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いたずら狐にご用心?

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いたずら狐にご用心?
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 一章 夜店の灯と華の芸事

「たこ焼き! たこ焼き食べてかない? あっつあつでおいしいよー!」
 元気な声を出しながら客引きをするのは八上 ひかり。じゅうじゅう、とうまそうな音を立てて焼ける生地を、錐のような道具でひっくり返しながら汗をぬぐっていた。たこ焼きという、大和ではあまり耳慣れない料理の名前に、旅人や里の者が集まっていた。もの珍しそうにそれを眺めていた一人の旅人がひかりに声をかける。
「もし、御嬢さん。こいつには蛸が入ってんのかい?」
「あぁ、ごめんねー、入れようとしたんだけど行商さんから手に入らなくって。坂西だとやっぱりしんどいの。でも見た目が蛸みたいでしょ? つるんとした頭とか!」
 出店の内側で熱さにやられそうになりながら、火の管理をしていた女流歌人が申し訳なさそうにひかりを見る。坂西から海まで相当な距離がある上、腐らせずに輸送するには水槽でも持ち出さない限り無理である。歌人も努力したらしいが、蛸は手に入らなかったのだ。だが、ひかりの言葉に旅人は頷き懐から貨幣を取り出してひかりに注文した。
「言われてみりゃあ確かにそうだ。一個試しに貰っていいかい?」
「はぁい! 麻衣ー! 楊枝と笹の葉お願い!」
「はーい!」
 背後で菜っ葉を刻み、たれを混ぜ、小麦粉と卵で生地を作り、と八面六臂の大活躍をしていた八上 麻衣は、ひかりの一声で笹の葉と爪楊枝を素早く手渡す。丁度ひっくり返したたこなしたこ焼きを一つ葉に載せると、ひかりは代金を受け取ってそれを手渡した。
「はいっ! 熱いから気をつけてねー!」
 頷きながらはふはふとたこ焼きを口に運んだ旅人を、周囲の者がじっと見つめる。次第に驚きに目を見開いた旅人が声を上げた。
「美味い! それにこのつけあわせは根ショウガの梅酢漬けかい? さっぱりとしていてしつこさがなくなる。よく考えたもんだ!」
「おう、嬢ちゃん! 俺にもいくつか包んでおくれよ!」
「こっちにもだ!」
「はいはーい! 慌てないでー! 慌てないでね! 今作ってるからねー!」
 客足が伸び始め、ひかりがてんてこ舞いになる。暇を見つけて里の者から話を聞こうとしていたようだったが、とてもではないがそんな余裕はなかった。
 と、黒髪の男の子が、裏方でひたすら生地を作り続ける麻衣の元へてこてこと歩いてきた。気付いた麻衣が手を止めずに顔だけをそちらに向ける。
「キミ、どしたの? こっち側からは入っちゃ駄目だよ。あっち側から声をかけてね」
「なーなーねーちゃん、おいらにも一個おくれよ」
「いいわよ。あっちで幾つ欲しいか言って、その分のお金を頂戴ね?」
「お金はないんだ」
 申し訳なさそうにぽりぽりと頭を掻く男の子に、麻衣が手を止めて「めっ」とばかりに指を立てる。
「お金を払わずに食べちゃったら泥棒よ? お上に引っ立てられちゃうんだから」
「ちぇっ! わかったよ……」
 ぶう、と顔を膨らませて背を向けた男の子を見送り、麻衣が手元に意識を集中した刹那、ぎらり、と男の子の目が光る。ささっと麻衣の死角に潜り込んで背後に回り、緋袴の隙間にずばあ! とばかりに手を突っ込み、一気にひっくり返して麻衣の視界をふさいだ。ピンクのスキャンティが夜気に晒される。不意を突いた一撃に、怒るというより驚いて麻衣は声を上げた。
「きゃっ!?」
「おお……ねーちゃんこいつはどぎついぜ。巫女さんはもうちょっと慎ましやかな下着だと思ってたけどな!」
「もしかして、キミはっ!」
 さっと身構えて振り返った頃には男の子の姿は消えている。そして幾つか包んでおいたたこ焼きもひと包み消えている。「ああっ!」と叫んだ麻衣の向こうから「お嬢ちゃん! まだかい!」と呼ぶ声がした。盛況のおかげで、追う余裕はありそうになかった。



「んん、んまい。世界は広いもんだなあ。まだまだ知らないうまいもんがあるし、あんな布地の少ない下着もあるんだもんなあ……」
 もくもくとたこ焼きを頬張りながら、黒髪の男の子が歩いていく。次なる獲物を探して歩いていくと、子供がわらわらと群がっている出店が一つあった。
「おおっと、鉄板に触らないように気を付けて。火傷しますよ。固まってから返さないと千切れてしまいます。ああ……焼きすぎると今度は割れてしまいますよ。はいはい、押さないで下さいね」
 店先ではアルヤァーガ・シュヴァイルが子供たちの相手に奔走している。同時に火の管理をし、子供が火傷をしないようにするのだからすさまじい労力である。
 これもまた珍しいものだった。小麦粉を卵で溶くところまではたこ焼きと同じだが、焼きあがった生地にたれでなく、蜂蜜をたっぷりとかけるらしい。甘味にほとほと縁がない里の子供達が中心になって出店に押しかけているようだった。
「にーちゃんにーちゃん、これなんてんだ?」
「これはホットケーキといって、私の祖国の食べ物です。本当は重曹が手に入れば、ふっくらしたものになるんですが、これでもなかなか美味しいものですよ。焼いてみますか?」
「お金ないけどいいのかい?」
「んん……そうですね」
 アルヤァーガは少し迷った。心情的にはどうぞと言いたいところだが、きちんとお金を払っている他の子供と差がないのもいけない。ひとしきり迷った後、子供たちが焼き損ねた膨らまないホットケーキのうち、比較的たべられそうなものに蜂蜜をかけて差し出した。
「はい。余りものですが、良かったら」
「本当かい! にーちゃんいいやつだな! おいら『こがね』ってんだ! きっと恩は返すぜ!」
「あはは、期待しないで待っていますよ。自分は或夜。旅がらすですからね。ご縁を神仏に祈るしかありませんが」
 それを聞くと、にへ、と男の子は笑った。
「いやぁ、きっと神仏は聞いてるぜ?」
「ん? それはどういう……」
 アルヤァーガが問い返した頃にはもう男の子はいない。首を傾げたところで、子供の泣き声でアルヤァーガは我に返り、大慌てで出店に戻っていった。
 それを横目に、黒髪の男の子はぱりぱりと、焼きすぎたホットケーキの蜂蜜がけを齧りながら、出店を冷かして回った。やがて、食べ物の出店が減り、ユニークな出店が並び始める。その一つ、小さな子から年配まで、幅広い層の女性が集まる出店があった。首を伸ばして男の子が何をしているか見ると、桜小路 来夏が千早姿で女性たちの応対をしていた。今も一人の女の子の後ろに回り、手際よく髪を結っている。
「ここは結び目をこうして、こうすれば、ほらっ! 可愛い!」
「ほ、本当? 変じゃない?」
「水に写してみてみるといいのですっ」
 ポニーテールに髪を結いあげた女の子が水鏡を覗き込み、ぱっと顔を輝かせ、手にした幅の短い染布の代金を来夏に支払う。麻など、手に入りやすい生地のものが多かったが、様々な染料を用い、色鮮やかに染めた布は女の子によく映えた。
「リボン屋さんですよー! 少ない布を使って、お洒落してみませんかっ!」
 声かけを続ける来夏の出店には他にも長さ、幅、生地が多くそろえられており、女性の客足が絶えなかった。リボンはこの大和には概念としてなく、飾り布の使い方としてそれは斬新と受け取られたようだった。特異者がもたらすものは新たな物資ではなく、思考の差異であることを鑑みると、来夏のアイデアはまさしくそれをきちんと踏まえたものだった。
 とはいえ、腹が膨れるものではない。「ふうん」と呟くように鼻を鳴らすと、黒髪の男の子は祭囃子に誘われて、音のする方へ歩いて行った。



 神楽笛と鼓の音が響く。祭囃子と少し様子を違えたそれは、どこかしら神秘的なものを纏い、耳慣れぬ響きとなって里に流れていた。老齢の奏者がゆっくりとした調子で音を奏で続ける。里で神楽が絶えてから、楽器と、幼いころに残った記憶を頼りに引き出した音は、本職の者らには劣るものの、味のある曲になっていた。
 淡島 結がそれに合わせて、鈴を打ち鳴らし、ゆっくりとした動作で舞う。魂振に伴う神遊びたる神楽として、神に納めるため舞われるそれは、ざわつく祭の中にあって、ぴんと張りつめた糸のような緊張感と、静かな水面の静謐さを併せ持っていた。蕭々として鈴が鳴り、足音もなくゆるりと動く。千早の袖が揺れ、緋袴の下で足袋が滑っていく。黒髪の男の子は、それを感心したように、また懐かしむように目を細めた。
「綺麗だよなあ」
 ぱっと男の子が振り向くと、ローレンツ・オルストロが同じように目を細めて結を見ていた。視線を下に向け、突然のことに驚いている男の子と目を合わせると、親しげに声をかけてきた。
「結ちゃんっていうんだけどね、自信ないって言っておきながらあんなに綺麗に踊るのさ。君は、神楽は見た事はあるのかい?」
「……ずいぶん前にね」
「お? そりゃもう赤ん坊の頃ってことかい?」
「そ、そういうことだよ! お、親父の背中でさ!」
「そうかあ。僕は結ちゃんのばかりだけど、けっこうあちこちでやるものなのかな」
 少し慌てた男の子の様子には触れず、ローレンツは頷きながら舞に視線を戻す。ほっとした顔をした男の子は、同じように舞を見ながら、呟くように言った。
「カミサマと人間がいれば、あるさ。でもカミサマがいなくなったらなくなるもんなんじゃないかな」
「そんなもんかい?」
「そんなもんさ。里にも踊れるやつは残ってないと思うけど」
「そうだね。あそこのおじいさんが、かろうじて見た事あるくらい、だっけ。結ちゃん苦労してたよ――ん? 君はなんでそんなことまで……ってあれ?」
 もう一度視線を戻した時には、ローレンツの目の前から男の子は消えていた。周囲を見回すローレンツの視界の外側。小さい背丈を生かして人ごみに紛れた男の子は、そそくさとその場を後にしていた。
「喋りすぎた……危ない危ない、っと?」
 ぺたぺたとくせ毛を直すように髪を撫でつけ、帯を締め直していた男の子は、流れてくる音楽に乗せるでもなく、妙な節回しで台詞を読み上げる声を聴いて立ち止まった。
「鍛えては折れ、叩いては欠け、なにしよっても上手くいかん鍛冶師んとこに現れたのは――」
 見れば人形遣いが、神楽笛の音にあやかって人形劇をしていた。操り手は葛城 弥兵衛。丁度劇では、ぴょうっと飛び込むように現れた狐面の人形が男に向かって語りかけている所だった。
「もし、鍛冶師はん。相槌が必要とちがいまっか。強い刀を鍛えるには一人じゃ無理やで。もしお困りやったら力を貸しまっせ」
 その姿をじっと男の子は見つめる。筋書きはこうだった。かつて一匹の狐を助けた名うての鍛冶師が、うっかり問屋ともめてしまったばっかりに、時の為政者の御剣を鍛える鍛冶師に推挙されてしまった。断れば無礼と殺されてしまうが、生半可な刀を収めても殺されてしまう。困り果てたところに現れたのはかつて助けた狐の変化。鍛え上げた見事な刀に狐の銘が刻まれ、初めて鍛冶師がそれに気付くのだ。
「お前さん、もしかして」
 弥兵衛の操る男の人形が驚きに飛びあがる。さっと飛びのいた狐面の人形が顔を隠して背を向ける。
「ばれちゃあ仕方ねえ、わいは確かに狐や。お前さんへのご恩が忘れられずにこんなとこまで出てきちまったんや。これにておさらば!」
 ぴょう、とばかりに人形が弥兵衛の背後に隠れ、途方に暮れた鍛冶師が、以後その狐を氏神として祭る、という結末で劇が終わる。見ていた客から歓声が上がる。
「や、や、あんがとさん。お代はお気持ちで結構やで。おおきに」
 じっとそれを見ていた男の子は、弥兵衛に声をかけようかどうしようか迷っていたようだったが、ぐっと言葉を飲み込んで歩き去って行った。



「んー……わかっててやってんのか、偶然なのかなぁ」
 男の子が心なしか足取りを緩めて歩いていくと、また人だかりができている場所があった。その中央、猿楽面を被り、鼓を担いだ朝倉 ひかるがぴっと姿勢を正して傍らで控える天城 夜々に声をかけた。
「やや、ボク達の出番ですよ、行きましょう」
「はい、ひかるさん。良い演舞を……」
 頷く夜々が、ひかるの周囲に浮かぶ磐座の欠片に飛び乗った。軽業のような身のこなしにおお、と周囲がどよめく。てん、と鼓を打ち鳴らしたひかりが開演の合図を送る。
「さぁさぁ此度の演目は三輪です、皆様どうぞご堪能あれ!」
 鼓の音と同時にばっと扇を広げた夜々もまた、さっと姿勢を正して舞の前の緊張感を身に纏わせた。
「舞巫女として謹んで舞わせていただきます……!」
 鼓と、低く流れる夜々の祝詞の他には流れる音もなかったが、三輪という山に住む、人らしい悩みを抱えた神と、仏僧の関わりが演じられていく。磐座の欠片を足場に神楽舞を披露する夜々が、要所要所でひかりの演目に関わるようなしぐさを見せる。広げた扇の先でひらひらと紙垂を躍らせながら、この世ならぬ神が、人と関わろうとしている姿を演じていた。
 迷える神を導く仏僧の役を演じていたひかりが、神も人のような悩みを抱え、岩の洞窟に隠れてしまったという例を話し、猿楽の中で夜が明けようとする。
(そろそろクライマックスですね……最後の締めです、ド派手に行きましょう!)
 そんなことを考えたひかりが、鼓を傍らに置き、破魔の矢を弓につがえ、輝く矢を空に向けて放った。それに応じて夜々が炎をそれに向けて放つ。炎が空に向けて昇っていき、それに観客が気を取られた隙に夜々は姿を消していた。
 ひかりが演じる仏僧が夢から覚め、神が夢に現れ、助けを求めたのだという事を悟ったところで演目が終わる。終始派手な演出を交えた公演は盛況だったようで、やんややんやと観客は二人を讃えた。
 男の子はそれを見ていたが、元気づけられている周囲の人々とは対照的に、どことなく寂しそうな様子でふらっとどこかへ歩いて行った。

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