。
 それより、なぜこの町がこんなふうになってしまったのか、教えてくれないか? そしてもし、彼らやあなたたちを救う方法があるのなら教えてほしい」
 言葉の先をふさぎ、糺は訊いた。
 老婦人は、何の関係もない彼女たちを巻き込み、こんなふうにしてしまったのは自分たちなのに、それでも救いたいと言う糺の言葉に驚きの表情でじっと見つめる。そして、目をそらさず見つめ返す糺に、無表情ながらも秘めた決意を嗅ぎ取ってうなだれると、よろよろとベッドに手をついて座った。
「……あれは何年前になるかしら……。神父の格好をした少年が、ふらりと町へやってきたの。あの少年が本当に神父だったのかどうかは知らないわ。ただ彼はとても口の達者な少年でね。町の神父さまも舌を巻くような弁舌をよくしていたわ。
 子どもって、大人をやりこめる子どもを、どこか英雄視したりするのよね。その子はあっという間に町の子どもたちの大半を味方につけて、すっかり少年たちのリーダーになっていたの。まだ幼かった、うちの孫のライナスもそうだった……。
 少年は「わたしは天啓を受けてこの地へ来た。この地に神が眠っている」と告げたらしいわ。そして子どもたちに手伝わせて東の荒地を掘り起こして、このくらいの大きさの、ガラスみたいな物を発掘したの」老婦人はひと抱えもありそうな大きさの円を描いた。「そして中の機械を運び出して壊して、その部品で変な鉄塔みたいなものを据えつけた……。
 あの子たちは……今思うと、そのころからもう例の儀式をしていたんでしょうね。最初の犠牲者には、加工工場を持っていた当時の町長夫婦も入っていたわ。でもわたしたちは気付けなかった。まさかそんな恐ろしいことを子どもがしているなんて、思ってもみなかった。子どものいない家族から順々に消えていって――もちろんなかには町から逃げて行った人たちもいるけれど――今残っているのは、わが子を見捨てられない者たちばかり」
「その少年はどこにいる?」
 それが首魁か。そう検討をつけた糺の問いに、老婦人は首を振った。
「死んだわ。赤い月の夜、生贄に選ばれた町の人たちを連れて東に開墾したトウモロコシ畑に入っていって、自ら首を掻き切ったみたい。数カ月後に20歳になるから、というのが理由だったそうよ。わたしたちも、これで終わるかと思った。でもすぐに子どもたちのなかから、あの少年と同じことを言う子どもが現れて……今は、ルースね。あの子が生まれたときのことを覚えてるわ。とても小さくて、愛らしくて。母親によく似たかわいい子だった」
 そして老婦人はぽつっと独り言のように言った。
「不思議ね。あの荒地は何も育たないと昔から言われていたのに。あのガラスを掘り出してからは、あんなにも青々とトウモロコシが繁って……。畑もあんなに広くなかったわ。最初は見間違いかと思ったけれど。まるで畑自身が意思を持っていて、勝手に広がっていってるみたい」
 どこか遠い目をしてぼんやりとしている老婦人は、糺にはとても小さく見えた。
 清潔感はあるが、アイロンのあてられていないしわだらけの色あせたワンピース。そこから覗く骨と皮ばかりの細い手足。灰色になった髪をシニョンにまとめているものの、少し崩れている。落ちた両肩。丸まった背中。そのどこからも、彼女が疲れ切っているのがありありと分かる。
 この町の大人はみんなこうなのだろうか。
(やつらは大人の思いを逆手に取っている。保護すべき対象への絆という鎖で縛りつけ、生贄として飼っているのだ)
「すまないが」
「え? 何?」
 ふっと現実に立ち返り、目をしぱたかせる老婦人に、糺は淡々と告げる。
「私を連れて行ってくれないか。この町の大人たちがいる場所へ」
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