雨が上がる
もはや、湊を仕留めるのみ。マガカミの本能に飲まれ理性が失われたように見える湊を、これ以上生かしておくのはあまりに危険過ぎると判断し、夏織は積極的に湊への攻撃を開始した。
「援護しよう……!」
四柱 狭間は夏織を援護するために『四季符・冬』による『氷牢の印』で湊の凍結、鈍化を狙う。周囲の水量が増していることもあって、水分は狭間が放った冷気で凍結していくが、湊は迎撃の術を放つことで冷気を遠ざけようとする。
放つたびに必ず対応しているため、多少の妨害にはなっているが、狙い通りの行動阻害には至っていない。。
しかし、夏織は狭間の作った僅かな隙に猛攻を仕掛け、氷漬けになるたびに確実なダメージを与え、霊力を削ぐ。
ただ、狭間の真の目的は夏織との共闘ではなかった。彼の役割は仲間が不意を打つための囮に近い。
(湊の動きは不気味だが……上手く行っているようだな)
狭間と夏織の立ち回りを見ていた
ルゥゼリァァナ・クロウカシスは、凍結の効果を上げようと『流水の印』から放った水を湊に浴びせつつ、今のところ手順通りに上手く行っていることを確認。パートナーの
ろぼ子・クロウカシスへ『火狐の呼び符』で使役する狐に情報を伝達する。
(わかった……)
ルゥゼリァァナからの情報を受けたろぼ子はすぐに『燿刃』を『蓬燕』に施すと、『霊子噴進靴』で湊の頭上へ移動する。
湊は、その明らかに何かをする構えのろぼ子を、まるで見えていないかのように気にも留めず、夏織と狭間の相手を続ける。
確かに、夏織という強力な隊士が今は最も危険だ。集中するのは当然と言えるのだが、今の湊には全く意志が感じられない。
あまりにも不気味だ。これから自分たちは湊の不意を打つべく行動を開始する。だが、それが今の湊に通用するのか不安になる。
(それでも……やるしかない)
怖いのは、この場にいる誰もが一緒だ。そして、ここで怖気づいて逃げ出すものがいないのも同様。ここで湊を倒し、荒天の術を解除するその瞬間まで、戦い続ける。ろぼ子はその想いを胸に、行動を開始する。
「じゃあ、行く……!」
湊の頭上を取ったろぼ子は、空中で『蜻蛉』の構えを取る。そして、大上段に構えた蓬燕を、落下しながら湊の背中に振り下ろした。蜻蛉の力と落下のエネルギーが掛け合わさり、その威力は凄まじい効果を発揮する。斬り裂かれた湊は背中から血を噴き出し、後ろに仰け反る。
だが、ろぼ子の攻撃はこれで終わりではなかった。
ろぼ子の着地予想地点には、彼女の攻撃に合わせて狭間が設置しておいた『結鏡の印』があった。繋いでいるのは、湊の頭上の空間だった。
ろぼ子は地面に到達すると、再び湊の頭上にワープ。先ほどと同様の威力斬撃を、もう一度湊に見舞った。
二の太刀いらずとまで言われた蜻蛉による斬撃を二度も見舞われた湊のダメージは計り知れない。
だと言うのに、湊は尚も倒れない。立っているだけで血が噴き出し、見た目にもその身体が細り始めていた。
ただ、迸る霊力だけが強まっていく。
「これはもはや、悪意ある霊力が形を成しているに過ぎないのかも知れません」
そう言って現れたのは、
ルキナ・クレマティスだ。
悪しき霊を祓う。それが修祓隊の役割。ならばここは、自分たちの役割をこなすのみだ。
ルキナは最後の一押しを行おうと『急急如律令』で自身の速度を強化すると、『四季符・夏』を構え、尚も鉄壁を誇るであろう湊の防御を貫くべく『弐仙流・波濤』を実行する。
確実に仕留めるべく、更に『祓行灯』の霊力解放を行った上、『昇力の秘薬』を服用し、自身の霊力を限界まで引き上げる。
「破邪顕正。滅びよ、禍津神」
そして、ルキナは『仁科流参ノ型・瀑布』で強化・収束した『天道の印』による光線を見舞った。
もはや立っているだけでも限界の湊は、ルキナの一撃を避けることもできないだろう。あとは彼の防御を貫けるかどうか、そして倒し得るダメージを与えられるかどうか、というところだ。
しかし、
「アァァ……!」
ルキナが光線を放った瞬間、虚ろだった表情は突如として赤みを帯び、身体から漏れ出ていた霊力が湊に戻った。
そして、湊は集めた霊力を以て瞬間的に跳返の印を結んだのだ。
「な……!?」
あとは討ち取るのみと考えていたルキナは、跳ね返ってきた自身の霊力をまともに受け、膝を付く。
「ウォォォォ……!」
このまま滅びてなるかという、マガカミとしての本能か。湊は先ほどまでとは打って変わって大暴れし出す。大ダメージを受けたルキナは、もはや湊の攻撃を防ぐ手立てはない。
「一旦下がりましょう! 私がお守りします!」
そんなルキナを救うべく駆け付けたのは、
ボレロ・リヴィエールだ。ボレロはすぐに『禍断霊壁』を展開し、その中にルキナを匿う。
「すぐに回復を!」
ボレロのパートナー、
アルティレ・ハイゼンベルクは霊壁の中でルキナに回復を施す。
「た、助かりました……まさか、高めた霊力が徒になるとは……」
「仁科流の身体を乗っ取ったから、咄嗟にあんな行動ができたんでしょうか……」
「……本能で戦ってあの様子だとすると、ここからまだまだ戦いは長引くかも知れません」
アルティレとルキナは会話の中で絶望感を覚える。仁科流には霊力を操作する力がある。漏れ出ていた霊力を呼び戻すことも造作ではないはずであり、マガカミとの相性は最悪なのだ。
ルキナが傷を癒している間、夏織が湊への攻撃を再開し、何とか抑え込もうとしているが、湊の動きは荒々しさを増す。やはり、霊力は膨れ上がり、夏織が放った霊力すら味方につけているようにも見える。
「だからと言って、尻尾巻いて逃げ出すわけには行きませんよね……!」
ルキナの手当を終えたアルティレは、仲間たちの霊力を支えるべく、『仁科流肆ノ型・速秋津』を実行。湊が強引に放っている穢れた霊力を浄化しつつ、周囲で戦う仲間に清浄な霊力として還元する。
何が決め手になるかは、今のところわからない。しかし、この戦いに勝利するために戦い続けるのが、今の自分にできることだ。アルティレはそんな想いを胸に、仲間たちのサポートに力を入れる。
「ですがこれ以上、こちらにも時間をかける余裕はありません」
そう言って現れたのは、
風間 玲華の一行だった。言うや否や玲華たちは戦闘態勢を取る。
まずは玲華のパートナー、
ミモザ・アルティストが同じくパートナーである
シルヴァーナ・テニエル『霊分』と『祓穢警策』を施す。
「これで充分かな?」
「わからない……けど、守り切って見せる」
ミモザの強化を受けたシルヴァーナは、先んじて前に出ると湊に相対。湊はまるで自動的な行動のように、エリアに踏み込んだシルヴァーナへの攻撃を開始する。
シルヴァーナは湊から放たれる尾や爪と言った物理攻撃は丁寧に躱し、『裂吸斧』で反撃することで湊の霊力を吸い上げる。単純な霊力の取り合いでは敵うべくもないが、少しでも弱体化を狙いたいところだ。
最悪の場合、『フレックスカウンター』の備えもあるが、できればこれに頼る展開には持ち込まれたくない。
対して玲華は『結界符』を展開した状態で『仁科流弐ノ型・水輪』と組み合わせた『帯霊陣』を敷き、湊が放つ強力な霊力に真っ向勝負を挑みつつ、その霊力を貯めこんでいる。
(っ……重い……! でも!)
ミモザの防御強化に霊符・河伯の加護があってなお、湊の霊力は防ぎきれるものではない。一撃を受け止めるごとに、身体に確かなダメージが蓄積されていく。
だが、そんな玲華を支えるのは、ミモザの振るう『輝麗錫杖』だ。清浄な霊力は湊の悪しき霊力を浄化するとともに、玲華の体力を回復させる。更に先ほどから速秋津で隊士たちの回復を行い続けているアルティレの献身もある。これによって、こと生存能力において、この場に玲華を上回る者はいない状態だ。
(これだけしてもらって、倒れられません……!)
玲華は奮起し、もはや正気を失っているであろう湊からの攻撃を積極的に受け続ける。
気を失いそうな痛みに耐え、倒れそうになりながらも掴んだ霊力を離さず、玲華は湊を打倒するための力を貯めこんでいく。
ひたすらに、ひたすらに。
そして、ついに玲華は十分な霊力の蓄積を終える。
「これで、終わらせます……」
玲華は『仁科流参ノ型・瀑布』を実行。集めた霊力を極限まで圧縮することで収束する。
「凍りなさい……!!」
そして、『四季符・冬“四葉神符・氷”』で刻んだ『氷牢の印』から、強烈な冷気を放った。
冷気は降りしきる豪雨の中、触れた水分全てを凍結させながら湊の肉体まで迫る。しかし、これだけ練り上げ、湊の霊力まで使った氷牢の印ですら、湊を完全に凍結させるには至らない。
しかし、その動きは鈍っている。『仁科流壱ノ型・波紋』によって伝わりやすくなっていた玲華の霊力が、鉄壁の防御に僅かな通り道を作っていたのだ。そこから漏れ出る凍結、鈍化の効力が、湊に発揮されていた。
「それだけ鈍らせれば充分よ!」
これまでで最も大きく動きを鈍らせた湊を見て、夏織は手にした霊符に狩魔を施すと、天道の印を結ぶ。
「合わせます……!」
ほぼ同時に、玲華も帯霊陣に溜め込んだ霊力を一気に放出。
二人が放った霊力の奔流は、浄化の光となって湊に直撃した。
眩い光が、湊によって呼び出されていた暗雲を払う。そして晴れた空の下に、湊はついに倒れた。
雨は上がった。
市谷区を覆っていた暗雲は払われ、荒天の術は解除された。